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NATOの東方不拡大の「約束」はなかった ー最新の外交史研究の成果から

メアリー・サロッティ教授によるケンブリッジでのオンラインでの講演がありました。サロッティ教授はいまもっとも評価が高い米国人の外交史家の一人で、ドイツ統一や冷戦終結についての優れた研究があります。そしてこの講演の中で、「NATO東方不拡大の約束はない」と明言。

あまりにもタイムリーで充実した内容で、これからCentre for GeopoliticsのYouTubeチャンネルで動画がアップされます。Not One Inchと題する彼女の最新刊についての講演。以下、「約束」はなかったということについて概要をまとめます。

まずプーチンが繰り返し述べている、NATOが東方不拡大の約束をしてそれを破り、ロシアの安全が脅かされて、ほかに方法がなくやむを得ずにウクライナを攻撃したという論法。もちろん国際法上は到底容認不可能ですが、日本でもこのロシアのプロパガンダを鵜呑みにする人が多い。

サロッティ教授は、膨大な史料とその交渉の経緯を簡潔に紹介しながら、明確に、「そのような約束はなかった」と二度ほど明言しました。やや複雑な交渉でしたが、「約束」があったという人は、1990年2月9日のベイカー国務長官の、ゴルバチョフ書記長とのモスクワでの会談での発言を参照。

ここで、not one inchという言葉が出て来ます。袴田教授が2014年のゴルバチョフ氏のインタビューで、そこではNATO東方拡大の話題はなく、そのような約束はなかった、と書いておられましたが、他方サロッティ教授は実際には話題があり、そのような発言はあったとしています。

ここでの発言は、ベイカーがドイツ統一のソ連による承認を得るために、色々な条件を述べた中でそのような可能性を示唆したということであって、具体的には北大西洋条約5条の集団防衛条項を冷戦期の分断線を越えて拡げないという提案をした。多くの歴史家が、この発言を参照。

実際にベイカーがそのように発言した史料は残っており閲覧可能ですが、その後モスクワからワシントンに戻ってブッシュ大統領に報告をした際に、ブッシュ大統領はそのようなベイカーの提案は到底アメリカ政府として認められないということで、却下します。ですのでこれは米国の約束ではない。

サロッティ教授はここで、ゴルバチョフは交渉に精通して、もしもそれがアメリカ政府の提案であり、ソ連の利益になるとすれば、必ず署名をした文書に残すはずであって、実際にはそのようなベイカーの提案があくまでも米国政府の正式な提示ではなかったので、文章化もなかった、と述べています。

ここでサロッティ教授は、「約束」とは定義によるが、通常は外交では「約束」といった場合には、文書化して署名が必要であり、そのことはゴルバチョフも理解していたはずなので、その点では「約束」があったとは両者とも認識していない、と言及。なので、「約束は、なかった」ということに。

ただこのようなベイカーの発言自体は、ロシア政府側の記録に残っていたために、1997年にクリントン大統領とエリツィン大統領がNATO東方拡大についての米ロ首脳会談をした際に、ロシア政府側から「1990年のベイカー発言」について問題提起があったようです。

それに対してクリントン大統領は、1990年の「約束」とはあくまでもドイツ統一に関連した内容で、中東欧諸国についてではないと論じ、それをエリツィンも了解しています。これで、米ソ両国とも、1990年に米ソ間でNATO東方不拡大についての「約束」があったわけではないことを、確認したことになります。

この1997年の米ソ首脳会談での、NATO東方不拡大の「約束」はなかったという双方の確認は、その後のプーチン政権にとってはあまり都合が良くない。なので興味深いことに、2018年にプーチン大統領の補佐官が米国のクリントン大統領図書館のこの部分の史料について、未公開を要求しています。

これが、現在進行しつつある外交問題に悪影響を及ぼすという理由のだからのようです。なので、逆にそれを知ったサロッティ教授は、この1997年のクリントン=エリツィン会談に重要な史料が含まれていると確信。その史料調査の結果、不拡大の「約束はなかった」という史実が明らかに。

ただし、私がほかのツイートでも書きましたが、サロッティ教授も冷戦後の米国の対ロ政策で、もう少しロシアの安全保障を考慮した外交も可能であったとして、米国政府内の路線対立についても触れました。米国の冷戦後の、勝利主義のようなものが傲慢な態度になったのでしょう。

ともあれ、れいわ新選組がロシアのプロパガンダを鵜呑みにしたことによって、せっかく国会で全会一致でロシアのウクライナへの軍事攻撃と、それに伴う人道的被害を批判する決議を採択できる機会を失ってしまいました。残念です。

歴史的な事実をあまりにも表面的に扱い、正確な理解に基づかずに自らの正義にあまりにも拘泥したことで、日本の外交にとって残念な結果となりました。ぜひ山本太郎代表には、サロッティ教授のこちらの英語の著作を読まれるか、歴史問題について政治的に発言する際にはも少しその複雑な経緯を丁寧に理解する努力をしてほしいと願っています。政治とはそれだけ重みがあり、責任のある営みであると思っています。

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