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映画「Most Likely to Succeed」を観て考えるこれからの教育

「ではみんなで九九を言ってみましょう」
 先生の掛け声と同時に「にいちがにー、ににんがしー」と九九の合唱が始まります。
 小2の息子が通う公立小学校の参観日の一コマ。その後、九九のプリントが配られ、全員一斉に取り組んでいました。早々に終わる子、時間がかかる子、それぞれかかる時間はバラバラ。
息子はプリントを終えて机の下の足をぷらぷらしながら、暇そうにしていました。最後に終わる子を待って答え合わせが始まります。
 参観後息子に「勉強楽しい?」と聞くと「たいくつ」と一言。正直「あのクラスなら退屈だろうな」と思ってしまいました。

 そんな時「AI時代に必要な教育とは?」をテーマにした映画「Most Likely to Succeed」が近所で上映されると聞いて鑑賞に行ってみました。

■映画の概要■
 「Most Likely to Succeed(成功に最も近い教育とは)」は「人工知能 (AI) やロボットが生活に浸透していく21世紀の子ども達にとって必要な教育とはどのようなものか?」をテーマに、アメリカの有識者が実在の学校を舞台に撮ったドキュメンタリー映画です。
 米国のカリフォルニア州にある High Tech High というチャータースクールの取組をベースに、従来型の教育とこれからあるべき教育について色々な人の立場から論じられていました。
(以下、ネタバレがあります)

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■社会の変化■
 第1次産業革命以来、ビジネスの成功パターンは「大量にモノを作って、大量に売り、製造コストを下げて利益を出す」といういわば「工業経済」で成り立っていました。しかし、モノがあふれ充足された世の中ではその傾向が崩れつつあります。
 更にテクノロジーの進歩によりコンピューターが人の持つ「知識」を上回り、その傾向が加速する中で「人間がするべき仕事」とは何になるのでしょうか。
IBM WATSONに負けたアメリカの人気クイズ番組「ジェパティ」の王者がインタビューで、
「知識を持っていることが優位だった自分の時代は終わったと感じた」
というセリフが印象的でした。

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■教育の在り方■
 子供を年齢別に分け、決まったカリキュラムを受けさせるという、今では当たり前の教育スタイルは、なんと約120年前に作られたシステムと基本的には変わっていないそうです。これは「大量生産」の経済に役立つ人材を育成するためのシステムで、全員が同じ知識レベルで、同じことができるような能力を持った人を育てることを目的としています。この100年間このモデルが成立していたのは、「大量生産」モデルに乗っていれば「平均的」な人生を送ることができたからなのです。

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■High Tech Highの取組■
 カリフォルニア州の公立高校である「High Tech High」では、教科書、決まったカリキュラム、テストはなく課題解決型学習(Project-Based Learning = PBL)に取り組みます。カリキュラムは完全に先生に任されており、「何を、どれだけ教えるか」は全て先生次第です。学習の習熟度は、学年末に行われる、全校生徒、先生、両親、地域の人が訪れる「作品の発表会」で明らかになります。
 その発表会に向け、生徒は色々なことを調べ、議論し、作っていく過程が描かれていました。
 あるクラスでは「文明がどのように発達し、滅んでいくか」について調べ、自分たちの理論を作り、それを作品にする、というプロジェクトを行っていました。
 自分たちの理論を作るためには「これまでどのような事例があったのか」について、エジプト・マヤ・インダス文明などについて調べます。その後、それらの文明の共通点などについてディスカッションし、文明の盛隆について概念化していきます。それを「作品」にするために、レーザーカッターや歯車が動く仕組みなどを学び、実際手を動かし、最後にクラス全員で大きな作品を作り上げていっていました。
 その間に子供たちは様々な葛藤に出会います。作業は協働で行うため、人とのコミュニケーション、自分の意見を的確に伝える力、他者批判に耐える力などが養われていく様子が描かれていました。
 プロジェクト終了後に先生方が「教育に必要なことは『知識の詰め込み』ではなく、『前にできなかったことができるようにサポートすること』だ」と言います。「人間の最大の喜びは、これまでになかったものを作りだしたとき」「他者と関わる中で自分の存在に意味があると思えたとき」だと。

■色々な立場の人の意見■
 こうした新しい取り組みに対して、様々人の意見が紹介されます。
この学校に勤める先生は
「テストのために詰め込んだ知識は9割忘れます。テストのための学習は非常に効率の悪いことなのです」
「これからの時代に必要なのは『知識』ではなく、『自分で課題を見つけ、解決する能力なのです』」
と言う。
一方で、このような先進的な学校に通わせる親はどのような意見を持っているかというと意外にも
「教科書やテストがないのは正直不安です。大学入試のテストで点数が取れるのでしょうか」
といったことを先生に投げかけていました。
また、別の学校で似たような取組をした先生は、一部の優秀な生徒から
「好奇心を満たす、生きた勉強は大学に入ってからします。高校まではテストで点が取れる授業をしてほしい」
と言われてとまどっていました。
 このように「学校教育としてこのような取組をする」ことには、賛否両論があることが伺えました。

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■感想■
 90分があっという間に感じるくらい、とても興味深く鑑賞しました。この映画を見ての感想は、
「好奇心が先か、知識が先か」
ということです。
この学校がどのようにクラス分けされているかは分かりませんが、「何に興味を持つ」かにもベースとなる「知識」が必要なのではないかと感じました。劇中の学生の意見にもあったように「好奇心」を元に専門性を深めていくのは、どの段階がいいのか。また、先生側の意識・スキルも別次元での変革が必要になりそうでした。このような方法を中途半端に行うと、知識もつかず、プロジェクトから得るはずの非認知能力も得られない、という事態になりそうな気がします。
実際、映画の中でも「この学校が本当に効果的かどうかが分かるのは10~15年後だ」とありました。(州の学力テストではこの学校の学生は平均以上の点数を取り、大学進学率も98%と高いそうです。)
劇中の親の「(大学に行けなくなるかもしれない)子供の選択肢を狭めたくないのです」というセリフが印象的でした。
「子供が目的意識を持って、好きなことを極めていくプロセスでこれからの時代を生きていくのに必要な学びを得る」という理想的な学習の環境をどのように用意するのかは、親のリテラシーにかかっていると言えそうです。従来の学校教育を盲信するのではなく「これからの時代を生きるために、どのような子供に育ってほしいのか。そのためにはどのような環境が必要なのか」を考え、行動する覚悟が必要なのだと思いました。
「人生100年時代」と言われ、子供達はめまぐるしい変化の時代を生きていくことになります。そんな環境下で必要な教育とはなんでしょうか。子供を持つ親に突き付けられた「正解のない問い」への一つのヒントになる映画でした。

▼「High Tech High」の公式サイト
https://www.hightechhigh.org/

▼「Most Likely to Succeed」日本版公式サイト
http://www.futureedu.tokyo/most-likely-to-succeed
▼「Most Likely to Succeed」の自主上映方法
http://www.futureedu.tokyo/most-likely-to-succeed/how-to-host-screening

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