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自分軸と他人軸を決めるのは何か?

以前に「自分軸」と「他人軸」という言葉に触れたことがあったのですが、日常生活で頻繁に使うものでもないので、頭の中の引き出しにしまい込んでいました。

今日突然、この二つのワードが頭に浮かんだので、引き出しから取り出してみたわけです。

まるで衣替えのように久しぶりに取り出した「自分軸」と「他人軸」は、その字面だけで想像がつくような、つかないような、そんな雰囲気でした。

簡単に言えば
「んー。これって何だったっけ」という気持ち。


ググってみたら、いろいろ出てきたのだけれど、物凄く簡単に自分なりにまとめてみました。

自分軸=自分の言葉で生きている人
他人軸=他人の言葉で生きている人



自分軸=自分の言葉で生きている人

字面の通りなのですが、自分の中に軸を持っている人です。つまり、自分の心に正直に生きている人だということ。

自分の心に正直に生きていると言っても、なりふり構わず自己中心的に動くわけではありません。

何かがあった時、周りの状況を見つつも、自分の意思で行動できる人です。ここには「自分はこう考える」という根拠となる言葉が必要になります。

自分は誰かの笑顔を見るのが好きだから、周りに親切な行動を取る。

簡単な例を挙げるとすれば、こんな感じです。


他人軸=他人の言葉で生きている人

「他人軸」というのは、一見難しい言葉です。「自分でありながら、他人軸である」というのは、パッと見不可解だからです。

他人軸の人は、他人の評価や判断を気にして依存傾向になりがちな人です。

自分の意思で行動しているようで、他人の目を気にした思考となります。

世の中で良しとされている事にそった行動を取ることで、安心感を得るため、「ちゃんとした自分でいなきゃ」「皆んなと足並みをそろえなきゃ」「正しい人間でいなきゃ」という、他人が自分をどのような言葉で評価するかを考えてしまう人です。

周りに親切にした方が良いとされているから、それに沿った行動を取る。
親切にすることで笑顔になってもらえる。

自分軸の人と見た目の行動は一緒だったとしても、どちらが生きやすいかの視点で見ると、他人軸はとても辛いものになるのが分かります。


自分軸と他人軸を決めるのは何か?

人間だもの。
できるだけ自分軸でいたいと思っている人でも、時には他人軸になってしまうこともあるでしょう。

逆に、他人軸になりがちな人でも、ここぞというタイミングで、自分軸になっている自分を感じることもあるでしょう。

とはいえ、比較してみればやはり、自分軸で生きる方が楽なはずです。
では何が、自分軸と他人軸を決めることに作用しているのでしょうか?


私は、自己肯定感だと思っています。
「自己肯定感」と耳にしただけで、自分は自分に自信がないから、自己肯定感が低いと思い浮かべる人がいます。

これはかなりの誤解なので、全力で否定します。

自己肯定感が高い状態とは、「自信のない自分、ダメな自分も許容すること」を言います。

学歴、資格、環境、性別、配偶者の有無、国籍、血液型、体型、年齢・・・。挙げたらキリがありませんが、誰かと自分を比較した時に感じる「違い」といったものも、まるごと含めた自分の要素を許容することでもあります。


じゃあ、どうやったら自己肯定感が高くなるの?
という話になるかと思います。
答えは非常に簡単です。
肯定してあげればいいだけです。
「そんなもんだよ。ちゃんと生きてるじゃん。」

肯定したいがために、肯定できる材料を探しても意味はありません。
肯定できる材料を探している時点で、否定しているからです。

結局、誰かに「大丈夫だよ」と言って欲しくて仕方がなくなる。
いつまでも自分から目をそらして、他人軸で生きることになります。

自分を構成するパズル。
気に入った形のピースも、ちょっといびつな形のピースも、全ては大切な自分に必要な要素なんです。
自分自身の全ての要素に、頷くことがそんなに悪いことですか?

自分軸で生きよう。
大丈夫。大丈夫。

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