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現実創造の核となるものとは。



忘れがちなことを改めて伝えてくれたhappyちゃん。



あなたがほんとうに欲しがってるものは

私は私でいいというその安堵の感覚。
他人を見て素敵だと思えるその素直な感覚。

こっちだよ。


環境によって自分の存在状態の幸せが左右されるような在り方でいてほしくない。


私たちはいつだって
心の自由や拡がり
安堵感、平和なその感覚を欲してる。

だからネガティブな感覚を怖がる必要なんてない。
その場所から、どんな感覚にハマりたいのか望めばいいだけなんだから。



望みを放つとき、最近は変わってきたけど

昔はよく「現実が変われば気分も変わる」と思ってたから、望む”現実”ばかりを夢見てた。

現実と気分はイコールだから、”気分”だけを変えようだなんて思わなくて。


でも違った。


どんなに夢だったことが現実化しても、感じてる自分の感覚が気分悪かったら全然嬉しくない。やっと叶ったのに嬉しくないなんて、相当虚しいんよね。




2017年のお台場でやったシンデレラプロジェクトで、ZECHIAモデルとしてステージに立たせてもらった時はまさにこれだった。


この時は自己否定がまだ強くて、自分は可愛くないしモデル歩きも上手く出来ないしでめちゃんこ自信がなかったから、(一緒に出る子は素人しかいないし、見る側も優しい人たちばかりなのに!)バッチバチの照明の中をショーモデルのように歩かせてもらっても、正直、全然楽しくなくて。


「お願いだから皆見ないで」「可愛くないのはわかってる」「こいつ何なんとか思わないで」「私はなんでこんなところに来てしまったんだろう…」「あーもーこんな奴がステージに立ってて皆さんごめんなさい」「早く終わってくれーーー」

そんなことばっかり考えながら歩いてた。笑


で、終わってからはずどーんと体が重くって

「ほんとならこんなに嬉しい現実創造が出来てるのに楽しめないなんて、私はまだまだだな…」「私の本当の望みじゃなかったんかな」

って負のループが凄かった。笑



でもこん時、「夢が叶っても、それを楽しめるかどうかは自分の意識次第、自分の感覚が全てなんだ」てことを嫌というほど味わえたんだよね。

ま、そっから日が経つにつれ、そのことを忘れていってしまうのだけどww




そして先月行われた「帰還」のステージ発表。


何年もかけて自分と向き合い、めちゃくちゃそのこと意識して望んでやってたから、下手だろうが振りを間違えようが、終わったあとのやり切った感・満足感が半端なく凄まじかった!!

いつもだったらどっかしらミスった場合、「あーあそこやっちまったなあ…」って胸がグルグルして猫背がより強調されるような感じになるのに、それが一切皆無。


こんな感覚味わったことないくらい、めちゃくちゃ満ち満ち感がやばかったんよねーーー♡♡♡

自分がやりたくてやってきたものを、ちゃーんと心の底から楽しめたし嬉しく思えて、全身から喜びが湧き上がってきて、なんだかもう完璧だった。

欲しかったのはこのカラダの感覚だ。


※ちなみに。

私は結構猫背なんだけど、これってきっと自信の無さの表れなんだとふと思った。昔からもっと胸張って!とか言われるけど、やはり私はカラダに全てが出ている笑。逆に自信がある時は結構姿勢よくなってる気もしていて、普段から堂々としていたいなら姿勢良く居ようとも思ったわ。





で、私にとっての一大イベントが終わって日常に戻り、HAPPYちゃんの投稿で気が付いた。

こういう大きなイベントでは「自分の感覚を大事にする」とか意識的にやれるのに、普段の日常はどうだ?と。


あれ?

「最近また、つまんねー毎日だよな」「たまに良いこともそりゃあるけど…」「なんか毎日同じことしてんな…」「こんなことしてていーんかな」「お金が…」「自分ビジネスが…」

そんなん思いながらまたモヤついて、ため息ばかりのテンションだだ下がりモードになってないか?


テンション上げようと散歩したりカフェに行ったりドラマや映画を見たりしても、結局それが終わると目の前の現実にがっかりしてる。


何かを必死でやってるときは合格、何もしてない日々は不合格。そうやってまた私は私をジャッジして、また現実を変えようとしてるんだ。

またやってんなwww



違う、違う。現実に惑わされるな。



何があろうとなかろうと、現実が変わろうと変わらなかろうと、目の前の見えてるものに振り回されることなく、毎日を気持ちよーく過ごしてたい。

パッとしない毎日を憂いてるんじゃなく、自分には何が出来るだろうかと落ち込むんではなく、そんな毎日に、そんな自分に、落ち込もうが嬉しくなろうが、どんなことがあっても毎日毎日よーやっとるよって私は私に思いたい!!

本当はこっちだ。



いや待てよ。



というか、そもそもその眼差しでソースは見ている。


マイナスとプラスのその先にある、どっちでもないゼロ地点。

愛の境地。ソースの視点。


感覚を”変えよう”だなんてもはや思わなくていい。ただ”思い出す”だけだ。


愛の眼差しで私は私を見てあげてることを、思い出そう。これだけは絶対忘れちゃダメだ。



望みを叶えるためにはどんな風に感じたいか、その気分や感覚が大事。でも、その時に味わう感覚は深いところでは既に知っている。

自分の深いところにあるものを引っ張ってこよう。思い出そう。ただそれだけだ。全部全部、自分の中にある。



でもって毎日の日常こそ大事。

大きなイベントでの気付きをもっともっと毎日に活かしたい、今日は本気でそう思った。



YUIKA


最後まで読んでくれてありがとう𓄰𓃻˖꙳ アーティスト活動費や星と心の研究費に充てさせていただきます𓂃🙌𓈒𓏸