日本人がどうしてもできないこと
日本人の母国語は日本語。
中国人は中国語。
イギリス人は英語。
私は日本人。もちろん、日本語を話す。
ふだん、何の違和感もなく会話をしているけれど、日常生活において別の言語が耳に入ると「おっ」と心の中で声が漏れる。
どうして外国語を聞くと、敏感になってしまうのだろうか。
それは単純なことで、理解不能な言語が「音」として私の生活に顔を出して来るからだ。
聞きなれない「音」でコミュニケーションをとっているのを見ると、ものすごく不思議に思える。
私は日本で暮らしていて、日本語の「意味」を理解してしまった。
もし、日本語を「音」で聴けたら、どんなかんじになるのだろう。
外国人は日本語をどんな「音」で捉えているのだろう。
私の個人的な捉え方だと、英語はものすごく聴き心地が良い。日本語の次に多く聞いてるからかもしれないが、スッと自分の中に入ってくる。
特に、TとWが続く語がお気に入り。tweetとかbetweenとかは、ものすごく良い。聴くだけじゃ足りないから、たまに自分でトゥウィトゥウィ言ってしまうくらい。
中国語は、ハキハキしているイメージ。イントネーションの抑揚が強いからだと思う。日本語よりも喉を使っていそうだから、日本人が中国語を長い間話していたら、声が枯れるかもしれない。
韓国語のイメージは甘えん坊の末っ子。hとかmとかの音がよく聴こえてくる。伸ばす音も入っているからなおさらだ。個人的に可愛らしい言語、No. 1だ。
最近、聴いておもしろいと思ったのは、マレー語とかインドネシア語。ペタペタした音で、陽気な感じが伝わってくる。「あ」の母音が多く聴こえて、楽観的ってかんじ。
じゃあ、日本語を「音」で聴いたら、何のイメージが見えてくる?
これだけは、どう頑張っても日本人ができないことだ。
北朝鮮みたいな情報が全く入らない生活を送り、自ら日本語を話すことをやめれば話はまた別だが。
私は解決したくても絶対的に不可能な難題を見つけてしまった。悔しい。残念だ。
道ゆく外国人にでもインタビューしたいなぁ。