台風の次の日

 最近はと言うと、美大に納めるための収蔵箱を作る仕事をここ1ヶ月ほど進めていた。そして今日はと言うと、無事完成したその箱に工芸品などを納める作業を美大の研究室で行なっていた。

 細かい作業に熱中していたので、学校のチャイムで12時になったことを知る。チャイムには懐かしさを感じたが、自分が通っていた学校のチャイムの音はもう思い出せない。

 朝は食べない生活なので、お腹は十分に空いていた。一緒に作業をしている職員に聴くと、今は夏休みだから学食は休みだと言う。しょうがないので車を走らせ近くのコンビニへ向かう。

 車を駐車場に止め店内に向かおうとすると、かすかに食器がぶつかる音がした。音の方向を見ると、3階建ての住宅があった。一見すると普通の住宅だが、その建物の1階にある引き戸は開かれており、そこには暖簾がかかっている。目線をそのまま上に上げると寂れた看板に「お食事処  川田」と書かれていた。

 だからと言って店の前にランチメニューが書かれた看板が置かれているわけではないので、準備中かと勘ぐり、開かれた引き戸から店内を覗く。そこにはカウンターに座り、せっせと口に鯖の味噌煮を運ぶ女性客が座っていた。

 これは、と思い店内に入る。一人であることを店主に告げると「適当にそこら辺に座って」とカウンターを案内された。店内は手前にカウンターが5席と奥に座敷の席が2テーブルといった感じだった。

 カウンターと厨房の間には、棚のような空間があり、そこには個人経営の焼肉店で使われる小さなコンロが綺麗にしまわれていた。夜は焼肉店なのかと思いつつ店内を見渡すと、小綺麗にしていて、定食屋にありがちな壁に掲示され日焼けで変色したメニュー一覧が無い。というよりもどこにもメニューが見当たらない。カウンターの上にも無い。

 60代ぐらいであろう女性の店主は忙しそうに調理をしていてメニューを訪ねるタイミングが無い。まぁ、お冷と一緒にメニューが出てくるパターンだろうと思い、頭上のテレビに目を向けると、国葬反対の抗議の為に自身に火をつけたというニュースが流れていた。家にテレビが無いのでニュースに見入っていると、「はいよ」という店主の声とともにいきなり定食が出てきた。

 まだ注文してないのに定食が出てきたのに驚いたが、望んでいたものなので何も文句は無かったし、顔なじみでも無い客に有無を言わさず定食を出すことをトキメキを感じていた。さらに驚くのはその内容で、鯖の味噌煮の他にトンカツ、イカとキュウリの酢の物、分厚い沢庵と綺麗な青色をしたナスの漬物、味噌汁、大きく切られたベーコンが入ったポテトサラダ、デザートの巨峰、しかもご飯は栗ご飯。まさかの豪華さに値段が気になったが、食べ始めたらその美味しさにそんなことはどうでも良くなった。

 一心不乱で食べていたせいか、先に食事をしていた女性客と共に食べ終わった。もういくらでも良いですと言う気分で盆をカウンターの上にあげ、「ご馳走様です。いくらですか」とたずねると「750円」と伝えられた。あまりの安さにあっけに取られつつも会計を終え、車にもどる。

 車を走らせ美大の駐車場にとめてから、思わずGoogleやTwitterで検索するも何の情報も出てこない。まるで狐に化かされたかのような気持ちになりつつもしっかりと膨れた腹で作業を再開した。

店の外観

  

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