大学教員は不調を口にしていいか。

「アイドルも不調を口にしていい」という記事を偶然ネットで見かけた。
そりゃ、若くて可愛い女の子の仕事だもん、不調を口にしても、「同じような女の子に希望を与える」「ギョーカイがおかしい。ゆっくり休んでね」など言ってもらえるよね、と思ってしまった。
我ながらひねくれてると思う反面、そのくらい「研究者の世界こそ不調を口にできないから、今こんなに辛いのに」って思いでいっぱいなのも事実。

私の分野だけかもしれないけれど、研究者業界は「休みなく活躍している俺あたし」マウントがすごく強い。
内科系の疾患やケガならともかくメンタルをやってしまったら、周りは嬉々として追い抜き、抜き去っていく。
だから、いつでも無理して明るく、研究が楽しくて仕方ないふりをしないといけない。
そうしないと仕事を回してもらえず、干されていく。
あの時頼まれた学会講演も、あの時頼まれた原稿も、不調を口にしていたら頼まれなかっただろう。
次も頼まれるには元気なふりをし続けなくては。

私の分野だけかもしれないけれど、地方大学で働いているとそれだけで東京や関西で働くよりラクをしていると見られる。
実際には地方大学って、所在する県や市に当該分野の研究者が自分しかいないから、自治体の審議会や市民向けの講演やメディアの識者解説などあらゆる仕事が舞い込んでくる…とかザラだったりする。
都会ならそういう仕事も分散するけど、地方には物理的に人がいないから仕方ない。
でも、そういう「地方の仕事」は、都会至上主義の研究者界隈では無価値に見られる。
少なくともあなたよりはレベル高い仕事できると思いますよ?という案件でも、「地方やから、お前のレベルでも頼まれるんやろ?」などとヘイトも受ける。
個人的には、自分がかかわった地域の何かが研究者としての自分の助言で少し良くなるとか研究者冥利に尽きると思うけど、そういうのは「社会実装」にカウントされない。
だから、地方大学で働いている教員は「地方の仕事」を全部こなしたうえで、「都会の研究界隈」の仕事もこなしてナンボ。
地方のくせにメンタル不調など訴えたら、もう二度と這い上がれない。

そういうことを思って必死に働いている中で、大学内で男子学生からハラスメントを受けた。
彼の行為がエスカレートしたある日、さすがに大学も動かざるを得ない出来事が起きた。
その日はさすがに、大学の管理職も心配と厄介払いが相まってか「今日はもう帰って家で休んだら?」と通告してきた。
が、私は「週末の学会と研究会での発表の準備が終わっていないので、帰れないです…」と答えてしまった。
今思うと、研究と心やからだのどっちが大事なの?と思うけれど、被害の直後で混乱していたことと、「〇されかけたとか、大けがをしたとかならともかく、動けるしコロナでもないのに、この程度の被害を理由に発表をキャンセルしたらアカデミアを干される」と本気で思っていた。

そんな私のことを大学側は、「被害直後も学会発表するくらい元気だったんだから、今さら体調が悪いとか詐病だろう」くらいに思っているんだろうな。
何なら市中の医者にもそう思われてるっぽい。
とはいえ、心理学的には、強い恐怖を感じた直後は「これは大したことがないことのはずだ」と思い込みたいあまり、アドレナリン全開でいろいろ乗り切れてしまい、どこかでプツッと来てしまうのはよくあること…と本に書いてあった。
そしてまさに今がその「プツッ」なんだと思う。

でも、そんなことを理由に研究は休むわけにはいかない。
休んだら干される。
だから無理してでも、決まっている仕事に穴を開けてはいけない。

そう思って無理し続けてきた。
我ながら、もともとそこそこちゃんとした研究者だったので、被害から1年ちょっとの間は、被害前の「貯金」で無理が利いた。
でも、研究テーマ柄、文献や事例から自分の被害や二次被害を思い出してしまうことも多く、文献を読めないのでインプットがどんどん減っていき、だんだんと無理が利かなくなってきた。
無理しないと置いて行かれる、でも無理できない…
そう思いすぎて、体調不良がマックスに達し、思い切って研究会2つ無断で休んでみた。
でも、それらのメールが飛び交っているのを見ると、「あーもう詰んでしまった」と思う。
都会の人たちは先週末も「休みなく活躍する俺あたし」をしている。
それなのに私はメンタル不調で休んでしまった。
もう「あっち側」には戻れないんだろうな、と思う。

若い時にメンタルが疲れてしまったら、同情してくれる人も多いし、若い分、まだ未来の時間はたくさんあるんだから、ゆっくり休んでまた歩き出せばいいと思う。
アイドルになった教え子はいないけれど、就職先や進学(院)でメンタル不調になって退職・退学したり、転職したり…という卒業生も多い。
そういう近況を知らせてくれる卒業生がいるたび、「まだこれからいくらでも道はあるし、まずはゆっくりしてくださいね」と伝える。
本当にそう思っているから。
そもそも、私なら院生やポスドクしてた年齢なんだから、無理して正規で働かなくても、生きる術はたくさんあるから思いつめないで…と心から思う。

でも、文系で博士課程まで出ていて、大学教員しか実務経験がない私みたいな人間には、研究で生きていく以外道がない。
30代前半とかならともかく、アラフォーなんてなったらなおさら。
バンドやアイドルみたいに一旦「活動休止」とかする道もない。
そんなことしたら戻ってこられない。

だからとにかく不調を隠して、明るく楽しく研究しているふりをし続けないといけなかったのに…
それを止めてしまった自分。
もう終わりだってまじめに思う。

思いつつ、そういう自分に対して、「あなた、日頃から『弱さの情報開示が大事』と他人に偉そうに話す仕事してるわけですよね?それなのに『不調を口にしたら終わり』って思うとか、自分の話してることと矛盾しませんかね?」とか突っ込んでいる。
「休んだら終わりだし、みんなに抜き去られる…」という弱音を唯一吐ける同僚から「そんなこと考えながら『誰もが生きやすい社会に』という研究をするのは、自分を含む、今辛い人に失礼だと思うよ?」と諭されたこともある。
冷静に考えればそうなんだろうなと思う。

メンタルが辛くなったら休んでいいのは、若くて可愛い女の子の仕事も、アラフォー婆の仕事も、おぢの仕事もみーんな一緒。
そうやって笑って言える日が来ると今は思えないけれど、いつかそういう研究者になってみたい。
それまで持つかわかんないけど。

注:私は上記以外でも、女子を含む学生対応で複数のトラウマを抱えており、学生・生徒の立場の方からの質問・相談には一切対応できません。
予めご了承ください。



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