さくら色のアイシャドウ

 細かいラメが入ったさくら色のアイシャドウを中指のはらでぽんぽんとまぶたにおいていく。アイシャドウ自体はやわらかい色に見えるけれど肌にのせると案外しっかりと色づく。春の訪れの気配とともに自分も春をまとったような気持ちがしてうれしくなり鏡に向かってぱちぱちとまばたきをしてみる。
 このアイシャドウはもう十数年ほど前にバイトをしていたスナックの姐さんもらったものだ。その時はあまり似合わないような気がして使うことができなかったけれど、それなりに年を取った今試してみたらさくら色が黄色くくすんだ顔にやさしい彩を与えてくれているような気がする。
 スナックには半年ほど、週に2回チャリに乗ってバイトに通った。アルコールアレルギーが少しあって酒は飲まなかった。酒も飲まず接客もろくにできないまま客の似顔絵を描いて時間をやり過ごし小遣いを稼いだ。客との話の中でいずれは絵本作家になりたいと言い自作の小さな絵本を作って客に見せたりしていたが「なんだ、こんなのもの見せて、しょうもない」などと言われてめそめそ泣いた。
 そうしてバイトに通っていたが東日本大震災が起こる少し前に精神面で崩れ休むことが多くなり、その後すぐに震災が起きてお店からの連絡も一切返せずそのまま逃げた。
 スナックにはわたしを可愛がってくれた姐さんがいた。姐さんはわたしを『ゆいっこ』と呼びとにかくよく目にかけてくれた。アパートで夕食を作ってもてなしてくれたり、メイク道具をくれたり、お下がりのドレスをくれたり、自分の大事な太客との同伴にわたしを連れていってくれた。姐さんの実家に遊びに行かせてもらったこともあった。自分の客にはわたしを妹分のように紹介しよくしてあげるように言ってくれて、たちの悪い客からは守ってくれた。姐さんに好意を持っている客が多かったからそのおかげでわたしはあまり変な目には合わずにすんだ。
 そんな姐さんに不義理をした。
 震災後生存確認の意味も含め何度も連絡をくれたのにわたしは電話も出ないでメールも返さなかった。
 数年たってから姐さんから手紙が届いた。そこに書かれていた言葉で自分の不義理が姐さんをものすごく傷つけていたことを知った。姐さんがスナックを引退し当時好きだった人と結ばれ今は2人で暮らしているということも手紙には書いてあった。返事はいらないとあったがその時できる限りの誠意をこめて返事を書いた。姐さんとはそれきりになった。
 
 わたしはあのときの姐さんと同じ年になった。
 姐さんはよく笑いよく呑み強くてきれいな人だった。そしてふと見せる弱さが危うくて魅力的だった。
 さくら色をまぶたにつけた自分の顔をぼんやりながめ姐さんのことを考えている。