自己肯定感の低さの正体の話


巷で話題の「やったーー!子育て終わった!!」を読んで
「撫でて褒めて育てた」のところを見て
「あ、それだ」となった
謎がやっと解けた

わたしは物心ついたときから父親が家におらず
ヌルッと両親が離婚し小5で片親人生になった
しかし、片親にしては衣食住には全く困らず
在学中に学費を己の力で稼がねばならぬこともなく
四年制大学(しかも私立)まで行かせてもらえた

広島市では片親だと中学校のデリバリーは無料なのに
中高合わせて6年間、わたしのワガママで
ずっと弁当を作ってもらっていた

理不尽に暴力を振るわれることもなかったし、
母親が家に帰ってこない〜とかもなかったし、
変に男と付き合ったりもなかったし、
「バカ」「アホ」「ブサイク」「死ね」「産まなければよかった」などなど
一度も言われたことないし、
成績下がってもそんなに怒られなかったし、
それなりにゲームも買ってもらえたし、
交友関係含め縛られすぎることもなかった

完璧主義でもないし、過干渉でもないし、ネグレクトでもない
一切毒親ムーブは無かった

ただ、わたしはとにかく褒められてこなかった
わたし自身のこと、わたしがやっていること、好きなこと、
褒められた記憶がない

小学生の頃からテストは満点ばっかりで
中学校では吹奏楽部で頑張り
塾に行かずして高校に合格し
まあ大学受験に関してはさすがにもう頑張る理由を見つけられず
うまくいったとは言えなかったけれど
ずっと褒められたことはなかった

小1、2のときまだ幼稚園児だった弟のお迎え
ごはんを炊いておいたこと
SCHOOL OF LOCK!の逆電に出たこと
非行に走らなかったこと

シンプルにわたしの見た目

わたしの歴代好きなもの…
ゲーム、ジャニーズ、お笑い、バンド、アニメ、
ひいてはわたしが選んだ服など

「ありがとう」「いいね」「すごいね」「よくやった」「かわいい」「えらいね」
このあたりのポジティブワードを言われた記憶が無い

コレだったんだな
そもそもわたしに興味がなかったんだろう

積極的な毒親では全くなかったけれど
ここだけがあまりにも欠如していたように思う

わたしがいま、他人からもらう感謝や称賛や興味に対して
過剰な感情を抱いては
恐ろしいほどの承認欲求を持っている
全て頷ける


わたし自身、自己評価としては正直なところ、
ちゃんと職に就いていて自立していたり
犯罪に手を染めてもいないし
不細工すぎてヤバいわけでもない、もはやちょっと可愛いし
仕事もできるし頭割と良いし
空気読めるしまあまあおもろいし

とにかく自己評価は高い、わたしだけの世界なら。

ただ、他人もいる世界となると違ってくる
他人にわたしの何かを認められると、
慣れてないことなので急に自分が揺らぐ、乱される

自分なりに納得感があればその言葉を死ぬほど反芻する
納得感がなければ何か裏があるんじゃないかとずっと疑う


今年の春、
「なんでわたしの自己肯定感がこんなに低いのか」という
しょーもない議題で会社のボスに呼び出され
丸1時間マンツーマンでカウセ()された
ボスは本気で心配してくれていたので
原因を一緒に探ろうとしてくれて
「幼少期に何かあったのでは」となったが
「虐待されたとかないしボロクソに言われた記憶もないし、なんででしょうね?」
で終わった

わたしの母親には毒親オプションはひとつもついていなかったが
デフォルトであるべきはずの「褒め」が欠如していた


去年の夏、母親と2人で京都に行ったとき
お見送りしたあと「色々ありがとうね」とLINEで言われたことを
わたしはまだ異様に大事に抱えている

やっぱりあのときに欲しかったものは
あのときに貰ってないともう意味がない

わたしはもう変なのである

正体が分かったところでどうしたらいいのかはわからない