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何かをあきらめることによって

何かを諦めることによって、

何かが劇的に改善する、
何かが端的に変わっていく、
のなら、
それは”けっしてネガティブなあきらめ”ではなくて、

ポジティブなあきらめなのではないだろうか。

例えば、
残業代ほしさに(いや、そういう理由からじゃなくて働かないと仕事が終わらないという人もいるだろうけれど)会社に居残り、作業をする。


残業代がついて、
懐は豊かになるかもしれないけれど、
それは”本当に精神衛生上も”いいことだろうか。

定時で切り上げて職場を出れば、
確かに残業代はつかないかもしれないけれど、
早く帰れるぶん、しっかり準備して
ご飯を作れば実はすごく豊かなdinnerタイムをすごせるかもしれない。
(帰り道で買ったスーパーのお弁当とかファーストフード、コンビニ弁当の代わりにご飯を作る豊かさを享受。)

また、結婚とか恋愛も”年収やステータス的な”ハイパーいいグレード(そもそもグレードってなんだ?)とか年齢とかにこだわらなくて、多少”ハードルを緩める”と、結果として選択肢が広がり、いろいろな出会いやご縁にめぐまれる、なんていうこともあるかもしれない。

住まいについても、
都心とか職場に隣接したところから離れてみるとか。
職場から遠くなるかもしれないけれど、
少し郊外に住むことによって
豊かな自然や美味しい空気を享受できるかもしれない。


なにかを諦めることは後退でも退化でもなく、
なにかを明らめる(あかるくさせる)ことにつながるのなら、

ガタピシいう環境やマインドの歪みを強制するためにも、
あえて積極的に開き直ったり、
手かせ足かせを外してみるのも
いいのかもしれない。

マインドセットを解放して、鎖を手放して、
こだわりをゆるめて、もっとゆるふわで生きてみる。

頑なな何かは何かを固定させ、腐敗させ、、腐らせる。
なぜならすべては回っているから。
地球も月も海流も空気もすべては流れていて、回っていて、流転している。

この世は回転からできているといってもいいかもしれない。
森羅万象のすべて、
生きとし生けるものは”廻るもの”。

いままでの”固定”のアンカーから解き放たれるためにも、
これからは”積極的にあきらめる”時代がやってくる!

そんな気がちょっとしている。





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