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ばあちゃんオレオレ詐欺に借金を申し込む

おやじ天使が珍しく
「金曜日の夜に大きなお風呂に行きたい」と言い出した。
私と娘は風呂好きなので、近所の温泉によく行く。
オイルマッサージをしてもらうのが至福の時だ。

おやじ天使も、一度オイルマッサージを経験したいらしい。
金曜日は温泉に入れるとちょっと楽しみにしていた。
ああ、その日にリュックを忘れる事件があったのだ。

8時に帰ってくるおやじ天使を待って、3人で車に乗り込み近所の温泉へ向かう。
車中で携帯が鳴った。ばあちゃんからだ。

「もしもし。おやじくん電車にカバン忘れたんだって~?」
半ば呆れたように、ばあちゃんが言う。

へ?忘れ物をしたら、それはそれは大騒ぎでへこみまくる、繊細さんのおやじ天使が、のんきに温泉に行こうとするわけがない・・・。
念のため、後部座席のおやじ天使に確認する。
「電車にカバン忘れたの?」
「いや。なんで?」

携帯電話をスピーカーにする。
「忘れてないってよ、どうしてそんなことになってるの?」と聞くと。
「いやね、代々木の遺失物センターから電話がかかってきて、息子さんがカバンを忘れたっていうのよう・・・」
「それで?」
「うん、なんだかね、カバン開けられないから、本人がきたら本人確認するので、名前とか住所とか確認されたんだけど、わたし住所も途中までしかわからなくて・・・。携帯番号も聞かれたんだけど、それもわかりませ~んっていったのよう。」
「ほう、それで、他には何きかれたの?」
「あなたの携帯は?って聞かれたけど、それも言えなくて・・・」

「そこの住所は?」
「それは言えたのよ!」
と、そこはできたとちょっと自慢気に言うので、車内一同ガックリ。

「住所教えちゃったのね?それね、オレオレさぎだよ。すぐに110番して!」
「え?そうなの?・・・そうか、そうよねえ、変だもんねえ・・・」
「そう!まず110番に電話して、こんな電話がかかってきてと言ってください。」
「わかったわ・・・」

電話を切る。
社内の空気たるや・・・温泉にこれから行こうと浮かれていた気分が一気にしぼむ。
「行ったほうがいいよね?」
「そりゃそうだ!」
・・・と、温泉の前を通り過ぎてばあちゃんちへ急行・・・。

団地の入り口に車を停めると、なにやら電話している男性が一人。
ばあちゃんちへ入ると、ばあちゃんが誰かと電話している。
「そう、みつかったの・・・よかったわねえ・・・」
さすがに相手が詐欺だとわかっているから落ち着いて小芝居を演じることにしたらしい。

即座に外に出て、電話をしている人の話に耳を澄ます。
「いやあ、行けないよお・・・。忙しいんだよ・・・」
怪しい・・・・。
これは、証拠写真を撮っておかねば・・・遠巻きに写真を撮る。

旦那は、車の前で立っている。
「なんか、ばあちゃん誰かと電話してる。あの人カモ・・・。」
男性は場所を移動して、駐輪場の原付バイクにまたがって話している。
受け子か?すかさず後ろに回って、バイクのナンバーを覚えて控える。

また、ばあちゃんのところへ戻ると、今度は別の人と電話をしている。
どうもお巡りさんらしい。

そこへホンモノのお巡りさんが登場。娘だと名乗ると、胸元のレシーバーで
「現着しました。電話していますが、誰か電話してますか?応答中ですか了解。今、お子さん夫妻も同時に現着しています。」
と報告している。

「今、外でも警官が見回ってますから」というお巡りさん。
旦那は外へ出て行った。

ばあちゃんが電話を切った。
「今、お巡りさんが来るから誰か来てもお金は渡さないでって言われた」

「また電話かかってきたの?」
「そう、おやじくんだという人から、カバンが見つかったって電話がかかってきたの。携帯が無いから公衆電話からかけてるんだって。もし、自分の携帯電話からかかってきても出ちゃダメって言われた。それでね、私、借金申し込んじゃったの。
3か月テレビ代払ってないから貸してくれないかなあ~。って。
そしたら、払わなくていいっていうのよ。そんなわけにもいかないから、貸してくれない?って言ったら、わかったから、とにかく明日行く」
って電話切られちゃった。

なんか、してやったりの満足げな表情だ。

一部始終を聞いていた、お巡りさんが順を追って調書を取っていく。
調書と一緒に私たちの個人情報もどんどん聞かれる。

「私お巡りさんの情報お聞きしたほうが良いですよね?」
というと、胸から名前の入ったプレートを出してきた。
「〇〇派出所の〇〇です」
と名乗るので、とりあえず、名前をラインで打って外で待っている家族へ伝える。

なんでも今日は通報が多いらしい。
詐欺グループは手あたり次第に電話をかけて、このあたりで一気に稼ぐ気でいるのか・・・。
お巡りさん曰く。お金が無いと言いながら、実際に1千万渡してしまっている事例があるらしい。
「電話がかかってきても預金高とか、絶対言わないように」
「固定電話でかかってくるから、携帯があるなら解約するのも手です」
とか言ってる。
電話を見て
「この電話は迷惑電話防止機能がついているから、良ければ今設定しますよ。」というので、お願いした。

「お金が無いと言っているので、大丈夫だと思いますが、わからないので、もし可能なら今日、明日はお子さんのお宅で過ごしていただいたほうが、警察としては助かるのですが・・・。」
という。すぐに、姉宅に電話をして、お泊りの了承を得た。

そんなこと言ったって、お巡りさんが偽物だったら、留守宅へ泥棒もあるよね。とも、疑えばキリがない。
まあ、泥棒入っても取られるものはないから、身の安全の方が大事だ。

外で電話していた男性を、おやじ天使はしばらく様子を見てたら、電話を終えてエレベーターで上がって行ったらしい。
「あれはちがったよ」とおやじ天使。
「だって怪しかったじゃん」
「いや、あなたの方がよっぽど怪しかったよ」と言われる。

娘がおやじ天使に
「なんか、番犬みたいだったよ。きょろきょろ、うろうろして、ウチの犬以上に番犬ぽかった。」
「いやあ、もし、見つけたらどうやって捕まえようか、シミュレーションしてたよ。だてに警備やってないよ。」
と、転職歴を誇って言う。

ばあちゃんの支度をすまして、猫のごはんやらトイレを準備して、ばあちゃんを姉宅に届ける。10時過ぎに、姉へばあちゃんを託す。
車に戻り、
「お疲れ様でした~。さて・・・。」と言うと、娘がおずおずと、
「温泉には行っても良いのでしょうか?」と尋ねてきた。
「行くでしょう。行かなきゃやってられない!」

いきなりばあちゃんを押し付けられた姉には申し訳ないが、一連のトンデモ騒動を洗い流すために、温泉に行ったトンデモ家族なのであった。

風呂に入り、オイルマッサージをして帰ってきたのは真夜中。
なんか、モヤモヤとする一日だった。


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