スローインコーチ、トーマス・グロネマークさんのインタビュー抜粋
Skyにリバポでスローインコーチを務めてるトーマス・グロネマークさんのインタビューが掲載されてて、面白かったので抜粋。
Liverpool throw-in coach Thomas Gronnemark explains his role
ドイツの隠れた場所で、トーマス・グロネマークは必死に働いている。
午前中のリバプール行きのフライトを予約していたが、その前までメルウッドから遠く離れた場所でマンチェスター・ユナイテッドの分析を行っていた。すべてのスローインは彼にチェックされていた。
90分の試合の中でスローインはほとんどがいい加減に放られるものだが、51.33メートルという世界記録のスロワーであるグロネマークにとっては少々事情が異なる。
「私は世界中で初めてスローインについて考えている人間というわけではありません」彼はSky Sportsにこのような話をした。
「私は、世界で初めて『常に』スローインについて考えている人間です。それが私の専門職です」
リバプールがスローインコーチを雇ったという出来事は、グロネマークがこの職についた2018年の秋から様々な意見を生み出してきた。ユルゲン・クロップの飽くなき欲求の証左と見る者もいれば、嘲りの目を向ける者もいる。
批判の第二の波は、ウルブズ戦においてリバプールの決勝点を生み出したスローインによってグロネマークがいくらかの称賛を受けた際に起こった。このゴールはリバプールがスローインから上げた12番目のものだった。だが、それを目撃した全員が強い印象を受けたというわけではなかった。
かつてリバプールに在籍したスティーブ・ニコルは、この成果がグロネマークによるものであることを笑った。スローインコーチを雇うというアイディアは、いまだに一部の人間にとっては受け入れがたい事実のようだ。
そのような考えは、グロネマークにとっては新しいものではない。
「この仕事を始めた2004年にも、スローインコーチという仕事を奇妙だと笑う者がいました。どうすればスローインに情熱を注げるんだ?と」
変化への抵抗は、フットボールの世界ではよくあることだ。
「文化ですね」とグロネマークは語る。
「140年前より続くフットボール有史以来の文化です。私が生きてきた44年の間、スローインについて語る者は誰もいませんでした。テレビで試合観戦をしていて、スローインからボールを奪われたとしても、多くのチームがそれを経験しているというのに、コメンテーターはそのことについて全く触れません。言葉がないのです」
「もし同じ選手がパスでボールを奪われれば、彼らは『なんてひどいパスだ』と騒ぐでしょう。それが2度続けば、この選手は試合に入れていないとも言うでしょう。そして3度目にはチームに馴染めていないと批判します。ただ単に文化の問題です。私からすれば、それはとても異様なことですよ」
それが、このデンマーク人にとって試合を見ることが未だにフラストレーションの溜まる経験である原因だ。試合がうまく行っているときは、彼がともに仕事をしている8チームに関して喜びを得る。残りのチームに関しては、試合を見ることが苦痛になってしまう。
「自分がとても主観的であることは承知しています。ですが私がともに仕事をしているチームに関しては、他のどこにもないクオリティのスローインだと自負しています」
「少しですが改善できました。少しというのは、まだまだ不十分と感じているからです。スローインについては、完全に間違っているチームもありますし、単純にやり方が悪かったりまあまあのチームもあります。それらは巨万の富を持つプレミアリーグのクラブです」
グロネマークにとって幸運なことに、「多くの資金を抱えること」と「新しいアイディアを取り入れる意思があること」は完全に分断されているわけではない。彼のことを調査し、依頼の電話を掛けたクロップはそのことを証明した。
2年前にドイツの国内紙でグロネマークが取り上げられた記事の中に、彼に接触した最初の2クラブがリバプールとRBライプツィヒだったことはより際立って見えるだろう。加えて彼はデンマークで分析ベースのアプローチを行っているFCミッティランやアヤックスといったイノベーションの先陣を切って走るクラブとも仕事をしている。そしてこの4チームは、それぞれの各国リーグで首位を走っている。
「彼らが私に接触してきたのは、彼らがイノベーティブでオープンだからです。常に新たな改善の方法を考え、そこに時間を割くことのできるクラブです」
この健全な好奇心と、すでに取り組んでいることと同様に未知の事柄を評価することで進歩が生まれるという気づきは、グロネマークがリバプールと共に旅をすることになった触媒だった。
「2018年の7月にユルゲン・クロップが私の元に電話してきたとき、同じことを言っていました。彼は私に『2017/18シーズンはプレミアリーグ4位とチャンピオンズリーグ準優勝という良い結果を手にすることが出来た。だけど、我々は常にスローインからボールを失ってしまった』と伝えてきました」
この会話が彼の人生を変えた。この電話のすぐあと、クロップはグロネマークとの話がどのようなものだったか聞かれ、次のように答えた。
「トーマス・グロネマークのことを聞いた時、彼と話してみたいと思った。彼と話した後は、彼と100パーセント仕事をしてみたいと考えている」
このアポイントは彼の名声を高めただけではなかった。リバプールが知りたいことは世界中のどのクラブも知りたいと考えており、フリーランス時代とは段違いに仕事の手助けになったという。リバプールとの関係は、彼の仕事そのものを変え、その焦点が移った。
「多くの人は私の仕事をただロングスローについてのものだと考えています。もちろんそれはロングスローについての場合もありますし、コーチングの技術も持っています。FCミッティランはロングスローから4シーズンで35ゴールを上げました。正しいチームを持っていれば、誰でもこのような成果を残すことが出来るでしょう。私はロングスローに関する知識で評価されていたのです」
「私の大きなブレイクスルーはユルゲン・クロップが電話してきたときに起こりました。この年、私は世界中の8つのプロチームを指導していましたが、多くの時間をリバプールとアヤックスに費やしていました。しかしもしもユルゲンからの連絡がなければ、スローインコーチとしてフラストレーションを感じていたかもしれません。他のチームはすべて、私のロングスローに期待していたのです」
「リバプールやアヤックスはロングスローを放り込むスタイルを取っていません。だから私は素早く賢いスローインの方法にフォーカスするようになりました。これは2007年から働き始めて初めてのことでした。ポゼッションが最重要なのです。プレッシャーを受けた状況でスローインを行うとき、どうやってボールを保持するか?またはスローインからどうやって得点機会を創出するか?に着目するようになりました」
ポゼッションの観点から、スローインは真剣に取り組むに値するものであることは明らかだ。スローイン後のボールの保持や、失った後のトランジションは重要と見做されてこなかったが、それが大きな違いを生み出すことがわかってきた。既知を捨てよ、ということだろうか。
「プロクラブでもアマチュアでも学校の草フットボールでも、選手はだれもがスローインを単純にただ投げればいいと教えられてきました。それはスローインに関してできる最悪のアドバイスです」
「通常、私たちが『50-50』と呼ぶデュエルが発生するシチュエーションは、本来なら『30-70』や『20-80』と表現されるべきだと考えます。なぜならただボールをラインから投げるだけではボールを失うリスクがあるのですから」
「ライン際でボールを失うより、30ヤード先へ放って失う方がマシと考える人もいます。それは正しい考え方です。しかし、ボールを持っているのなら、なぜそれを保持しチャンスを作ろうと考えないのでしょうか?」
それこそが、まさに今リバプールが行っていることだ。
ウルブズ戦のリバプール決勝点のシーン
「ある方が2019年に発表した面白い分析があります。ヨーロッパ5大リーグの全チームの試合をチェックし、プレッシャーを受けた時のスローインからのボール保持についてデータを集めたものでした。2017/18シーズンのリバプールは、45.4%の保持率でした」
「私の初めてのシーズン、この数字が68.4%に改善されました。特にファイナルサードでの保持率は1位だったようです。『たかがスローイン』と言うのは簡単でしょう。ですが、もしボールを持っているのならチャンスも作れますし、ゴールをすることも、ボールを保持したままコントロールすることも出来ます。問題はボールを失うから起こるのです」
リバプールに起きたことはグロネマークの仕事と無関係だろうか?実は、その意見を否定する強い証拠がある。リバプールよりも高い保持率を記録したチームがヨーロッパで一つだけ存在する。そのチームの名はFCミッティランだ。
変化は劇的だが、彼自身すべて彼の功績と考えているわけではない。
「物事のコンビネーションが生み出したものです。単に私のアイディアを注入したというだけではなく、様々なアイディアを統合してクラブのプレースタイルに原則として落とし込んだ結果でしょう。私はリバプールでプレーの仕方やプレスの仕方を教えているわけではありません。ただ自分のベストを尽くしているだけです」
その考えこそ、ステイーブ・ニコルの批判が筋違いである証左だ。グロネマークは選手たちに何をするか教えているわけではなく、より良い意思決定を行う事を手助けしているのだ。
「私の仕事をNFLの戦術ブックのようなものと考える人もいます。この状況ではこれをやれ、あの状況ではあれをやれ、といったような。そういうことも時折あるでしょう。特殊な状況を生み出すことも出来ます。しかし、私は選手たちにオプションを与え、より良い意思決定をできる手助けをすることに多くの時間を割いています」
「私は20の異なるスローインを彼らに教えます。それぞれの選手たちに異なる課題を与えますが、1週間で習得できるというものではありません。プロセスが重要です。私がいない間も、選手は他のコーチたちと仕事をしています」
「原則さえ持っていれば、選手たちは自分たちで考え、適応することが出来ます。原則を使いながら、試合を作ることが出来るのです。それを見るのが、私の最大の喜びです」
「これは夢か現実か?と頬をつねりたくなります。世界最大のチームと仕事をしていて、リバプールの成功にも少しだけ寄与しているのですから。翌朝起きたら夢かもしれない、と考えてしまいますよ。リバプールに就任して最初の2週間は毎日がそうでした。毎日が夢のようで、それでも現実だったことに気が付くという。頭がおかしくなっていたかもしれません」
しかし、仕事はまだ終わってはいない。最近のクロップの教義ではないが、改善できる余地はまだまだある。グロネマークもそのように考えている。
「素早いスローインを投げる、という技術の部分だけではありません。問題はいつ素早く投げるか、です。試合の他のすべての要素と同じように、スローインについても取り組み続ける必要があります。もしかしたらリバプールで次の10年間も仕事をし続けるかもしれません。ですが、それでもまだ改善しようとするでしょう」
グロネマークは、その夢のような10年間よりも、より強く願っていることがある。いつかスローインがジョークと見做されない時代が来ること。リバプールを強くすることはもちろんだが、彼の望みはより高いところにある。
「足元にボールを持っているシチュエーションすべてでボールを失うことは、誰も望んでいないでしょう。それはスローインも同じです。私の目標は、あるフットボールクラブのスローインを改善するだけではありません。一般的にフットボールの試合すべてのスローインを改善することです」
「まだまだ改善の余地があります。2年後には、スローインはより重要と考えられているでしょうし、私たちはスローインをもっと楽しむことになるだろうと思います。選手や監督だけでなく、試合を見ている観客に楽しんでもらえるだろうと」
そう語った後、グロネマークは仕事に戻っていった。
(おわり)
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