恋愛と結婚のおまじない

「あの! トバリさんですか!」

 こげ茶色の髪色をした、元気な女性がトバリに声をかけた。スーパー帰りのトバリは驚きつつも、返事をする。

「はい。依頼でしょうか?」
「本物だっ。はい、そうです!」

 目を輝かせて女性が答えた。あまり関わらないタイプの女性だ。そんな人が一体、何の依頼だろうか。不思議だが、少し興味をそそられる。

「では、場所を変えましょうか。着いてきてください」

 パチン。
 指を鳴らし、いつもの薄暗い店に女性を招く。そこでも、女性は明るい表情のままだ。

「依頼内容の前に、条件の確認をしますね」

 事務的に話すトバリに、女性はうんうんと頷く。

「では、依頼について聞かせてください」
「はい。えっと、呪いというより、おまじないをお願いしたくて」

 『おまじない』という単語に、トバリはピクリと反応を示す。しかし、笑顔を崩さずに話を聞く。

「恋愛のおまじないなんですけど、可能ですか?」
「恋愛……」

 一気に、トバリの表情が曇る。一息置いて、笑みを作り口を開いた。

「可能ですが……おすすめできません」
「何故ですか?」

 体を乗り出そうとした女性を、まぁまぁと宥めて理由を話した。

「恋愛のまじないとなると、縁を無理に繋げることになるので、途中で狂うことが多いんですよ。僕は、神様ではないので」

 しかし、好奇心が拭えないトバリは、緩く目を開いて女性に言う。

「まぁ、できないことはないですし、効果はそれなりにあるとは思いますが」

 トバリの話を聞いた女性は、迷いつつもトバリに言った。

「でも、やっぱり、お願いしたいです。そろそろ結婚したいので……」
「分かりました。ですが、責任は取れませんよ」

 女性の結婚に対する焦りからして、20代半ばから後半辺りだろうか。トバリの作った書類にサインをしてもらい、代金を受け取った所で、早速始めることにした。

「まじないは、条件を満たさないと効果を発揮しないので、少し手間はかかりますが頑張りましょう」
「もちろんです!」

 トバリは、ロウソクとハート型の紙、針やティッシュを机に並べる。ハート型の紙は、1度中央で折ってから置いた。

「まずは、この紙に名前を書いてください。右側に貴方の、左側に相手の名前をです」

 ペンと一緒に渡すと、女性はさらさらと書いていく。その間に、黒いマッチを付けてロウソクに火を灯した。

「書きました」
「では、その紙の端を血でなぞってください。針とティッシュはこちらをどうぞ」

 女性に渡すと、躊躇することも無く指先を針で刺していた。ここに来る人は、怖いもの知らずなのだろうかと、ぼんやり考える。

「これで良いでしょうか」
「はい。では、少しお借りします。その間に止血をしていてください」

 ハート型の紙を預かり、軽くロウソクの火に当てる。紫色のような、桃色のような煙が上がり、紙に吸い込まれていく。不思議なことに、紙は一切燃えていない。ロウソクの火を吹き消すと、トバリは女性に言った。

「では、最後の仕上げです。この紙を中央で切ってください。ハサミはこちらをどうぞ」
「分かりました」

 黒い蝶が付けられた、作り物のようなハサミを受け取り、紙を挟む。そのまま、一思いに切った。

「これで、一旦終了となります。まじないの条件ですが、この紙を相手に半日間持たせることです」

 そう言いながら、女性の名前が書かれた紙を指す。

「持たせるといっても、カバンに忍ばせるとかでも構いません。もう半分は、貴方が持っていてください」
「なるほど。承知しました」

 説明を終え、トバリは出口に案内した。女性を家の近くに送り、笑みを漏らす。

「まじない……久しぶりだったなぁ。あはは、どうなっちゃうんだろ。楽しみだな」

 無邪気なような、悪意を持ったような笑い声をあげ、女性のその後を待つことにした。まじないと呪いは、違うようで似ている。というより、大きく見たらほとんど同じと言っても過言ではないだろう。

「にしても、何で僕に頼むかなぁ。良い方向に向かうとは思えないでしょうよ。そこまで即効性が欲しいのか、それとも馬鹿なのか」

 机の中央に、四角い水晶のようなものを立てて、画面が映るのを待つ。映像が流れたのは、意外とすぐだった。

「ふふふん」
「あれ、ユカリ。何かいい事でもあった?」

 依頼主のユカリと、同僚の女性が会話をしている。嬉しそうに、ユカリは言った。

「あのね、例の彼から告白されたの」
「へぇ、良かったじゃん」

 ほのぼのとした会話を遮るように、ユカリの携帯が鳴った。メッセージが届いたようだ。

『ユカリ、今日は何時に仕事終わりそう?』
『今のところ残業ないから、定時かな。残業になったら連絡するね!』

 すぐに返事を送り、ユカリは楽しそうにデスクに腰を下ろした。

「おぉ、上手くいってる。久々だったから、どうかなって思ってたんだよな」

 画面を確認して、トバリは安心したように息を吐く。しかし次の瞬間、画面が真っ暗になってしまった。

「んんー? どうしたんだろ。まぁいっか」

 トバリは背のびをして、コンビニに出かける。新作の抹茶ぜんざいを買いに行くのだ。

 次に映像が流れたのは、3日後だった。

「おーい、ユカリー!」

 何度も鳴らされるチャイムの音と、ドンドンとドアを叩く音で目を覚ました。誰か来たのだろうかと、チェーンをかけてドアを開ける。

「はーい……あれ、ソウヤくん」
「あぁよかった。連絡取れなくて心配してたんだ」

 彼氏ことソウヤは息を吐いて、目を細めた。

「スマホの電源落としてたんだ。ごめん」
「いや、俺こそごめん。よかったら、これからご飯でも行かない?」
「いいよ。準備するから待ってて」

 そう言い、ユカリはドアを閉じた。段々と覚醒してきた頭は、何か違和感を覚える。スマホの電源を入れたり、着替えを引っ張り出している間に、違和感の正体に気がついた。

「……私、ソウヤに住所教えたっけ」

 血の気が引くのが分かった。多分、飲みに行った時に教えたんだと自分に言い聞かせて、すぐに準備を終わらせた。

「やっぱり歪んじゃうかぁ……でも、それでもいいって言ったもんね?」

 画面を見ながら、トバリは呟いた。映像は、数日後の夕方に移り変わる。

「ユカリー。今日飲み会するんだけど、来ない?」

 同僚がユカリに訊くが、ユカリは首を横に振った。

「今日は先約があって……」
「また? ねぇ、その彼氏本当に大丈夫?」
「……大丈夫だよ」

 そう答えて、ユカリは足早に会社を出た。駅に着くと、携帯が鳴る。

『お仕事お疲れ様。今日は昼から半休取ってたから、先に待ってるね』
『あれ、もうお店空いてた?』

 疑問に思って返信をすると、すぐにメッセージが届いた。

『空いてなかったから、ユカリの家で待ってるよ』

 メッセージを見たユカリは青ざめた。昼からずっと、家の外で待ってるのだろうか。恐怖を覚えつつ、急ぎ足で家に向かった。

「あれ、いない?」

 玄関前には誰もいない。彼の冗談だったのかと思った瞬間、玄関のドアが開いた。

「おかえり」
「ひっ、何で……」

 彼に合鍵を渡した覚えはない。なのに、どうして入ってるんだろうか。言葉を選んでいると、彼が言った。

「合鍵、作ったんだよ」
「勝手に作ったの? 何でそんなこと……」
「何で? 理由とか必要?」

 こてんと首を傾げる彼が、ただただ恐怖でしかなかった。人間ではない気さえした。震える声で、ユカリが言う。

「もう、別れよう……もう限界……」

 その言葉に、彼はにっこりと笑ってユカリを家に引き込んだ。

「別れるわけないだろ」

 ここで映像は途切れた。また、真っ暗になる画面を見て、トバリは残念そうに呟く。

「また映らなくなっちゃった。いい所だったのになぁ」

 どうなったのか、気になるトバリは彼女が行っている会社と、彼女の家に蝶を飛ばすことにした。トバリの小指が小さな蝶に変化し、ひらひらと舞って行く。

「できるだけ早く戻ってきてね」

 そう呟いて、冷蔵庫からみたらし団子を取り出す。体を分裂させるのは、それなりに体力を使うのだ。団子を食べ終わった頃、蝶が帰ってきた。

「さてさて、どうなったのかな。えーっと、会社は辞めちゃったんだ。そんで、家ももぬけの殻? えぇ、どこに行っちゃったのかな」

 数十秒悩んだが、まぁ失踪したのなら捜索願でも出されるだろうと思い、考えないことにした。

「まぁ、なるようになるさ。それより、次の依頼来ないかなぁ」

 退屈そうに、部屋の掃除を始めた。途中までだが、面白いものが見れたわけだし、ある程度は満足したのだろう。

 数ヶ月後、色々な依頼を受けて、ユカリのことは忘れかけていたある日。勝手に分裂した蝶が、1枚のハガキを持ってきた。

「なになに……あはははっ」

 くすくすと笑うトバリの手には、ユカリとその彼氏のコピーされた写真がある。どうやら、結婚の報告らしい。ユカリは依頼を受けた時とは、別人のように痩せて、ずいぶん老けたように見える。

「でも、よかったね。結婚できて」

 引きつった笑顔を浮かべるユカリの写真を、ガラスケースに並べる。彼女の望みは叶えられたのだ。もう一度、ハガキを見てトバリは言った。

「結婚おめでとう」


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