浮気と呪い【解編】
「っ、はぁ……はぁ……」
茶髪の女性が飛び起きる。首に手を当てて、自分が生きていることを確認しているようだ。部屋の時計は午前5時を示している。
「夢、だよね」
「うんうん。上手くいってるね」
四角い水晶のような板を見ながら、トバリが言った。呪いの効果や、自分と関わった人がどうなるのかを見ているのだ。
「この人は僕の呪いを解くことができるのかな?」
トバリが安価で呪いを売るのは、比較的簡単に解くことができるからだ。それを教えず、自分も呪いを解くことを拒否するのは、こうして観察するのが好きだからだ。
映像はどこかの会社に移り変わる。
「おはよう、ございます」
「おはよう。あれ、寝不足?」
上司らしき人が茶髪の女性を心配する。女性は苦笑いを浮かべつつ、大丈夫と答えていた。
「……マリ、なんかあった?」
コソッと男性が話しかける。マリと呼ばれた女性は、言葉を濁す。
「うん……ちょっと。あ、後で話すね」
「ん、分かった」
そんな会話を交わしつつ、仕事が始まった。それを見て、トバリはうんうんと頷く。
「えーっと、マリさんが呪いの対象で、へぇ、この男性が依頼主の彼氏? なんだ」
まるで、ドラマを見ているかのようにトバリは楽しそうな声で呟いた。映像は、昼休みに移り変わる。
「そんで、何があったんだ?」
男性がマリに話しかける。社食の窓側の席で話すようだ。オムライスを崩しながら、マリは答えた。
「悪夢を見ちゃって……それも、何か生々しいっていうか、リアルで怖くて……眠れなかったんだよね」
深刻な顔をするマリに、男性が訊いた。
「どんな夢だったんだ?」
「その、女性に首を絞められる夢……。茶髪でセミロングくらいの女性なんだけど、顔は見えないの」
それを聞いて、男性は何やら考えながらマリに言った。
「茶髪セミロング……生々しい夢ってなると、何か不気味だよな。場所変えてみたらどうだ」
「場所……」
「そ。俺の家に泊まれよ」
男性の言葉に、マリは驚きつつも頷いた。
「こーいう時くらい頼ってくれよ。俺ら恋人だろ?」
「そうだね。ありがとう」
2人の会話を聞いて、あはっとトバリが笑った。面白い展開になってきたと、わくわくしているようだ。映像は男性を映し出す。
「あー、急にごめん。確かお前、オカルト系に詳しかったよな?」
「はい! 遂に先輩がオカルトに興味を!」
男性と後輩らしき茶髪の男性が話している。茶髪はオカルトに詳しいようだ。
「ちげぇ。その、相手に意図的に悪夢を見せる方法とかあるのかと思ってな」
「悪夢ですか。見せるって事は、心霊の類じゃないってことですよね?」
「どうだろうな。……心霊じゃない方もあるのか?」
男性が尋ねると、茶髪くんは目を輝かせながら答えた。
「ありますよ! 黒魔術や呪いが!」
「なるほど。そういうのって、素人じゃできねぇよな?」
「そうですね。でもでも、最近そういうことを代わりにしてくれる人がいるって噂です!」
男性と茶髪くんの会話を聞いて、トバリは「おっ」と反応した。自分に近づいてきている感じがしてきて、更に楽しくなってきたようだ。
「代行か……」
「効果はまちまちらしいですけど。あ、そういえば、最近話題の人物がいるんですよ! 効果が強いのに安くで受けてくれるとか」
「その話、詳しく聞かせてくれ」
オカルト好きな茶髪くんから聞いたことを、スマホにメモしていく男性。確実にクライマックスに近づいていっている。映像は、仕事終わりに移り変わった。
「そんじゃ、行くか」
「うん……」
男性は、マリを連れて家に向かう。申し訳なさそうな、不安げなマリに男性は笑顔で話しかける。
「大丈夫。あんまり不安になりすぎるなよ」
車に乗って、少し離れている家まで向かう。寝不足と疲労からか、マリは助手席で眠ってしまったようだ。それを見て安心した男性だったが、マリは数分後に飛び起きた。
「はぁっ、はぁっ……生きてる……」
「ちょっと車止めるな」
近くのコインパーキングに車を止めて、マリの背中をさする。
「大丈夫。生きてるぞ。……どんな夢を見たんだ?」
「刺される夢……同じ女性だった……」
「そうか」
少し考えて、男性は誰かに電話をかけ始めた。何か心当たりがあるようだ。
「そこの喫茶店でいい。分かった」
映像は喫茶店に移り変わる。
「……久しぶりだな。ユカ」
「そう? でも嬉しいな、タクミから誘ってくれるなんて」
ユカと呼ばれた呪いの依頼主と、タクミと呼ばれた男性が2人で話している。
「はぁ……単刀直入に訊く。お前、俺の彼女に何かしただろ」
「タクミの彼女? 私でしょ?」
「まだ言ってるのか。俺らは別れてるんだ。もう、いい加減にしてくれ」
頭を抱えるタクミとは対極的に、ユカは楽しそうにしている。
「はぁ、全く……それで、何をしたんだ」
「タクミなら、何となく予想がついてるんじゃない?」
「聞き方を変える。お前、俺の彼女に呪いをかけただろ」
それを聞いて、ユカは目を丸くしながらもくすくすと笑った。
「流石! 私のことは何でも知ってるのね。でも、呪いを解くことはできないわよ。受け付けないって言ってたもの」
「誰に依頼したんだ」
「さぁ?」
ユカの態度に、タクミは痺れを切らしてしまい、大きな声を出した。
「とぼけるな。予想はついてんだよ」
「分かったところで何もできないって言ってるでしょう」
「……トバリ。こいつに依頼したんだろ。会えばどうにかなるか」
タクミがそう言った瞬間、背後から拍手音が聞こえてきた。顔を向けると、学ランに学生帽を被った少年……トバリが手を叩いていた。
「いやはや、すごい推理ですね。お見事」
怪訝そうな顔でトバリを睨むタクミに、トバリは言った。
「ゲームクリアです。貴方の彼女さん、マリさんの呪いは解除しましょう」
「はぁ? 何を言って……」
トバリに掴みかかろうとしたユカに、トバリは微笑みながら言った。
「確かに、解除は受け付けないと言いましたが、解除できないとは言ってませんよ。それに、途中で解除しないとも言ってません」
静かになった2人を確認して、トバリは続けた。
「これはゲームなんです。依頼主と呪いの対象のね。僕はゲームマスターとでも言いましょうか。でも、僕は呪いを完璧に制御できるわけじゃないんですよ」
学生帽の奥から、金色の瞳が怪しく光った。
「人を呪わば穴二つ。これから大変ですねぇ? ユカさん?」
「なっ……」
「では僕はこれで。意外と楽しめましたよ」
そのまま、会計をして店を出るトバリ。後を追いかけようとしたユカだったが、扉が閉まった途端動きをとめた。
「あれ、何をしようとしてたんだっけ」
不気味なユカを横目に、タクミも店を出た。彼女の呪いが解けたのか確認するためだ。
「マリ! よく分からないけど、呪いは解けたみたいだ」
「呪い?」
「あーっと、俺の家で説明する。これで大丈夫だ」
ニカッと笑うタクミに、よく分からないがマリも安心したような表情を見せた。
数ヶ月後、こんなニュースが飛び込んできた。
『会社員の四本木 由香さんが、殺人未遂容疑で逮捕。容疑者は精神に異常がみられるとして、精神鑑定にかけられると……』
それを見たタクミは震え上がった。由香の身に何が起きたのか、想像してしまったからだ。一方、トバリはネットを見てクスッと笑っていた。
「自分のした事は帰ってくる。悪いことはしない方がいいんだなぁ。あ、僕が言っても説得力ないか」
ネットを閉じると、トバリは学ランを整えて呟く。
「さて、次はどんな依頼がくるかな。楽しみだなぁ」
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