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「津軽のカマリ」上映会@宮古島 カフェ・ブレス

ドキュメンタリー映画「スケッチ・オブ・ミャーク」を撮った大西功一監督の最新作が、カフェ・ブレスで上映されるということで、お誘いをうけて観にいってきました。

津軽三味線の奏者高橋竹山を取材した作品で、彼のその生き様もさることながら、作中さしはさまれる演奏の素晴らしいこと。帰宅してあわてて感想を記している次第です。

舞台は前作の宮古島から、はるか北へのぼって雪深い青森へ。初めて東北を訪れたとき冬の日本海に圧倒されたことが、この作品をつくるきっかけになったのだそう。
あたり一面白のなか、波に洗われた渚が暗く沈んで、その向こうの日本海をわたる流氷。大西監督は、冬の日本海のもつ印象を「悲しみ」とするなら、その悲しみは(鯨の?)咆哮のようだとおっしゃっておられました。

幼くして視力をうしない、生きていくために芸能の道にはいらざるをえなかった高橋竹山。作中で竹山じしんが「自分の罪をうらみながら三味線を弾いているんですよ」というように、その音色は、自分の内へと沈みこめた悲しみが、奥深くから滲み出してくるようでもあります。声のない咆哮。魂の向き合いのはてにある境地。

以前に文化人類学者の広瀬浩二郎先生のお話を聞く機会がありました。琵琶法師や瞽女(ごぜ)など、視力をうしない芸能の道に生きた人々の研究をしている広瀬先生は、視力がないからこその新しい「世界のとらえ方」があるのではないかとお話されていました。
ご自身も10代のとき視力をうしなって、ある意味、視力のある経験と、ない経験を生きているともいえます。光をうしなったとき、世界は欠けたのではなく、聴くことや触ることによって、まったく別の世界がひろがったのだろうと思います。

今回見た「津軽のカマリ」でも、初弟子の女性の方が、「どんなに技術があがっても先生の三味線の音は出せない。でもね、目の見えない人は似たような音を出すのよ」と話されていました。
小高い丘で揺れるようにして立つ竹山に声をかけると「風と話をしている」と答えたといいます。竹山が「きたぞ」とつぶやいて、お弟子さんがふと顔をあげると、木々の枝にさっきまではいなかった鳥たちが止まっていたというエピソード。「聴く」という世界の壮大さと繊細さに驚かされます。

反響定位とは、音の反射によって自分のいる位置や、あたりの様子を知ることです。広瀬先生の講話では、琵琶法師の演奏を聴かせてくださったのですが、そのとき感じたことは、それは反響定位の音楽なのではないかということでした。音で世界をとらえる力が奏でる音楽は、響きの繊細な使い分けによって、より空間の意識をもった音楽になるのかもしれません。

作品の中では初代高橋竹山のほか、その技術をついだ二代目や、お弟子さんの演奏も収録されています。そのため否が応でも聴き比べをしてしまうのですが、どの方にも共通していえることは、三つの弦とひとつの撥(ばち)で、これほど複雑な音を出すことができるのかという驚きです。

けれども初代竹山の演奏となると、やはり一味ちがってくる。それを言葉にしようとすると、とたんに霧散してしまう。それは、身体に深く沈殿した悲しみというのか、あるいは深浅ある音の像というのか。はたまた。

初代高橋竹山、三味線だけでなく尺八や横笛の演奏もまたすばらしいです。こちらは武満徹さんの音楽を思い出しました。東北から北海道をわずかな光をたよりに漂流しつづけた奏者の、ひとり凍えるような夜、森羅との豊かな対話を思わせます。
譜面につける、再現性のある絶対配置の音符とちがって、高橋竹山や武満徹さんの音楽は、周囲の自然とのつなひきをするような、相対の音楽という気がするのでした。

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上映のあったカフェ・ブレスでは、以前に二代目高橋竹山の演奏もおこなっているそうで、あのこじんまりとして暖かい照明のなかの演奏を思うと、なんとも贅沢な時間でうらやましい。

二代目や、お弟子さんの高橋竹童の演奏など聴くと、ジャズの超絶技巧な演奏を聴いているような気持ちになります。とにかくかっこいい。そうして性格ひとりひとり違うように、演奏もだれ一人として同じものはできない。
また、初代高橋竹山がそうであったように、それぞれの魂の向き合いがこれからの演奏にあらわれて、年齢とともに音色も変わっていくのだろうと思わされました。

上映の機会をもうけてくださったブレスさんにも、お誘いくださった知人にも感謝ですu_u
取り急ぎのつもりが長くなりました。あわてたのは、月曜夜にもまた上映があるからで、もし宮古島在住で興味のある方はぜひ行かれるとよいですよ、と書きたかったからです。

「聴く」という世界の豊かさと凄みを感じられる作品でした。ご興味のある方はぜひ。

---参考資料---

---補足---
写真はブレスさんにランチでおじゃましたときのもの。
冬の海の写真は網走で、日本海ではなくオホーツク海です。イメージとして..

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