見える少女の相談【前編】

 コンコンコン。
 満がドアを開けると、高校生くらいの少女が立っていた。

「どうぞ。こちらにお座りください」

 手のひらで椅子を示すと、少女は会釈して腰を下ろした。店内をきょろきょろと見回している。

「どのような用件でしょうか?」

 満が優しく訊くと、少女は俯きながら小さな声で言った。

「その……私、色々なものが見える体質で……生活にも支障が出始めてしまって、その、どうにかしたくて」
「なるほど。これは俺の手には負えないかなぁ。少し待っててください」

 奥に戻り、携帯を取り出して新に連絡を取る。すぐに連絡が取れて、新から『すぐに戻ります』と返事が来た。

「失礼しました。えっと、俺……僕じゃ力不足なので、新……兄が来るのを待っていてもらえますでしょうか」

 満が言うと、少女は首を縦に振った。ホッとしたように、満は微笑んだ。

「お水をお持ちします。あぁ、悪いものは此処には来れませんので、ご安心ください」
「は、はい」

 少女は、安心したのか表情を緩ませた。

「どうぞ。申し遅れました、お……僕は神々廻満です。待っている間、何かお話しましょうか」

 にこりと笑う満に、少女はすぐに口を開いた。

「えっと、その、新さん、ってどんな方なんですか? お兄さんなんですよね。それに、満さんも、何者なんですか……?」

 まだ、緊張している様子の少女に、満は優しく答えた。

「僕も新も妖狐です。新が来たら驚くと思うのですが、僕らは双子なのでそっくりですよ」

 そこまで言い、少し置いてから新について話し始めた。

「新は双子の兄で、目が良いんです。なので、見ることに関しては新の方が詳しいんですよね。あと、新の方が頭も良いですし」

 あははと苦笑いを浮かべると、少女もつられて口元を緩めた。緊張も解けてきたのか、少女が満に質問をする。

「狐ってことは、その、人というか女性に化けたこともあるんですよね?」
「ありますよ! 江戸時代くらいですかね」

 懐かしそうに、満は語り始める。

「食べ物に困ってしまって、俺、じゃなくて、僕は幼い少女になって、裕福な女性にお願いして食事を貰ってました」

 ニヤニヤと笑って続ける。

「新は、美しい女性になって男性からお金を受け取ってました。あの時の新の演技力は凄かったなぁ……何人も虜にしてましたよ。我が兄ながら恐ろしいです」

 満の言葉に、少女は感心した声を出す。妖怪から、昔の話は中々聞けるものではない。

「それに、昔の新は結構怖かったんですよ。今は落ち着いてますが。まぁでも、当時は食事も不安定で……」

 満も楽しくなってきたところで、ドアが開いた。

「お待たせしました……。荷物を置いてくるので、もうしばらくお待ちください」

 軽く息を切らしながら、新が入ってきた。軽く会釈をして、部屋の奥に荷物を置きに行く。少女は、目を丸くして慌てて会釈をする。

「お待ちいただき、ありがとうございました。神々廻新です。相談については、何となく聞いているのですが、いくつか質問をしても良いですか?」

 新が柔らかい口調で訊くと、少女はこくりと頷いた。

「見えるものは、幽霊や妖怪などだけですか? 別の世界や透視のようなものはできますか?」
「幽霊とか妖怪だけです。透視とか凄いことはできません」

 そう答えると、新はうんうんと頷いた。1呼吸置いて、また質問をする。

「そうですか。では次の質問です。幽霊などが見えたことによって、何か被害を受けましたか? 所謂、心霊現象などですね」

 少女は少し目を伏せて、首を縦に振った。

「分かりました。少し、貴方の守護霊を見ます。目を合わせる必要は無いので、肩の力は抜いて大丈夫ですよ」

 そう言い、新は瞳孔を開く。人間離れした目に、少女は思わず目を逸らした。少女と目が合うと、満はにこりと笑う。

「なるほど……これは……」

 目をパチパチとして、新が口を開いた。

「守護霊がついてませんね。見る力があって、守るものがないとなると、相当苦労されたでしょう」

 新の言葉に、少女はえっと声を漏らす。満の息を吸う音も部屋に響いた。

「僕から提示できる案は2つです。1つは、ここに定期的に通い御守りを受け取りつつ生活する」

 少女は頷きながら、新の説明を聞く。

「もう1つは、守護者を探して守ってもらう。このどちらかですね」

 そう言うと、少女は新に訊ねた。

「守護霊って、見つかるものなんですか?」
「守護霊は難しいですが、我々のような妖を守護として付けることは可能です。勿論、こちらで審査してからになりますが」

 新の回答を聞き、少し悩む少女。藁にもすがる思いで来たのはいいが、選択肢を出されると悩んでしまう。その様子を見て、満が言った。

「取り敢えず、うちにある御守りを渡して、妖を探すってのは? 相性もあるだろうし、見て決めるのもアリじゃね?」
「それもそうですが……お客様にその言葉遣いはどうなんですか」

 じろりと満を見ると、満はごめんと手を合わせていた。そのやり取りを見ながら、少女も言う。

「えっと、満さんが仰った通りでお願いしてもいいですか。言葉遣いは気になさらないでください」

 苦笑いを浮かべながら、少女が答えた。気を遣わせてしまったなと、新は息を吐き出す。満も、申し訳なさそうな顔をしている。

「分かりました。ひとまず、御守りを渡しますね。見つかり次第、ご連絡いたします」

 新が指示を出す前に、満が天井まで続く棚から、厄除けの御守りを取り出した。

「どぞ。御守りの効果は、大体半年がピークになるので、それまでに新がアクションを起こします!」
「満もですよ」

 冷静にツッコミつつ、新は少女に1つお願いをする。

「この袋に、髪の毛を入れてください。毛先を数ミリ切ったものでいいので」
「いいですが、何故ですか?」

 少女は純粋に疑問を持ったようで、首を傾げる。すかさず、満が解説をした。

「髪の毛には、霊力とか不思議な力が宿るからで、相性を見やすい……んだよね」
「そうです。ちなみに、僕らが髪を伸ばしているのも、同じ理由ですよ。何かあった時に使えるので」

 2人の解説を聞いて、少女はなるほどと納得したようだ。学校カバンの筆箱に入れていた、折りたたみのハサミで、毛先を切った。

「これでいいですか」
「はい。ありがとうございます」

 今日できるのはここまでだ。それでも、少女の気持ちは軽くなった。見送りをしに、ドアを開けると、少女は微笑みながら言った。

「ありがとうございました。連絡をお待ちしてます」
「いえ。まだ、苦労は絶えないかと思いますが、めげずに頑張ってください」

 新がそう返すと、少女は呟いた。

「新さん、話より良い人だな」
「ちょ、まって……」

 独り言のつもりだったようで、明るい表情のまま少女は店を出た。バタンとドアが閉じると、新が満の首根っこを掴んだ。

「あんた、一体どんな話をしてたんです」
「いや、その、昔の話を……」

 慌てて弁明をする満を見て、ため息をつきながら、部屋の奥に放り投げた。満は、スタッと着地をする。

「守護者探し、頑張ります。ほんとに、頑張ります」

 そう言いながら、ペコペコと頭を下げる。楽しく話をすると、調子に乗って色々と喋ってしまうのは、満の悪い癖だ。

「いつも以上の働き、期待してますね」

 にっこりと笑みを作る新。新は怒鳴らないから逆に怖いと、内心汗をかいた満だった。


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