柴犬と暮らしたい。でも暮らせない。 | #推し短歌
ふと思ったのだが、動物は「推し」としてカウントして良いのだろうか。
小さい頃から「大好きなもの不動の1位」に君臨する存在がいる。
柴犬だ。
グッズとしての柴犬
世の中に、柴犬のグッズは意外と多い。
私も柴犬のペンケースとしおりを愛用している。
誕生日に、それぞれ別の人から色違いの柴犬タオルをいただいた時は笑ってしまった。嬉しくて。
大好きなものは、どんなにたくさんあったっていい。さすがに部屋の収納を圧迫し始めたら考えるけれど。
Vtuberの柴犬
最近は柴犬のVtuberにもハマっている。
にじさんじ所属の黒井しばちゃんだ。
オフィシャルサイトでは、こんなふうに紹介されている。
しばちゃんは、表情がくるくる変わる。
柴犬特有のにぱっとした笑顔も可愛い。
落ち着いた声をしていて、お歌もうまい。
『いかないで』のカバーを聞いた時は、MVが切なすぎて文字通り泣いた。
そして、しばちゃんが描くイラストも可愛い。
実はしばちゃんはLINEスタンプも出している。
最近第2弾が出て、かわいい!の勢いで買ってしまった。
大変だ。LINEスタンプでありとあらゆる絵柄の柴犬をお出しするひとになってしまう。
イラストでも辛いくらい犬が苦手な友人がいたら早めに言ってもらえるとうれしい。
その時は別のスタンプでリアクションする。
XもTwitterもInstagramも、犬を見過ぎてスクロールしてもスクロールしても新たな犬が現れる。
そんな感じで柴犬が好きなのには、理由がある。
小さい頃から、本当に小さい頃から、柴犬と暮らしてきたからだ。
※ここから先にはペットロスのお話もあるので、トラウマを持っている方はご注意ください。
※柴犬の名前はあえて載せておりません。
名前の掲載を控えることによって、文章から愛情を感じにくかったらごめんなさい。
でも大事にしています。
柴犬との暮らし
柴犬との最初の出会いは覚えていない。
物心つく頃には一緒に暮らしていた。
お姉ちゃんと呼んでも差し支えないくらい賢く、やさしくて、おとなしい柴犬だった。
学校で嫌なことがあって、落ち込んで帰ってきた時、縁側でぼーっと座っていたら寄り添ってくれた。お姉ちゃんみたいな存在。
いつもは「全然番犬に向かないね」とからかわれるくらい吠えないのに、新聞の勧誘のおじさんがしつこく話しかけてくる時だけは勢いよく吠えた。
そんな彼女が、ある時から私としか散歩に行かなくなった。
今思えば、体調不良の兆しだったのだと思う。
たぶん、ずっと年下のきょうだいみたいな立ち位置で暮らしてきたから、私にだけは弱いところを見せてくれなかった。
お別れは突然だった。
初めての家族とのお別れは、本当に苦しかった。
もう犬は飼わない、と家族みんなで言っていたけど、やっぱり寂しくて、そのうちまた柴犬をお迎えすることになった。
ペットを飼ったことがある方なら、もしかしたらおんなじような経験をしたことがある方もいるんじゃないだろうか。
新しい家族の豆柴ちゃん
豆……柴……?くらいのサイズまですくすく育った柴犬ちゃんは、妹みたいな存在だった。
甘えん坊で、家族と一緒に寝転がったり、家族に抱っこされたりするのが好き。
食いしんぼう。
演技派なところもあって、ごはんを食べたのに別の家族に「ご飯なんて食べていません」の顔でおかわりをおねだりしていたこともある。
(※人間の方がやや賢くて、目論見は無事阻止された)
お迎え当時はガラケーの時代だったので、残念ながら豆柴ちゃんの小さい頃の写真は残っていない。
豆柴ちゃんとの出会いは、中学の終わりだったのでよく覚えている。
お迎えした時はころころふわふわしていておとなしかった豆柴ちゃんは、元気いっぱいな子に育った。
秋の日に、落ち葉をしゃくしゃく踏み締めるのが好きみたいだった。あえて落ち葉のある方を歩く子だった。
冬の日、元気に雪に飛び込んで行ったと思ったら、あまりの深さに体が半分埋まってしまって、びっくりしたのか今まで見たことのない顔をしていた。
社会人になって実家を出ることになったが、豆柴ちゃんは帰るたびに私のことを出迎えてくれた。
元々体の弱い子だったけれど、ある時、急に、ものすごく体調を崩した。
病院に連れて行ったら、もしかしたら今夜を越すことができないかもしれない、と言われた。
その日は、豆柴ちゃんの横で寝た。
翌朝、彼女が起きるまで気が気じゃなかった。
命は取り留めたものの、豆柴ちゃんは歩けなくなってしまった。
リモートワークのできる仕事に転職したタイミングで、豆柴ちゃんと少しの間一緒に暮らせることになった。
犬の介護が大変なものであることを、私はこの時初めて知った。
仕事を始めるにあたって家を出てしまったけど、もっと一緒にいる時間を取れたらよかったなと、ひどく後悔した。
仕事だからと諦めないで、自分の生活を変える覚悟をしたらよかった。
柴犬と暮らしたい。でも暮らせない。
人間の一生と比べると、犬の一生はとっても短い。
ひとりといっぴきの間には、途方もない時間の隔たりがあった。
豆柴ちゃんとのお別れがあってから、私は犬と暮らすのが怖くなってしまった。
いつかくるお別れのことを考えながら過ごせるかどうか、今はまだちょっとわからない。
だから、今のところ、柴犬とは、いきものとは、一緒に暮らせない。
今、これを読んでいるあなたがペットと一緒に暮らしている人だったら、これから先、できるだけ一緒に、楽しい時間を過ごせますように。
一緒に過ごす時間が、思い返すたびに思わず笑みが溢れるような、しあわせなものでありますように。
推し短歌8首
⭐︎犬が地を蹴り歩く音チャッチャチャチャしあわせ運ぶ音だと思う
⭐︎見えるもの全て敵って顔をしたきみと初めてのドッグラン
⭐︎今日もまたヘヘッヘヘッと笑ってるこれから注射とは知らないで
⭐︎玄関を開ける頃にはぶぶぶんと揺れるしっぽが告げる「おかえり!!」
⭐︎眠れますように薬もおふとんもいるものぜんぶあげるから、ね
⭐︎動かないうしろあしにも毛はあって光を浴びるとちらりとひかる
⭐︎今日きみはいない遺った犬小屋をきみの墓標にするかは迷う
⭐︎画面越し匂いのしないしばいぬを眺めてそのまま1日終わる
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