浮気と呪い【呪編】

 この街には、呪いを代行してくれる『呪い屋』というものがあるらしい。その中でも、有名で1番効果のある呪いを扱う人物がいるのだとか。

「んー、美味い」

 もぐもぐと頬を動かしながら、満足気に笑う少年。学生服を着ているが、青年にも見える。

「ここもメモに追加しておこう。良い店を見つけてしまった」

 鼻歌を歌いながら手帳にペンを走らせる男性に、茶髪の女性が近づいてきた。

「あの、すみません」
「ん?」

 深く被った学生帽を少し上げて、男性は女性をちらりと見た。黒い影から金色の瞳が覗く。

「……トバリという人を知りませんか」

 女性の言葉にニッと笑って答える。

「僕に何か御用ですか?」

 学ランに学生帽を被った男性、もといトバリが答えると、女性は目を丸くした。

「は、はい。依頼したいことがありまして」
「そうなんですね。あっ、会計してくるので、待っててくださいな」

 にこにこと笑うトバリに、意外と普通の人だと女性は胸を撫で下ろした。とんでもない怪物だったらどうしようかと、心配していたのだ。

「お待たせしました。僕の店にご案内しますね」

 パチン。
 トバリが指を鳴らすと、黒い煙と共に木製の古びた扉が現れた。驚く女性を横目に、トバリはドアノブに手をかける。

「どうぞ、お入りください」

 おそるおそる女性が店に足を踏み入れた。店内は薄暗く、霧がかかっているように曇っている。促されるまま、女性は椅子に腰を下ろした。

「早速、ご依頼について聞かせてください」
「は、はい」

 緊張した表情のまま、女性は話し始めた。

「私には付き合っている男性がいた……います。でも、彼、浮気していて、だから……」

 言葉を詰まらせながら話す女性。トバリはうんうんと頷きながら話を訊く。

「浮気相手を呪いたいんです」
「なるほど。分かりました。では、条件の確認と詳しい内容を考えましょうか」

 そう言い、引き出しから紙を取り出した。

「まず、条件を確認しますね。1つ、自分と呪う対象のフルネームを知っていること。2つ、支払いは前払いのみで返金対応しないということを了承すること」

 そこまで言うと、ニコリと笑って続ける。

「そして3つ、呪いが返ってくる可能性があり、その対処はしないということを了承すること。相手側が呪い返しをする可能性もありますからね。以上が条件です」

 トバリの言葉を聞いて、女性はおそるおそる首を縦に振った。

「分かりました。大丈夫です」
「それでは、次に呪いの内容を決めましょうか。相手にどうなってほしいですか?」

 淡々と訊くトバリ。学生服を着た人物が微笑んでいるのを見て、女性は改めて奇妙な状況を再認識した。

「……彼に近づけないような状態になってほしいです」
「なるほど。それは身体的にですか? それとも精神的にですか?」

 メモ用紙か何かにペンを走らせながら、トバリが訊く。

「精神的にです」
「分かりました。そうですと、幻覚や幻聴の呪いか、悪夢になりますね。金額は悪夢の方が安くなりますよ」

 幻覚に幻聴、悪夢……微笑みながら口にする単語ではないはずだ。女性のトバリに対する恐怖心が増していく。

「悪夢……どんな感じなのでしょう」
「そうですね。基本的には、呪う側の想像や気持ちが反映されるので、明確には分かりません。ですが、上手くいけば精神をかなり削ることができますよ」

 トバリがにっこりと笑う。呪いはジャンル分けできても、具体的な指定はできない。曖昧なものだが、人の気持ちが大半を占めるのが呪いなのだ。曖昧になるのも無理はないだろう。

「……分かりました。では、それでお願いします」
「かしこまりました」

 トバリは大きさの違う2枚の人型とロウソクを1本、あと細い針を持ってきた。

「先程話したように、先払いになります。3000円、頂戴しますね」
「え?」

 予想より遥かに安い金額に、女性は思わず声を出してしまった。こてんと首を傾げるトバリに、慌てて女性は3000円を差し出す。

「確かに受け取りました。では、早速始めましょうか」

 引き出しにお金をしまって、女性に2枚の人型を渡した。

「大きい人型に貴方の本名を、小さい人型に相手の本名を書いてください。偽名を使うと上手くいかないので、嘘はつかないでくださいね」

 にっこりと笑うトバリに、女性は頷く。そして静かに震える手で、2枚の人型に名前を書いていった。

「か、書きました」
「はい。では、小さい人型に貴方の血を数滴垂らしてください。この針を使ってくださいね」

 血液……ごくりと唾液を飲み込んで、女性は指先を針で刺した。チクリとした痛みを感じる。
 ぽたぽたぽた。

「そのくらいでいいですよ。このティッシュ、良ければ止血に使ってください」

 トバリは女性にティッシュを渡し、人型と針を回収した。

「後は僕がします。少し待っててください」
「はい」

 女性の名前が書かれた、大きい人型の端をロウソクで燃やす。もくもくと上がってきた煙に、ふうっと息を吹きかけると、白い煙が黒く染まった。

 トバリは、黒い煙を指に巻くと小さい人型に煙を乗せた。煙は女性の血液に吸い込まれていく。ふわりと人型が浮かび上がった。

「おいで。そう、良い子だ。君は僕の言うことを聞いてくれるかい」

 パチン。
 大きな音と共に、小さい人型が女性の前に舞い降りた。トバリはロウソクの火を吹き消している。

「さて、仕上げに入りましょうか。この人型の首をハサミで切ってください。そうしたら、相手に呪いがかかります」

 相変わらず、にこにことトバリは笑っている。

「呪いの解除は受け付けてません。やめるならここでやめてくださいね」

 そう言って、女性にハサミを渡した。黒い蝶が飾りとして付いている、物語に出てきそうな綺麗で不気味なハサミだ。

「……っ」

 人型の首にハサミを当てる。ただの紙を切るだけだというのに、手の震えが止まらない。なんなんだ、この感覚は。女性は手に力を入れて、息を吸い込んだ。

 ジャキン。
 切られた頭の形をした紙が、女性の膝に落ちる。それを見て、トバリは言った。

「これで、呪いは成立です。お疲れ様でした。あ、出口はこちらになります」

 ランタンに火を灯して、部屋の奥に案内する。女性も荷物を持ってついていく。

「それでは、ご利用ありがとうございました」

 パタリ。
 扉を抜けると、何故か女性の家の最寄り駅についた。驚いて振り返るが、扉は消滅している。脱力感と少しの恐怖を覚えながら、女性は家に帰っていった。

「今日の日付はーっと。さてさて、どーなるかなぁ。あぁ、楽しみだ」

 くすくすと子供のような笑い声が、薄暗い部屋に響く。呪いに使った人型をガラスケースに飾り、日付と呪いの内容、依頼者と相手の名前を書いて、隣に飾る。

「あの人たちは、僕を楽しませてくれるかな」

 学生帽を脱ぎ、怪しく光る金色の目を細めて、楽しそうに笑っている。

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