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"連れお風呂"への憧れ

僕は女性の身体を持ったゲイ男性。

それによって「諦めなきゃいけなかったこと」のひとつに、「仲いい友達とお風呂に行く」というのがあります。


公衆浴場がしんどくて

中学くらいからプールも宿泊行事のお風呂も苦痛でした。
何がつらいって、女性の裸を見たくもないのに見てしまうこと。そして自分もその中に「女性」として存在していなければいけないこと。

性別違和が強くなっていった頃は自分の身体が女性であることが嫌すぎて女性の身体というもの全体が気持ち悪いと感じていた時期もあったため、見てしまうこと自体苦痛だし、内面は男性である自分が見てしまっている罪悪感も覚えていました。

大学生の頃ようやく診断を受けて、周りにもカミングアウトしてくようになって、どうにか「女子たちと一緒に入る」のは回避できるようになりましたが、皆がお風呂でリラックスしながらいろいろ喋ってる一方で自分は時間をずらして一人で黙って入るのも、それはそれで寂しかったです。

風呂の外ではつるんでる男友達数名が、壁の向こうでふざけたことやりながらゲラゲラ笑っているのが聞こえて泣きそうになったこともありました。
僕もあっちにいたはずなのに、って。

男同士として全く違和感なく接してくれる仲間もできて、「今度皆で銭湯行こうぜ!」って誘ってくれた時、めっちゃ嬉しかったけど、「ごめんホラ体がこうだから一緒には入れない…」って言わなきゃいけなかったのも悲しかったな。

お風呂好きの父が、よく仲いい人と連れ立って銭湯に行って話し込んで帰ってくるのも、羨ましくて。

一生叶わないと思ってたのに

そんな僕に光が差したのは、ある親友の女の子との関係を通してでした。

僕のセクシャリティのことをよくわかってくれていて、「融のことを完全に男性として感じてるかというと、正直、男性とも違うと思ってる。でも女性とも思ってない。そして融が男性として扱われたいことを最大限尊重したいと思ってる」と言ってくれたその友達は、僕とラブホに行って(経緯は書き始めるとめちゃ長くなるので割愛します)一緒にお風呂に入ってくれました。

僕は彼女になら見られても平気だと思ったので全裸で、彼女は僕を男性として尊重するがゆえにバスタオルを巻いて。
彼女の提案により、彼女が先に身体を洗ってバスタオル巻いて湯舟にスタンバイして僕を呼び、僕が後から入浴して一緒に湯舟に浸かるという流れでした。

「仲いい友達と一緒にお風呂に入る」なんて一生叶わないかと思ってたのに、叶ってしまった。

この時感じた喜びは忘れられません。

彼女とは今でも定期的に遊び、たまにドライブしてはラブホに入って修学旅行のやり直しごっこをしています。

男性とも"連れお風呂"に!

その後しばらくして、僕は初めて男性と「そういう目的」でラブホに入り、その時はシャワーだけだったんだけど、そこからさらに二年後、裏垢を作って男性と「そういう目的」で会うようになってからは、「世間一般の人がイメージする友達」の関係とはちょっと違う特殊な関係ではあるけど、間違いなく仲はいいと思うお相手と、一緒にお風呂に浸かって色々お話しするっていう経験を少しずつ重ねていって。

性的な関係のお相手といちゃつくっていう場であるラブホのお風呂だけど、僕にとってはそれだけじゃない、結構重要な意味のある行為だったんですね。
ラブホという場所には僕にとって大切な想い出がいっぱい詰まっています。

公衆浴場に友達グループで行くっていうのは相変わらず無理だけど、思春期からずっと憧れつつ諦めてたこと、けっこう叶っちゃったなぁってじんわりと噛みしめています。

最近暑くてラブホ行ってもシャワーだけで済ますことが増えたなあと思いつつ、このあたりで筆…キーボードを置きたいと思います。

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