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小雨は優しくふたりを隠すけど

あらすじ


夜、小雨が降っている。埠頭に停まった一台の車。対岸ににじむ都会の光。今まさにふたりは初キッスをしようとしている。その時その車の真横を通りすぎていく男がいる。サラリーマン風の中年男性は海に向かってまっしぐらに歩いていく。愛は自殺じゃないかと純に止めるように言うが……。

男は自殺ではなかった。ホッとするふたり。またいい雰囲気になった時、警察官がサイドガラスを叩く。通行人からケンカしてると通報があったらしい……。

誤解はとけた。二度あることは三度あるか、三度目の正直か。冗談を言いながらふたりは再度いい雰囲気に。そこへ一台の車が純の車に追突してくる……。

後日。いろんなことがあったあの日の十分前からやり直すふたり。そしてキスする、五秒前……






◯埠頭(夜)

 しとしとと雨が降っている。

 一台の車が停まっている。

 対岸には都会の夜景が雨ににじむ。



◯車内(夜)

 運転席に純。

 助手席に愛。

 純の横顔。

純モノローグ「今夜、キスをする。長かった。この日まで、長かった……」

純「きれいだね」

愛「うん」 

純「愛……」

 と愛を見る。

愛「純……」

 と純を見る。

 いい雰囲気。

 今にもキスしそうに見つめ合うふたり。

 と車の横(運転席側)を誰かが通りすぎる。

 愛の視線が追う。

 純は?となって、愛の視線の先を見る。

 とぼとぼと傘もささずに通りすぎていく男。

 サラリーマン風の中年男性。

 そのまま埠頭の縁までまっすぐ歩いていく。

愛「ちょっと、死ぬ気なんじゃない」

純「まさか」

愛「止めなきゃ」

純「関わらないほうがいいよ」

愛「それで亡くなったら、一生後悔しながら生きていくことになるのよ」

純「人がいるところでなんか自殺しないよ」

愛「止めてほしいのよ」

純「めんどくさい奴だな」

 とドアを開けて、出る。

 愛も続く。



◯埠頭(夜)

 中年男性、歩きを止めない。

 純、やれやれといった感じで、追う。

 愛も続く。

純「あのう~」

 中年男性、立ち止まる。

純「(小声で)やっぱ止めてほしかったのかよ」

 中年男性、早足で海に向かって歩き始める。

純「いやいやいや」

 と走って追いつき、中年男性の肩をつかむ。

 振り向く、中年男性。

中年男性「はい?」

純「はい? じゃなくて、やめたほうがいいですよ。悲しむ人がいるでしょ」

中年男性「何のことですか?」

純「いやいや、海に一直線だったじゃないですか?」

中年男性「は、は、吐きそうなんですけど」

純「はっ?」

 中年男性、リバース・オン・純の靴。

 離れて見ていた愛、口元を押さえる。



◯車内(夜)

 裸足で車に置いてあったスリッパを履いている純。

 愛、笑いが止まらない。

純「買ったばかりだったのに」

愛「洗えばいいじゃない」

純「もう嫌だよ履けないよ」

愛「何で?」

純「履くたび思い出すじゃん」

愛「まあいいじゃない。一生後悔するようなことにはならなかったんだから」

純「人騒がせな。どこで飲んでたんだよ」

愛「雨に濡れながら飲んでたんじゃない?」

純「歩きながら?」

愛「カッコいいじゃない。仕事で何かあったのよ。歩いているうちに気分悪くなったんでしょ」

純「まったく」

愛「何よりだって」

純「まあそうだけど」

 純、気分転換にメロウな曲をかける。

純モノローグ「きれいだねって、もうならないよなあ……」

愛「いいよ」

純「ん? 何が?」

 と、愛を見る。

 愛がうるうるの目で見つめている。

純モノローグ「何が幸いするか、わからない……」

 近づく、ふたり。

 と、サイドガラスを叩く音。

 カッパを着た制服の警察官だ。

 サイドガラスを開ける純。

警察官「あっ、すみません。さっき通行人の方から通報がありまして、男ふたりがケンカしてるって」

純「ケンカじゃないですよ」

警察官「ケンカじゃない」

純「ないですね」

警察官「じゃ何ですかね?」

純「いや中年の男性の方がどんどん海に向かって歩いていくもんですから、てっきり自殺かと思って止めたんです。そしたら、振り向きざまリバースされちゃって……」



◯埠頭(夜)

 嘔吐現場。

 純が警察官にここですと説明している。

 物証。

 トランクから嘔吐された靴を純が警察官に提示。

 免許証を見て報告している警察官。

 スクーターで警察官が去っていく姿。

 見送っている純に、愛が傘をさす。



◯車内(夜)

純「今日は何か、日が悪いね」

愛「おもしろいけど」

純「確かに」

愛「もうないわよ」

純「でも、二度あることは三度あるっていうからさ」

愛「三度目の正直よ」

純「えっ、それって」

愛「わたしも同じ気持ちよ」

純「愛……好きだよ」

愛「純……わたしも」

 見つめ合うふたり。

 と、ガシャンと追突された音。

 と同時にガックンとなる、純と愛。



◯埠頭(夜)

 老夫婦が乗ってる車が追突している。

 トランクが開いてしまっている。

 純と愛、出てくる。

 状況に唖然としているふたり。

 ご主人がドアを開けて出てくる。

純「ちょっと~」

ご主人「す、すいません」

純「どこ見てんですか?」

ご主人「どこと言われましても、急に妻が変なこと言い出すものですから」

純「えっ?」

ご主人「そしたら、なんとくちびるをこんな風にしてるじゃありませんか」

 とくちびるを突きだす。

愛「かわいい」

 車内の奥さん、照れてる。

純「いやいや」

ご主人「それでさらに驚いてしまって」

純「そこにこの車があったと」

ご主人「おっしゃる通りで」

純「そんなことある?」

ご主人「ん? 何ですかこの匂いは?」

 とトランクに近づく。

純「見ないほうがいいですよ」

 とご主人をさえぎる。

ご主人「まさか、死体ですか?」

純「んなわけないじゃないですか」

 怪しむご主人、スマホで電話する。

 天を仰ぐ純。

  ×   ×   ×

 パトカーが来ていて、事故の現場検証が行われている。

 立ち会っている、純とご主人。

 少し離れたところで並んで、傘をさして見守っている愛と奥さん。

奥さん「ごめんなさいね、デート中」

愛「いえいえ」

奥さん「今日はね、わたしの誕生日で、レストランで食事した帰りだったの。わたしが海が見たいって言ったばっかりにこんなことになってしまって」

愛「そうだったんですか」

奥さん「ご結婚されてるの?」

愛「いえ、まだ付き合いはじめてから半年くらいなんですけど」

奥さん「いい頃よね。思い出すわ」

愛「あのう、変なこと聞くようですけどいいですか?」

奥さん「何でもどうぞ」

愛「どうも。あのですね、初キッスってどんなときでしたか?」

奥さん「初キッス?」

愛「ええ、まさに、今日がその日の予定だったんですけど」

奥さん「ああそう、ごめなさい、そんな記念すべき日に」

愛「いえ」

奥さん「そうね。あれは、確か、映画を観た帰りだったわね」

愛「へえ~」

奥さん「ありきたりでしょ?」

愛「そんなことはないです。何ていう映画だったんですか?」

奥さん「ディア・ハンター」

愛「ああ」

奥さん「あの人がどんなに素晴らしい映画か話しているうちに泣き出しちゃってね」

愛「あら」

奥さん「映画館から延々と歩いてたら、ここに着いたの」

愛「ここへ」

奥さん「そう。誰もいないこの埠頭で、あの人が泣き出して、そしてね」

愛「ロマンチックですね」

奥さん「今日、ふと思い出したのよね。それで海が見たいって言ってしまって」



◯埠頭(夜)

 また小雨が降っている。

 車は修理され直っている。



◯車内(夜)

 運転席に純。

 助手席に愛。

愛「あの日の、いろんなことが起きた十分前からやり直しましょ」

純「うん」

 純、メロウな曲をかける。

 雰囲気はだんだんつくられていく。

 楽しく語り合っているふたり。

 会話が途切れる。

 やさしい雨にけむる対岸の都会。

純「きれいだね」

愛「うん」

 見つめ合う、ふたり。

 パトカーのサイレンが聞こえる。

 キスする五秒前。

 急ブレーキ音後にガシャン。

 と同時にガックンとなるふたり。



◯埠頭(夜)

 純の車に避けきれずにちょこんとぶつかっている車。

 その後ろに数台のパトカーが停まっている。

           

              (おわり)

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