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「めっちゃ面白いやん」と思う子育て

どうも、個性的な子どもの子育てをしています。

もう「あいつ」の話をすると数々のオモローがあって思い出し笑いしてしまう。そんな愛おしい「あいつ」こと次男くんの話を今日は一つ。

例えるなら大型草食動物な次男。普段はゆったりおっとりしているけど怒ると怖い。人の心をとてもよく読もうとする、そして自分の心の動きももよく見て分析する。ものすごく真面目。自分は時間は守ろうと努力するが人が守らなくても優しく待てる。一見悪くなさそうな表現だけど、そのポンコツぶりも半端ないww

私が最初に「あれ、こいつやばいかも」と思い始めたのは1歳半から2歳くらいだったかな。。でもその時は、なんとか普通の子と思いたくて必死だった。

何がやばいと思ったかというと、まず歩かない(常に走る)、人見知りを全くしない(というか、常にポーカーフェイス)、目があんまり合わない、おっそろしいほどのマイペース、勝手にドアを開けて外に出ていく(近所で取り締まりをやってる警察官に何度か捕獲される)、そして怒りの感情がほとんどでない。

この、怒りの感情がほとんど出ないというのはちょっとおかしいなと思っていた。というのも、うちの長男くん、当時は、まーーほんっとにしつこいほどに人にちょっかい出すのが大好きな超ど級のS男。大人だって、あんなにしつこくちょっかい出されたら、ボンボボーーンって押してやりたくなるものを、次男くんは黙って全て受け入れている。いや、受け入れているというより聞いてないし見えてないようだった。遊んでいるものを急に取り上げられても全く動じず、食べたくないものを無理矢理口に入れられても、とりあえずもぐもぐ。後から舌でベッと口の外に吐き出していた。まだ幼児なのに、異常だ、異常な光景だ。泣いて叫んで嫌がっていいんだぞ!!

最近私の母と話したら、母も同時期にかなり怪しいと思っていたらしい。私に黙って保健所に電話して色々聞いてみたり、旦那の義母にも相談していたそうだ。

今の私は知っている。自分の子どもにもしかして障がいがあるのかなーって思っている人ほど、その一線を越えたがらない。気がついているふりをしつつ、決定的なことは否定するのだ。その時の私もそうだった。「グレーゾーン」とかいう便利は表現もあったもんね。

今ならはっきり言っちゃうよ「黒」だよって。グレーはグレーであって白じゃないんだもん。黒が混ざってるんだもん。白じゃないのに白の洋服だよって無理矢理着せるのおかしくない?グレーはどっちだかわからない子なんかじゃない。ちゃんと気にかけてもらうべき子どもなんだ。

一歳半検診や二歳児検診で相談をするものの、「もう少し様子を見ましょうか」と言われるとちょっと安心して家に帰ったりもしたものだ。かといって全面的に安心していたわけではない。モヤモヤしてるけど、とりあえず今日印籠を渡されなくってよかったなーって感じ。市の療育機関にかかるほどじゃないので様子を見ましょうねって言われるたびに、また華麗にスルーできたぜ!!と内心ほっとしていたのだ。今の私だったら、おいっ、早く気がつけよ!と、ダウンタウンの浜田ばりの早いツッコミを当時の私にするところだ。

そんな次男も10代後半に差し掛かり、私は心から思うのは「めっちゃ面白い子育てだったな」ってこと。大変だったことも悲しい事も本当にたくさんあったけど、一つ一つ課題に向き合って、、超えられなくても課題に寄り添った過程は無駄じゃない。そして何より次男くんの人柄もあってか、大体のことを笑いに変えてこられたことは宝だなって思うのだ。本人いたって真面目だけどね。

そんなめっちゃ面白かった子育て集をちょっとづつnoteに綴っていきたいと思うのだ。時系列じゃないけど、思い出したときに少しづつね。




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