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幼児退行と塩顔くん

そんな大層な徳を積んでる訳でもない私だが、それでも10代、20代前半の若い子と比べると人生経験におけるアドバンテージみたいなものはある。

その経験の差があればあるほど『流石姉さんッス!』といった具合で神格化される訳だ。

…でもそれで調子に乗って思い上がると卑しい老害人生の始まりだという事は分かる。だから若い子に褒められても常に謙虚な姿勢でいたいと思う。

それに年下の子だからといって過度に子ども扱いするのも危険だ。
なぜならこれから自立していく彼らの人生を壊してしまうからだ。

大学の頃、同じゼミに顔の良い男子がいた。
シュッとした華奢な体系、色白で鼻筋の通っている、いわゆる“塩顔”と呼ばれるようなタイプだ。
少々チャラけた性格ではあるが大学に現役進学出来る程度の頭は持っている訳で授業の成績も悪くなかった。

顔の良さは本人も自覚していたらしい。塩顔くんは大学に入学してからアルバイトでホストを始めたと語っていた。

私はあまり詳しくはないのだが、こういう業界は人気が出ると他店が噂を聞きつけ、『ウチならもっと良い給料出せるよ』と“引き抜き”を持ちかけてくるらしい。

塩顔くんもそこそこ人気があったらしく、『富裕層のお姉様が通う高級ホスト』へ移店することとなった。

それからである。
だんだんと塩顔くんの挙動がおかしくなっていった。
一人称が『俺』から『ぼく』に変わり、話し方も段々幼くなっていったのだ。

金に余裕のある年上のお姉様にワイルドな男はウケない。むしろ自分より弱くて幼い、無垢な少年のようなタイプがモテる。

幸か不幸か塩顔くんは童顔だったため、お姉様ウケが大変良かった。 

人は特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう…というのは米国で行われたスタンフォード監獄実験が示す通りだ。

毎夜お姉様から幼い子どものように甘やかされた彼の精神は、段々と昼の学生生活を蝕んでいった。

成績はみるみるうちに悪くなる。
それに比例するかのごとく、言葉使いが赤ちゃんのように退化していく。

『むずかしくてわかんない』
『ぼく、おなかすいちゃったよぉ』

まだ若いとはいえ、18歳を過ぎた人間がこんな事言っていると流石に皆ギョッとする。

言葉遣いだけではない。行動も理解しがたいものへと退化していく。
大学構内を仮面ライダーの変身ベルトを付けて歩き回ったり、床に寝転んでダダをこねてみたり。

ホスト業は心労も多いだろう。今思い返せば、もしかしたら塩顔くんは何か悪い心の病気にかかっていたのかもしれない。
が、もはや誰も『何か悩んでるなら相談に乗るよ』と言えないくらいに彼は狂ってしまっていた。

そんなこんなで腫れ物扱いだった彼は、最終的に
『ぼく、かめんらいだーになる!』
と言い残し、大学を去っていった。

今は“推し活”という言葉がメジャーになった。特段オタクでなくとも“特定の誰かに酔狂する”行為は当たり前に受け入れられている。

だが、いい歳のおじさんおばさんがとっくに成人してる青年アイドルを『可愛い~♡』なんて子ども扱いしているのを見ると、なんだか塩顔くんの事を思い出して胸がザワザワしてしまうのだ。