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ムスタファ・カービースと小鳥と


落花生の産地として知られるトルコ南部のオスマニエ。街の外れの古い家に、その家族は住んでいる。ムスタファ・カービースと妻、そして四人の娘たち。一家はシリアのアレッポから逃れてきたシリア難民で、私はこの三年、彼らを取材をしている。

ムスタファはかつて、アレッポで熟練の塗装職人だった。13歳からこの仕事を学び、多くの弟子も抱えていた。だが、2011年からの内戦で、次第に仕事を失った。さらに激しい空爆にさらされ、先祖代々暮らしてきた家が破壊され、縫製工場で働いていた二人の息子も亡くなった。
自らも空爆に遭い、腎臓や背骨に深刻な損傷を負った。その後遺症で、ムスタファは長時間の労働ができなくなり、生活にも困窮し、一家は2年にわたり、アレッポ周辺でテント生活を送った。やがて〝子供たちのために〟、安全に暮らせるだろうトルコへ逃れる決断をした。

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(トルコに入国してから2年を過ごした古い貸家。あるトルコ人から、空き家を無償で貸してもらっていた。土地の売却が決まり、昨年夏に引っ越した)

希望を持ってトルコにやってきた一家を待ち受けていたのは、生活の困窮と失望の日々だった。行く宛てもなく、現金もなく、モスクや路上で寝泊りをしたこともあった。

トルコに暮らして5 年。現在ムスタファは、段ボールやプラスチックなどの廃品を路上で回収し、わずかな収入を得ている。仕事は不安定で、一家の暮らしは厳しいままだ。しかし、年々生活に新しい試みが生まれ、生活再建への意欲と希望とが感じられる。

私はこれまで多くのシリア難民を取材してきたが、ムスタファには独特の視点がある。一家の取材を続けるのも、彼らがシリア難民である以上に、人間として魅力あふれる人々だからだ。

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(昨年引っ越した貸家にて、小鳥を飼うムスタファ。家では常に小鳥のさえずりが聞こえる)

2018年の取材時、ムスタファはこんな話をしている。
「シリアが戦争になったのは誰のせいでもない。抑えがたいさまざまな要因が絡み合うことで、状況が複雑化して起きてしまったことだ」

多くのシリア難民が、責任の所在をアサド大統領に求め、彼さえ失脚して国を去れば、シリアは平和になるだろうと語る。アサド大統領の存在こそが絶対悪だと。こうした視点がシリア難民の間で圧倒的多数であるのに対し、ムスタファは、家や息子を空爆で失い、難民となって困窮状態にあっても、誰を責めることも批判することもない。ただ、今このときを、愛する家族と生きることに意識を傾けている。

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ムスタファには4人の娘がいる。まだ10代前半の3人の娘と、一昨年に生まれた2歳のハラだ。ムスタファは2年前に脳に癌が見つかり、痛みに悩まされているが、〝娘たちのために〟、病気と戦っているという。

2021年4月、一年半ぶりに取材したムスタファの家では、小鳥の声が響いていた。小鳥を飼うことは、コロナ禍の今、新しく始めた試みだ。世話をすることで心が豊かに満たされ、繁殖は家計の助けにもなるという。

ムスタファの大きな手の平の中で、小さな小鳥が鳴いている。パッと手をひらくと、小鳥は部屋から部屋へと飛んでいった。

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*ムスタファ・カービースと家族の姿を、ショートドキュメンタリーにまとめました。是非ご覧ください。https://note.com/syria_nanmin/n/n0575b9362e44?fbclid=IwAR3hgo3PQibWWsYBtxpx1eOHQ8bQV6E-1kipp5kogfvmphhEAoO7ZFNOxbw

またムスタファ・カービース一家の生活自立の一助となるよう、支援金を集めさせていただきます。ご協力いただける方は、上記サイトの下にある「気に入ったらサポート」より、ご協力をお願いいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

(いただいたサポートは、noteサイト利用費として引き落とされる経費を除き、全額を困窮状態にあるシリア難民の家族に送金いたします)


                                         

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