見出し画像

トップガンとキャサリン妃

イギリス王室は衣装やアクセサリーに言外のメッセージを込める…。そんな話を聞いたことはないだろうか?

この話は関東学院大学教授の君塚直隆氏、服飾史家の中野香織氏による『英国王室とエリザベス女王の100年』に詳しい。

同書の通り、こうした服飾外交の先駆者は先王エリザベス2世だった。
しかし彼女が崩御した今もイギリス王室にはそのレガシーが受け継がれている。多様化・複雑化する世界情勢の中でイギリス王室の役割は日に日に変化し、あるいは大きくなっている。これからもイギリス王室の服飾外交は展開され続けていくことだろう。

それでは、エリザベス女王亡き今、誰がその担い手となるのだろうか。それは言うまでもなくチャールズ国王ご自身であろう。しかし筆者が考えるに、もう一人いる。プリンセス・オブ・ウェールズ、キャサリン妃だ。

今回は、現在「最も人気がある王族」とも言われる彼女が服飾外交に参加した場面を紹介したい。むろん、外交とは言っても政治だけではない。国際親善も王族の大切な外交である。
その事例を、昨年大ヒットした映画『トップガン:マーヴェリック』に拾ってみよう。

トム・クルーズ主演の映画『トップガン』のファン待望の続編として公開された今作。日本を含む世界中で大ヒットを記録し、大きく話題になった。なかには今作の大ヒットに便乗してアメリカ空軍が募集をかける、なんて一幕もあったが、そこにツッコミを入れたのが誰あろうアメリカ海軍。この映画はアメリカ空軍ではなくアメリカ海軍が描かれているのだ。

そんな『トップガン:マーヴェリック』だが、イギリスで開かれたプレミアには、なんとキャサリン妃がトム・クルーズにエスコートされながら来場したことでも話題になった。
2012年ロンドン五輪の開会式では、エリザベス女王がダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドと共演していたように、イギリス王室はこうしたエンタメとのコラボにも力を入れているのだ。

さて、ここでキャサリン妃の衣装を見て欲しい。白い帯が特徴的な黒いオフショルダーのドレスに、星が縦に2つ並んだイヤリング。シックな上品さがある衣装だが、これを見た筆者はそれ以上にあるものが頭に浮かんだ。

キャプテン・ドレークの紋章である。

もともと海賊として海を荒らしていたドレークは他人の紋章を勝手に使っていた。ヨーロッパでは(日本の家紋と違って)同一紋章が二つ以上あってはならないという制約があるため、勝手に紋章を使われた側としてはたまったものではない。そこで時の女王、エリザベス1世に直訴したのだが、ドレークの海賊活動は女王の庇護を受けた私掠船だった。ドレークがお気に入りの女王はドレークに新たな紋章を付与することで訴えを諫めた。この時にドレークに付与された紋章がこれである。

この紋章はイングランド人として初めて世界周航を成し遂げたドレークの功績を讃えた加増紋でもあった。注目して欲しいのはその盾。黒い地に白い横帯、そして縦に並んだ2つの星。どこかで見覚えがないだろうか?

そう。まさに『トップガン:マーヴェリック』のプレミアでキャサリン妃が着ていた衣装と瓜二つなのだ。
忘れてはならないのは、この映画が空軍ではなく海軍の映画であること。そしてドレークもイングランド海軍提督としてスペインの無敵艦隊を破った(アルマダ海戦)ことである。キャサリン妃の衣装を見て、これドレークの紋章であると気がついた人がプレミアの会場にどれだけいたかは分からないし、そういう「分かる人には分かる」という遊び心かもしれない。
しかしエリザベス女王の例を思い出せば、この衣装にもイギリス王室からの「メッセージ」を読み取ることも可能だろう。

英米は「特別な関係」と呼ばれて久しい。しかもブレグジットや中国脅威論、さらにはロシアによるウクライナ侵攻を経て両国の結束はかつてないほど高まっている。
そんな中、公開されたアメリカ海軍を描いた映画が『トップガン:マーヴェリック』である。そのプレミアに、これ見よがしとばかりにイングランド海軍の歴史的勝利を飾った英雄の紋章を思わせるドレスとイヤリングを身につけた王族が来場したことは実に興味深い。

アルマダ海戦の結果、イギリスが大国として台頭し、やがてアメリカを植民地化していったことを思えば、なんとも見事なブリティッシュ・ジョークと取れなくもないが…。

今度は別の視点、もう少しカジュアルな見方からこの衣装に込められた「メッセージ」を考えていきたい。
ドレークの紋章がイングランド人として初めて世界周航を成し遂げたことに対する加増紋であったことはすでに紹介した。対する『トップガン:マーヴェリック』も全世界で大ヒットを記録した大作である。もしかしたらキャサリン妃は世界周航の偉業を讃えたドレークの紋章を衣装にすることで、トム・クルーズの全世界での大ヒットという偉業を讃えたのかもしれない。

あと数ヶ月で『トップガン:マーヴェリック』の公開から1年。その直前の5月6日にはチャールズ国王の戴冠式が行われる。新たな時代を迎えるイギリス王室の中でキャサリン妃がどのような服飾外交を展開していくのか。『トップガン』シリーズ3作目と同じくらい楽しみである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?