中学校内失踪事件【前編】

 コンコンコン。
 ドアを叩く音が部屋に響く。茶髪の青年がドアの方をチラリと見る。

「どうぞ、お入りください」

 疲れた表情の男性がドアを開けて、店に入ってきた。男性を見て、茶髪の青年は黒い目を細める。男性は40を超えているだろう見た目だ。一方、青年は20歳前後だろうか。

「ひとまず、お座りください」
「すみません……」

 今にも倒れそうな男性を見つつ、茶髪の男性は店の奥に声をかける。

みつる、水の用意をお願いしてもいいですか」
「りょーかい。あらたの方が、話を聞くの上手いからな」
「それはどうも」

 茶髪の男性こと、新は男性の向かいに腰を下ろす。にこりと微笑んで、男性に声をかけた。

「初めましての方ですね。僕は神々廻ししば新と申します。それで、どんなご用件でしょうか」

 吸い込まれそうな黒い瞳を見て、男性は思わず目を逸らす。何者なのかと疑問を持ったが、今はそれどころではない。

「1ヶ月前、うちの娘が行方不明になったんです。でも、その、色々と不可解なことが多くて、警察も行き詰まっていて、それで……」

 男性は緊張しているのか、混乱しているのか、言葉を詰まらせてしまった。

「行方不明になった、娘さんを探してほしいということでしょうか。では、1つずつ質問をしますね」

 新がそう言うと、奥から満が水を持ってきた。満は、新と同じ茶髪で顔立ちも瓜二つ。唯一違うのは、瞳の色だろうか。

「どうぞ」

 満の琥珀色の大きな瞳は、月を連想させるほど綺麗だ。男性はぺこりと会釈をした。

「まず、行方不明になったのはどこですか」
「えっと、この町の端にある市立中学校です」
「あぁ、あそこですか。中学校内で失踪したということですね」

 新の問いに、男性はこくりと頷いた。

「中学校内……どこかの教室に閉じ込められたとか、そういう訳でも無さそうですね」

 呟きながら、新は確信する。これは、人ならざるものが関わっていると。そもそも、あの中学校は、悪いものが集まりやすいのだ。

「分かりました。その依頼、引き受けましょう」
「本当、ですか」

 安堵したような、疑っているような表情を浮かべる男性。息を吐き出した直後、慌てて男性が言う。

「あ、依頼料はおいくらですか? すぐに払えるかは分かりませんが……」

 慌てた様子の男性を見て、クスッと新が笑みを浮かべた。

「依頼料は受け取っていません。もし、それでは納得できないと思われましたら、ここと繋がった場所にお菓子などを置いてください」

 新の言葉に、男性はぽかんとした表情をする。冗談かと思ったが、新は本気で言っているようだ。

「わ、分かりました」
「よろしくお願いします。……ところで、僕らのことは、どなたから聞きましたか?」

 帰るよう促しつつ、新が訊いた。

「えーっと、俺の祖母です」
「そうでしたか。では、お気をつけてお帰りください」

 バタンとドアを閉じると、部屋の奥から満がひょこっと顔を出した。

「祖母……あ、あの探し物の人か! あの人のお稲荷さん、めっちゃ美味かったよなぁ」

 じゅるりと唾液を飲み込む満に、新は呆れたような顔をする。依頼内容は満も聞いていたようで、早速作戦を練ることにした。

「学校内で失踪っつーことなら、教室かトイレかってとこか?」
「そうですね。あとは、鏡とかもありそうです」

 情報が少ないため、上手く絞り込むことができないようだ。数秒考えると、満が言った。

「でもまぁ、新の目を使えば見つけられるだろーし、ここは突入するしかなくね?」
「なんか、毎回こんな感じになりますよね」

 悔しそうに言う新。ハハハと笑うと、満が新に訊く。

「あと、学校の防犯カメラはどうするよ」
「うーん……先に情報を知られるのも不味い気がしますし、僕がどうにかします」
「頼んだ!」

 そう言い、満は親指を立てた。新と満は双子なのだが、得意なことが真逆なのだ。案外、双子というのは、こんなものかもしれないが。

「んじゃー、夜まで待つか。腹ごしらえもしないとな」
「よく食べますね。まぁ、頂き物のカステラもありますし、僕も食べておきますか」

 食べたり飲んだり、学校に突入する前とは思えない、ゆったりとした空気が流れる。

「にしても、あの中学校は呪われてんのか?」
「呪いというより、立地が悪いんですよね。風水的なやつです」

 緑茶を飲んで、新が続けて言った。

「それに加えて、40年くらい前に殺人事件もありましたから。悪化するばかりですよ」
「あー、あの事件もか。なるほどなぁ」

 うんうんと頷きながら、満はカステラを頬張った。そんな世間話をしているうちに、日が暮れていく。気がついたら、星がきらめいていた。

「そろそろ行きますか」
「しゅっぱーつ」

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