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ウクライナ戦争における「宥和政策」の効用をめぐる橋下徹氏へのリプライ

註:こちらは、2022年3月6日に、Twitterで橋下徹弁護士から、ウクライナ戦争での平和の到達の仕方について、私への疑問を頂きましたので、それに対する返答をまとめたものです。https://twitter.com/hashimoto_lo/status/1500461182892662787

また一番上の写真は、ウクライナのキエフで4年前に講演した際のものです。

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橋下先生、真摯でご丁寧なご返答を有り難うございます。橋下先生のご説明は直接的な言い方で反発もあろうかと思いますが、一定以上の真理を含んでおり、簡単に否定すべきではない論理も含まれていると思います。同時に今回のウクライナ危機は、常識的な理解が難しいきわめて厄介な戦争です。

まず「宥和政策」の効用について。『大国の興亡』で著名な歴史家ポール・ケネディは、「イギリス外交における宥和の伝統」という論文(著書、Strategy and Diplomacyに所収)で、イギリスは、チェンバレンのみならず、陸軍力が少なく経済的な考慮から、宥和を求める伝統が長く続いてきた、と書いています。かなりの程度真実だと思います。

つまりはレトリックとしての過激な戦意昂揚の陰で、戦争を嫌い、平和的な解決をつねに摸索する姿勢があった。チャーチルこそがむしろ、イギリス外交の伝統では例外だった。逆に、だから、それだけ尊敬されている面もあると思います。ちなみに私の卒業したバーミンガム大学は、ネヴィル・チェンバレンも卒業し、彼の父が設立した大学で、チェンバレン親子には愛着もあり、ある程度まじめにネヴィル・チェンバレンの宥和政策を研究したこともあります(そして擁護しようとしたことも)。

一方で、それではどのようなときに、そのような「宥和政策」が功を奏するのか。これが私の研究者の関心の出発点で、その成果が『外交による平和』という著作です。その中で私は、交渉による平和が実現するのは、それが力に基づいているときであり、そうでないときは暴力に屈する降伏の悲劇となる、と書いています。

ヒトラーに屈したフランスやチェコスロバキア、ポーランドなどでは、平和は訪れませんでした。ユダヤ人虐殺と、抵抗活動を怖れたナチスによる一般市民の殺戮。相当な死者数が出ています。武器を置くことは、つねに平和を保証するとは限りません。それが十分な力に基づいていないといけない。

最大の問題は、ロシアを前にウクライナにはそのような力がなく、したがって抵抗は無謀で無駄な殺戮に繋がるのではないか、という疑問でしょう。おそらく橋下先生もそのような問題意識があるのだろうと思いますし、多少私も共感するところもあります。人命は重要ですので。

ただし歴史が教えるには、「成功体験」は新たな成功を欲することになる。今回、ウクライナが屈服してロシアが占領すれば、プーチンは英雄となり任期が伸び、次にはバルト三国、ポーランドが標的になるかも知れない。だからいま米軍がそれらの諸国に派兵されているのです。

ヒトラーは、1938年9月のズデーテンラントの併合を「最後の領土的要求」と述べ、チェンバレンはそれを信じました。しかしズデーテンラントは山岳地方で、そこを支配したことでむしろ中東欧一帯への侵攻が容易となり、平和ではなく戦争を助長したのです。戦争計画が存在し、ただその速度を進めただけ。

答えは、このように考えています。

「①相手を降伏させる(一時撤退を含む)②こちらが降伏する③政治的に妥結する」。

橋下先生がご提示した、この三つの選択肢、すべてを同時並行で行う。

水面下での交渉を行いながらそこに全幅の信頼を置くのではなく、継戦して戦闘での勝利を目指し(困難ですが)、敗北の可能性も考慮する。

ウクライナが戦闘を続けて、敗北せずに抵抗することで、プーチンが国内外で追い詰められ、同時に国際社会の結束と圧力、そして制裁が強化されるでしょう。戦費が膨大となるロシアが、ウクライナ占領と分割を諦め、停戦協議に応じる。これが考えられるベストシナリオかも知れません。

私は4年前のソチの会議で、直接プーチン大統領と接し質問もしましたが、セキュリティのレベルが尋常ではありませんでした。暗殺は容易ではないはずですし、権力体制も強固です。ただし、ウクライナの抵抗が続き、国内での批判と不満が強まっている。ほころびが見え始めてます。

橋下先生はいつも学者を批判されていますが、私もしばしば、学者の横柄さ、独善、他者への敬意の欠如に嫌気がさすことがあります。学問は好きですが、学界はそうでもありません。また今回の困難な情勢では、私のしょぼい頭脳では、なかなか良案が出ません。

ただし、上に書いたように、私が以前に執筆した『外交による平和』で、どのような場合に交渉による平和が可能かを、イギリス外交の例から検証した結果、「力による平和」、つまりは弱さからの宥和政策ではなく、力の優位性、あるいは最低限均衡を確保した上での交渉が重要というのが、暫定的な私の結論です。

今は、そこに向かう途上でだと思っています。

正しい道を歩むことが重要です。

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