見出し画像

歴史の転換点

”あの時歴史が動いた”なる番組があったかと思いますが
(まだあるのかな?)
あのタイトル通り、
過去の歴史を振り返ってみると
”もしあの時〇〇が寝返ってなかったら・・・”とか
”もしあの時終戦してなかったら・・・”とか、
色々な時代の節目ってあると思うのですね。

本能寺の変しかり、平家滅亡しかり、
第二次大戦しかり、戊辰戦争しかり、
例を挙げればきりがないのでここでは割愛しますが、
こんかいの某virusの件はそれに匹敵するものになると個人的には捉えていて。(というかリーマンショック級とかそれ以上とか言われている以上もはや重大事件入りは”確定”なわけですが)

そして、もっと突っ込んだ表現をするならば、
A.D(anno domini)
B.C   (before christ)

というふうに紀元前とafterはキリストの生誕を境にわけられていますが、


こんかいのもそれになぞらえて

A.C
B.C
(紛らわしいですけどね!)

と言ってもいいぐらいのインパクトを残すような感じがしています。

これはもちろんbefore corona, after coronaの略です。

before コロナはもちろん
”人類がモビリティを発揮せず、場所、形に縛られていた時代”

after コロナは
雛形からの解放、縛りがlessになり、色々なものが自由に垣根を越えていくflat・横につながっていく時代

のことをそれぞれ指します。

某news siteではコロナショックのimpactを4月ぐらいまでに治った場合と、7月まで伸びた場合でシミュレーションしていましたが、経済効果(ダメージ)の指標がそこでは色々と出ていましたが、
個人的には”そのレベルでは収まらない”と思っています。

でもそれはけっして悲観的なビジョンとか思考ではなくて、
これまでのような”養鶏場や養豚場でずっと囲われていた生活”から、
きゅうに扉が開き、外に出て空気を吸っていいよ、フレッシュな牧草を食べていいし、好きな時間に好きなだけ食べていいのよ”と言われていると
解釈できると思うのです。

そうなれば当然ですが前のような指標・スケーリングは意味をなさなくなります。(生産性とかが全く違ってくるし、読み解けないパラメーターがでてくるので)
ゆえに、これからは時間当たりの生産性とかGDPといった(土の時代の遺物)ではなくて、ブータンのような幸福係数のような、”何を感じるか”といったようなスケールが必要になってくる、そちらにシフトしていくのだと思います。

積み上げていくものが豊かさとか幸福度、いや、もっというと”国・地域・会社”としての成熟度やLVをはかるものではなくなっていく時代へ。

人々はもう、
積み上げていくこと、帳簿・数字上のなにかのために駒となり働くのに
疲弊している。

その疲弊が”極まれり”となったのがニィマルニィマル=coronaの乱、
なのかな、と。

それゆえ、これからの時代は全く違う生き方の軸が構成、いや、
もうそういう雛形を頼りに生きていく時代ではないから、
みんなが”何らかの軸にはもうよせていかない・頼らない時代になり、
雛形を供給する・作っていた強者の消滅へ”とつながっていく”のかな、
とふと思ったりした春の日、ゼロサンイチロク。

ありがとうございます。 各修業・取材等の費用の充当に 使わせていただきます!