見える少女の相談【後編】

 コトン。
 薄い朱色の陶器を置き、風に飛ばされないように気をつけながら、髪の毛を入れる。

「ここの守りと、鑑定はします。後は、頼みますよ?」
「うっす。頑張ります」

 新に言われて、満は首から下げていた笛を思い切り吹いた。4本の尻尾が風に揺れる。

「人間を守ることができるやつは集まれー」

 ピィー。
 笛の音が響き渡ると、ぽつぽつと妖が集まってきた。ひそひそと話し声が聞こえる。

「……該当者なし」

 新が言った。暗闇と同化する黒い目が静かに光っている。満は、そのまま伝えて次の妖を集める為に、笛を吹いた。

「はぁ……こんなにいないもんなのか」

 5回目くらいだろうか、流石に疲れたと満がその場に座り込む。妖を呼ぶ笛を使うには、ある程度の力を使わなければならないのだ。まぁ、満が疲れている理由は違うのだが。

「まぁ、そうそうには見つかりませんよ」
「だよなぁ。笛、壊しそうで調整がムズいんだよ」

 満は、何度もこの笛を壊している。新が使ってもいいのだが、守りや鑑定に穴ができるのを良しとしないのだ。

「でも、少し休憩しましょうか」

 新が言った時、カサッと草の音がした。2人が視線を向けると、1羽の烏がこちらに来ている。

「烏……」

 普通の烏に見えたが、足が3本生えている。八咫烏と呼ばれる妖だが、気配からは敵意を感じないし、神使というわけでもないようだ。

「これだ」

 呟きながら、新が八咫烏に近づく。

「貴方、人間を守る気はありますか?」

 烏はツンと新の手をつつく。それを見て、新は烏を肩に乗せる。

「満、この子ならできそうですよ」
「おー。すげぇ」

 どこで見つかるか分からないなと、驚きつつホッとした満。そのまま、陶器を持って店に戻った。

「さて、改めて鑑定します。この丸の中に立っていてください」

 新が言うと、烏は大人しく従った。返事がないということは、まだ子供なのだろうと満は考える。だからこそ、余計な感情がないのかと。

 烏が入った円が淡く光り、新は瞳孔を開く。髪の毛に宿っている霊力と、烏の持つ霊力を見ているのだ。

「やはり、相性が良いですね」

 静かに言うと、パッと光が消えた。鑑定が終わった合図だ。

「そんじゃ、あの女の子に連絡しないとな」
「ですね。明日、話をしてみましょう」

 棚から鳥かごを出し、烏を中に入れた。子供の烏は、話を聞くことはできるが、話すことはできない。そもそも、話を理解しているかも分からないため、危なくないように入れたのだ。

「なんか食べよー。腹減った」

 満が言い、霊力を回復するために食事をとった。もうじき、夜が明ける。空が明るくなりはじめた時に、満の意識が途切れた。

「……はい。お待ちしております」

 新の声で、満は目を覚ました。床に転がって寝ていたらしい。

「んー……今日来るの?」
「えぇ。早めに来るらしいです」

 横目でカレンダーを見る。今日は日曜日だ。

「用意しておくかぁ」

 連絡があって、3時間が経った頃。ドアを開けて、少女が店に入ってきた。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 新が丁寧に案内しているうちに、満が鳥籠を持ってくる。少女は、少し緊張しながら椅子に腰を下ろした。

「電話でお伝えした通り、貴女との相性が良い者が見つかりました」

 満が少女の前に鳥籠を置くと、少女は烏に目を向けた。

「3本足の烏……所謂、八咫烏です。まだ子供のようで会話はできませんが、簡単な言葉は理解しているようです。いずれ、会話も可能になるでしょう」

 新が説明すると、少女は小さな声を漏らした。

「可愛い……」

 目をキラキラさせているのを見て、満は胸を撫で下ろした。鳥類が苦手な人もいるからだ。

「ちなみに、この烏は女の子のようです。彼女でよければ、契約を結んでおこうかと思うのですが」

 新が言うと、少女は首を縦に振った。

「お願いします」
「かしこまりました。では、名前による契約を行います。烏に名前を付けてください」

 新が目配せをし、満は棚から短冊を取り出して机に置いた。

「こちらに名前を書いて、烏の足に結んでください」

 鳥籠から出て、少女の前に立つ八咫烏。数秒見つめた後、少女は短冊にペンを走らせた。

「これを結ぶんですよね」
「えぇ」

 少女が烏に紙を近づけると、烏は1本の足を上げた。その足に、短冊を結ぶ。次の瞬間、パキンと鳥籠が割れて烏は光に包まれた。

「契約完了です。お疲れ様でした」

 光が止むと、紙を結んでいた烏の足には、黄色のリボンが結ばれていた。八咫烏は、少女の肩に止まる。

「これで……あ、ありがとうございました」
「いいえ。ちなみに、烏は霊力の強い人にしか見えませんので」
「分かりました」

 ケーキ屋で買ってきたのか、ケーキの入った箱を渡し、少女は控えめに言う。

「えっと、前回のお礼です。今回の分も、渡しに来ますね。本当に、ありがとうございました」

 そう言い、帰ろうとする少女に満が訊いた。

「貴女の、苗字を訊いてもいい? また、何かあった時にどう呼ぼうかなーって」

 新も特に止めることなく、少女を見る。

「あっ、そうですね。十六夜といいます」
「おっけー。また何かあったらおいでよ」

 パチンとウィンクをする満。若干呆れつつも、ドアを開けて新が言った。

「では、気をつけてお帰りください。……今夜は、新月なのであまり外出はされないように」
「はい」

 少女はもう一度会釈して、店を後にした。足音が遠ざかったのを聞いて、満が言う。

「これにて一件落着!」
「ですね。お疲れ様でした」

 パンッと2人がハイタッチをする。後日、十六夜からプリンが4つ届いた。今のところ、問題はないようだ。

「引き続き見守りますかね」
「だなー」


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