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大雪の帰宅難民と腹を立てる大人たち

 今から10年ぐらい前、週末にも関わらず、夕方から突如として雪が降り積もりはじめた。夜になると電車が動かなくなり、ニュース番組では「帰宅難民で大変なことになります!」とリポーターが懸命に伝えていた。

「明日、朝からバイトだけど大丈夫かしら」

 そう思っていたら、本部の人間からLINE電話がかかってきた。

「明日の朝は確実に電車が遅延するだろうから、家を2時間前に出てほしい。遅刻は許さないからな」

 当時の筆者は立川に住んでおり、20分かけて吉祥寺のマンガ喫茶に働きに行出ていた。時給はいいのだが、お店自体の価格設定が低かったため、やんちゃなお客様が来店されることが多く、よくトラブルになっていた。

 そんな店なのだから、深夜に帰宅難民で大変なことになっているのであれば、翌朝はきっとその処理に追われるに違いない……。

 とはいえ、明日のことをいくら心配してもしょうがないので、度数の強いお酒を煽って、早起きできるようにさっさと寝た。

 そして、朝が来た。9時出勤なのだが、言いつけを守って7時に出支度をする。「靴履いていると濡れるから」と思って裸足にクロックスを履いてアパートのドアを開いたら一面雪景色。

「今日は本当にダメかもしれない……」

 ツルツルのクロックスを履いているせいで、何度も転倒しながらいつもの倍以上の時間をかけて駅に到着。普段から立川駅はターミナル駅のため、人が多い。しかし、その日は日曜日にも関わらず、駅の向かいにあるアレアレアまで人が並んでいた。

 なんとかして満員電車に乗れたが、20分の距離をノロノロノロノロ……。何度も停車しては大人たちがなにかに怒っている。当時は「ヤバいなー。バイトに遅れちゃうよー」ぐらいの気持ちしかなく、どうして大人たちが怒っているのかがわからなかったが、今なら分かる。みんな、自分の思い通りに物事が進まないから、腹を立てているのだ。

 結局、勤務時間から30分遅れて吉祥寺駅に到着。銀色に光るダイヤ街の入り口はとてもキレイだったので、ちょっと、気分もよくなってバイト先に向かう。

 立川と違って吉祥寺にはそんなに人がいない。バイト先も実はそんなに混んでいないだろう。とはいえ、遅刻しているのだから、謝りながら入ろう。

「遅れました! すみません!」

 元気よく挨拶したが、そこではアラサーの夜勤のバイト2人が目を真っ赤にしながら、レシートに✕とか◯とか書いていた。

 そして、レジの前には大量のお客さんが伝票を持って、精算を待っている。慌ててコートを着たまま、並んでいるお客さんたちの退店処理を済ませる。

 ホテルと同様、マンガ喫茶も宿泊プランのチェックアウト時間は基本10時である。そのため、9時半頃から一気に退店のお客さんが流れ込むのだ。

 なんとか30分の間にお店にいた半分以上ものお客さんを帰したのだが、夜勤の人たちはまだレシートに✕とか◯とか書いている。さらに、なぜかレジの周りをウロウロしているお客さんもいる。

 夜勤の人に話を聞くと、とりあえず昨晩は帰宅難民たちであっという間に部屋は埋まったらしい。しかし、それを知らずに入店してきたお客さんも多数いた。

「申し訳ありません。本日は満室です」

 そう言ったところ、怒り出すお客さんが続出。

「ふざけるな! 明日大事な商談があるんだぞ!」
「長居している奴らをさっさと追い出せ!」

「もういい! この床で寝る!」

 こういった発言をした者が何人もいたらしく、夜勤の人たちはこのようなお客さんを諌めることと、シャワーの清掃で手一杯。

 放っておいたら、2〜3回警察を呼ばれたらしいが、金銭のやり取りすら発生していないので、どうすることもできない。そうしているうちに、朝を迎えたというわけだ。

 次に気になるのは、レジの周りをウロウロしているお客さんである。彼らは何者なのか?

「あの人たちはATMにもお金がないのに入店させてしまったから、今はお金を貸してくれそうな知り合いを電話で呼んでもらっているところだよ」

 なるほど……。それでは、あなた方が今、伝票に書いている◯とか✕は?

「お金払わずに逃げていったお客さんの伝票に✕を書いてるんだ」

 みんな、自分の思い通りに物事が進まないから、腹を立てているのだ。

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