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キャプテン・アメリカに学ぶヨーロッパの紋章


今月9日、キャプテン・アメリカ役で知られる俳優のクリス・エヴァンスさんが16歳年下のポルトガル女優と結婚したと報じられました。おめでとうございます!!

そこで今回はキャプテン・アメリカという存在をキーワードに「紋章とは何か」を解説していこうと思います。そうすることで、中世貴族の文化であり、ともすれば「お堅い」印象も受けるヨーロッパの紋章についてカジュアルに学ぶことができるとともに、MCU(『アイアンマン』や『アベンジャーズ』に代表されるマーベル作品の映画群)にクリス・エヴァンスが残した功績を垣間見ることができます。

それでは、参りましょう。

アベンジャーズ唯一の紋章

こちらは「アベンジャーズ」をはじめとしたマーベル・ヒーローたちの代表的なシンボルマークの一覧です。全体的に白黒・左右対称・丸型・図案化されたものが多く、どこか日本の家紋のようにも見えてきますが、実はこの中で「紋章」と言い得るものは二重の丸に囲まれた星、すなわちキャプテン・アメリカのマークだけなのです。
それでは、なぜ、このキャプテン・アメリカのマークだけがアベンジャーズのシンボルで唯一の「紋章」と言い得るのでしょうか。そこには紋章の定義が関わってきます。

家紋が社会に根付いている日本人にとってはあまり意識されることのない話ですが、実は数あるシンボル体系の中で家紋や本稿で扱うヨーロッパの紋章といった「紋章」という存在は特別な位置を占めています。
それは、どちらも「個人または家系を識別し、その一族の中で継承される」ことに起因します。こうした識別継承の機能を兼ね揃えた図像が「紋章」とされており、この紋章という文化は日本とヨーロッパにしかないとされています。

したがって、アメリカを舞台としたキャプテン・アメリカは紋章文化のない世界の物語ではありますが、しかしそこにはヨーロッパの紋章に通じるものがあるのです。キャプテン・アメリカとヨーロッパの紋章がどのように結びつくのか、クリス・エヴァンス演じるMCUのキャプテン・アメリカを事例に追っていきましょう。

キャプテン・アメリカ最初の盾

キャプテン・アメリカといえば、このようなヒーローを連想する人が多いことでしょう。この画像を見ても分かる通り、キャプテン・アメリカのマークである「二重の線に囲まれた星」とは、他ならぬキャプテン・アメリカ自身が使っている円盤状のシールドでもあるのです。
フリスビーのように投擲する武器としても使われるこのシールドはファンはもちろんのこと、そうでない人でも映画『アベンジャーズ』のCMなどで目にしたことがあるのではないでしょうか。

しかし、キャプテン・アメリカは初めからこのシールドを使っていたわけではなく、元々は別の盾を使っていたということはご存知でしょうか?

それがこちら……。

うん、ダサい()

実際、劇中でもサーカスのような見世物として描かれており、この姿のキャプテン・アメリカは子供には人気ながら奇天烈な存在として描かれています。

一体なぜ映画『キャプテン・アメリカ』の中ではこのようなシーンが挿入されたのでしょうか。その答えは原作に対するオマージュでした。

実はこのダサい姿、原作コミックにおけるキャプテン・アメリカのそれとほとんど同じなのです。映画である以上、興行収入は無視できない話であり、そのためには登場キャラクターはカッコよく造形する必要があります。
キャプテン・アメリカも例に漏れず、原作よりもはるかにカッコよくデザインされていますが、一方で半世紀以上の歴史を持つこのキャラクターに対するリスペクトは製作陣の共通認識でもありました。その結果、劇中ではこのような姿も登場したのです。

注目すべきは、このキャプテン・アメリカが持っている盾の形です。彼の代名詞である円盤状のシールドとは違い、一般的な盾の形をとっています。実はこれは原作コミック第1巻に登場したもので、それがこちら。

ヒトラーをぶん殴っているあたりに時代を感じますが、それはさておき、キャプテン・アメリカの衣装と盾が先ほどの画像と一致していることがわかります。ところが、ある事件が起きて、この一般的な形状の盾から私たちがよく知る円盤状のシールドに変更されることになりました。
その事件とは、アーチー・コミック社からのクレームです。実はアーチー・コミックにはキャプテン・アメリカよりも早く「ザ・シールド」というキャラクターが登場しており、それがキャプテン・アメリカとそっくりだったのです。そしてアーチー社はキャプテン・アメリカの盾の変更を要求、さもなくば訴訟という事態に発展し、これに屈したマーベル社はキャプテン・アメリカの盾を円盤状のシールドに変更したのでした。その「ザ・シールド」がこちら。

いや、そっくりすぎん???
ということで、マーベル社とアーチー社が争ったこともよく分かります。アメリカ人の彼らにとってそれは「商標的」意味合いの強いものだったことでしょう。ところが、奇しくも、これはヨーロッパの紋章文化から見ても極めて適切な対応だったのです。

それというのも、日本の家紋と違ってヨーロッパの紋章には「同じ紋章が二つ以上あってはならない」という制約が存在するのです。これはヨーロッパの紋章が騎士の盾に由来することに起因します。
封建社会だった中世ヨーロッパでは騎士個人の武功が最大の関心ごとであり、そのためには何よりも目立つことが肝要でした。ところが、全身を甲冑で包む騎士。それだけでは誰が誰かわからなかったため、騎士が必ず携行する盾にシンボルを描き、武功をあげるとそれを高々と示したのです。こうして盾はシンボルとなり、シンボルはやがて爵位や封土と結びついて親から子へ、子から孫へと受け継がれる「紋章」となりました。こうした事情のため、同じ紋章を使う者が二人以上いると、それが何処の何某かが判別できなくなり、このためにヨーロッパでは「同じ紋章が二つ以上あってはならない」という制約が生まれたのです。

したがって盾の最上部に星を配置し、その下に紅白の縞を持つキャプテン・アメリカないしザ・シールドの盾の重複と、それを修正した一連の動きはヨーロッパの紋章文化から見ても極めて適切なものだったのです。とはいえ、結果としてこれが商業的に大成功だったことは言うまでもありません。有名なキャプテン・アメリカのシールドはこうして誕生したのですから。

無色の盾から有色のシンボルへ

それでは劇中ではキャプテン・アメリカのシールドはどのように誕生したことになっているのでしょうか。
さすがにザ・シールド事件を描く訳にもいかず、作中ではキャプテン・アメリカの友人であり、アイアンマンの父であるハワード・スタークが見つけた特殊な金属「ヴィブラニウム」を用いた試作品として登場、キャプテン・アメリカがこれを気に入ったことがきっかけとされました。そのシーンがこちら。

この段階では金属そのままの無色の状態でした。やがてそれが次の画像のように、色が加えられたのです。

実は、この色使いもヨーロッパの紋章文化に忠実なのです。それというのも、日本の家紋と違って色鮮やかな印象を受けるヨーロッパの紋章ですが、実際に使われる色はわずか7色しかなく、金・銀の「金属色」と赤・青・緑・紫・黒の「原色」に分類されます。
しかも「金属色の上に金属色を、原色の上に原色を重ねることはできない」という原則が存在してます。これは騎士が兜のわずかな隙間や小さな穴から外を見る必要があり、極めて視界の悪かったものであることに由来します。騎士個人とその武功を表象するヨーロッパの紋章ですから、それがはっきりと見えなくては意味がありません。そこで、このようにコントラストの効いた色彩が要求されたのです。

このヨーロッパの紋章文化に忠実な色使いをしているキャプテン・アメリカのシールドが一目見ただけでそれが何かわかる、極めて象徴的なシンボルとして不動の地位を獲得したのはまさに然りというべきでしょう。

シールドを棄てた反骨精神

クリス・エヴァンス演じるキャプテン・アメリカは第1作の『キャプテン・アメリカ/ファースト・アベンジャー』から『アベンジャーズ』『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』までこのシールドを使い続けてきましたが、仲間のアイアンマンや政府と意見を違えた『シビルウォー』の最後でシールドを放棄します。
この作中ではキャプテン・アメリカのシールドが国家に属しており、国家主義・権威主義と結びついたものであることが示されました。それに反対したキャプテン・アメリカはこれ以降、シールドを放棄して活動することとなりました。実際、続編の『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』では次のような姿で登場しています。

シールドを失い、随分と野生的になり、しかも胸の星まで外れています。原作コミックで「ノーマッド」と呼ばれるヒーロー・アイデンティティを獲得した姿がモデルとなっていますが、このようにシールドや胸の星といったシンボルを放棄した姿には現実のある出来事を想起させられます。

それが、フランス革命

フランスといえばヨーロッパ有数の大国であり、ともすれば紋章文化もあるように思われがちですが、ここは革命によって成立した国。貴族階級のシンボルである紋章文化は革命の中で放棄され、今日においてもヨーロッパの紋章地図の空白となっています。
フランスの高名な紋章学者、ミシェル・パストゥロー氏が「紋章が社会の中で生きている多くの西洋諸国と違い、フランスでは紋章は過去の歴史を扱う学問となっている」と指摘したことは、革命精神と紋章の不親和性を如実に物語っています。

とはいえ、ご安心ください。一度はシールドを放棄したキャプテンですが、続編の『アベンジャーズ/エンドゲーム』でシールドを返還され、元のキャプテン・アメリカに戻っています。この『エンドゲーム』が現在、クリス・エヴァンス演じるキャプテン・アメリカが出演した最後の作品(カメオ出演は除く)となっています。しかし、キャプテン・アメリカ、そのシンボルであるシールドの物語はここで終わりません。
紋章が親から子へ、子から孫へと受け継がれるように、キャプテン・アメリカのシールドも次世代へと継承されていきます。

次世代に受け継がれるシンボル

キャプテン・アメリカのシールドの継承が描かれたのがDisney+で配信されたドラマシリーズ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』でした。
この作品は『エンドゲーム』のラストでキャプテン・アメリカからシールドを託されたファルコン(キャプテン・アメリカの相棒の黒人ヒーロー)がシールドに相応しいのは一人しかいないとシールドをキャプテン・アメリカを記念した博物館に寄贈するも、新たなキャプテン・アメリカを求めたアメリカ政府により、ジョン・ウォーカーという白人男性にシールドが譲渡され、2代目キャプテン・アメリカとなるところから始まります。

これがきっかけとなってキャプテン・アメリカのシールドとその継承をめぐる物語が展開され、最終的にはファルコンが3代目のキャプテン・アメリカとして正式にシールドを継承することになりました。

先ほど、紋章の由緒について「盾に描かれたシンボルが封土や爵位と結びつき、親から子、子から孫へと継承された」と紹介しました。
ここまで見てきたキャプテン・アメリカのシールドの物語は第二次世界大戦から21世紀現代のアメリカを舞台に、その紋章誕生の歴史を再現したものでもあると言えるのではないでしょうか。

USエージェントの贋作紋章?

ところで、ファルコンにキャプテン・アメリカの座を取られたジョン・ウォーカーはその後どうなったのでしょうか。結論、彼は「USエージェント」という新しいヒーロー・アイデンティティを獲得しました。
その過程で彼は、少し見にくいですが、このように自分でシールドを自作しています。

こちらはヴィブラニウム製のキャプテン・アメリカのシールドとは違い、普通の鋼鉄製ですが、デザインは本家とまったく同じものでした。
実はヨーロッパの紋章の歴史を見ても、こうした「贋作紋章」は実際にあり、有名なところではシェイクスピアがその被害に遭っています。また、贋作することを意図したものではないにせよ、たまたま紋章が重複してしまい、裁判にまで発展した事例もありました。
このように、紋章と贋作紋章は切っても切り離せない関係にあり、USエージェントの自作シールドという形でそれを劇中に描いたところにも、キャプテン・アメリカのシールドの物語がどこかヨーロッパの紋章の歴史そのものを感じさせる一幕となっています。

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