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2020.02.01 P(art)Y LAB performance -text report

別府在住の詩人、山脇益美による、P(art)Y LABパフォーマンスのレポートです。フォトレポートとイベント情報へのリンクは下に。

「ASP / P(art)Y LAB from Yogyakartaの(ゆ)」
2020.02.01.Sat. @別府・バサラハウス

みかんの表面にひびがはいって、甘酸っぱいにおいが空間に広がる。わたしたちが見た<ふたりの遊び>は、神話的でありながら生身の感情をかきたてる、ちいさな時空旅行のようだった。

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インドネシアのジョグジャカルタという地域で、アーティスト・イン・レジデンスの個人機関「ASP(Artist Support Project)」を主宰している横内賢太郎さんと、ふだんASPに出入りしているという「P(art)Y LAB」のメンバー2名によるパフォーマンスおよびミニトークが行われた。P(art)Y LABのフォレストはマレーシア出身で母語は中国語(マンダリン)、デイドラはジョグジャカルタ出身で現役の美大生。彫刻専攻ながらパフォーマンスユニットとしても活動している。今回は横内さんの愛知県美術館での展示に合わせ来日していた3人を、(ゆ)が別府へ招いた。彼らは冬(1月末から2月初め)の別府の街を歩き、土地と季節と人、出会ったものから着想を得てパフォーマンスを披露した。

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午後7時。バサラハウスにお客さんが少しずつ集まりだした。ごはんを食べたり、飲み物を飲んだり。自由な語らいの場がつづく。朗らかな時間から、すっと空気が変わった。
階段の奥から、黒い服を着て風呂敷包みを頭に乗せた男女がひとりずつ、ゆっくりとあらわれた。口にみかんを咥えて、一歩ずつ前に進む。そっと頭からおろした風呂敷包みを開けると、床に大量のみかんが転がった。みかんと、ちいさな桶に張られた水と、ふたり。その様子をしずかに見る時間がはじまった。

デイドラは、机の上で白いシーツに包まって、ひざを立てた状態で寝そべる。
そのすがたは、たとえばわたしには、山の連なりに見えた。彼女の歌声は子守唄のよう。言葉はわからないけど、耳に心地よい。
「山」のまわりにフォレストが、水で湿らせたみかんをひとつずつ乗せていく。それからゆっくり誘われるように、観客の数人も「みかん乗せ」に参加していく。国づくりのようで神話的で、つい見入ってしまう。
あちこちに点在するみかんが惑星にも見えたし、月の満ち欠けにも見えた。
彼女が身体をふるわすと、みかんが机からごろごろと転げ落ちる。

やがてお互いに向きあい、感情をぶつけあう喧嘩のように、みかんを食べさせあう。
みかんの皮が、花びらが舞うときのように床に落ちていく。
薄皮が裂け、あたり一帯に果汁が飛び散る。種も飛び散る。
相手を陶酔のような目で見ながら、肩をなでたり、髪の毛をなでたり。顔もじゅるじゅると濡れている。
それがすごく人間的で、前半の神話性とよい対比になっていた。

ふたりはみかんの表面に、油性マジックでいぴつな顔の生き物を描く。描く。描く。
そしてそのみかんは観客ひとりひとりに配られた。わたしのもとに来たみかんは、先ほどぶつけあっていた衝撃だろうか。表面に小さなひびが入っており、甘酸っぱいにおいが手のひらに残ったーー。

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この場面にはこんな意味があるのだな、とめいめいに想像しながらも、あんまり意味を追求しすぎなくてもいいのかな、とも思って見ていた。ただ見ている時間がおもしろかった。
知性と好奇心が溢れ出ているフォレスト、少女性と艶やかさを兼ね備えたデイドラ。
パフォーマンス後のトークでも「あなたが受け取ったことを大事にしてほしい」と彼らは言った。

わたしは、花びらのようにひらいていくフォレストのみかんの剥き方が印象的だった。
フォレストの母国では、旧正月などのお祝いのときにみかんを食べるそうで、このきれいな形で剥くことによって「いい関係をつなぐ」という言われがあるそうだ。
それを聞いてわたしは、日本では同じ柑橘類の「橙(だいだい)」が、1年中異なる世代の実をつけることから、「先祖代々」の意味として使われるという話をどこかで聞いたことを思い出した。
イベント後、こっそり「橙と代々」について、フォレストに話をしてみた。
結論から言うと、中華系マレーシア人である彼はもちろんそのことを知っていたようで、おばあちゃんの代からこの剥き方を伝えられていたそうだ。みかんを水につけて清め、剥いた皮もつないで乾かして、大切に使われていた。(逆に言うと、ジョグジャカルタ出身のデイドラにとって、このようなみかんの剥き方はむずかしく、ここ数日間でかなり練習したらしい)
また、パフォーマンスの中で、山のような、祭壇のようだったデイドラが、白いシーツのジッパーを開けて顔を出したとき、羊膜をやぶってこの世界に誕生する赤ちゃんみたいに見えたことがわたしの記憶につよく残った。自分の生活でみかんをひとつ剥く所作も、ちいちゃな「代々」が生まれてくるすがたかもしれないなと思った。

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このパフォーマンスも、トークも、ゆるっとはじまった感覚があったのもおもしろかった。
ジョグジャカルタと別府で、時間の流れる感じが似ていると(ゆ)の橋爪さんが話してくれる。
時間をきっちりしない、と書くと聞こえはよくないかもしれないけれど、きっとこの地域の人たちはものすごく体感に正直なのだろう。このゆるさは「ときどき腕時計をはずして、大きな時の河を泳いでみるのもいいよ」というメッセージだと受けとった。
わたしは「みかん」をひとつのカギにして、時空を超えていく。そんな想像の旅をささやかに楽しんだ。

「ASP」そのものについて横内さんにもっと踏み込んだお話を聞ければよかったという思いはあるものの、アーティスト・イン・レジデンスが、美術機関や行政主導のもとではなく、個人でひらかれているというお話のさわりだけでも、なんというか未来を感じた。
たとえばASPの滞在が「サーフィン合宿」から始まることもあるそうだ。その土地の環境——この場合、横内さんにとっては「波を知ること」が大切なのだという。アーティスト滞在が制作・発表の一択ではなくて、自分自身がそのまちとどう関わるか。「生活をとり戻す」という言葉が心に残った。

個人の主体性を尊重し、おおらかに旅をするように、その土地や人に出会っていく。そのようないきさつでつくられる作品はきっと素敵だ。個人機関のアーティスト・イン・レジデンスの試みは、先鋭であり、同時に原点回帰なことのように思う。そんな「ふところ」のようなものが(ゆ)によって別府でもまた、つくられようとしていることはうれしいし、わたしも一回きりの、めぐりあわせの人生で、このような「ふところ」をもっと見つけてみたいと思う。

山脇益美
1989年、京都うまれ。別府在住。 詩と文章を中心に色々つくります。詩誌『絶景』。個人詩集『朝見に行くよ』制作中。 トマトと散歩が好きです。 Twitter:@mamawaru

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