第5話【かたちあるもの】
血統調査員のYRAです。
「血統表は競走馬の設計図!」ということで。
3月5日金曜日の夜です。
今週も106万円競馬よろしくです。
先週は12人の諭吉隊員を奪還すべく作戦を決行し、無事7人の隊員の奪還に成功しました!
前回のお話はこちら
今週も無事に奪還できるだろうか。
朝起きると、泣いている。
悲しいからではない。
5週間前の夢から、5週間後の現実に戻ってくる時に
またぎ越さなくてはならない亀裂があり
僕は涙を流さずに、そこを越えることができないのだ。
僕は彼女のいない世界に
もう5週間もいる。
2021年1月30日土曜日の夜。
僕たちは突如、諭吉隊として組織され戦地に赴くことを余儀なくされた。
そして諭吉隊が組織される前の戦いで亡くなった隊員の葬儀場で、僕は弔辞を読む彼女と出会った。
彼女が弔辞を読んでいると突然、強い雨が降り始めた。
ほとんどの隊員は雨宿りを求めて、軒下に避難している。
しかし
彼女だけは雨に打たれることを気にする素振りも見せず、弔辞を読み続けていた。
傘を持っていた僕は、気づけば引き寄せられるように彼女のもとに歩み寄り、傘を差しかけていた。
葬儀後、彼女から初めて声をかけられた。
廣瀬諭吉 松本君!
さっきは傘ありがとう!
松本諭吉 どうして雨が降ってきたのに、そのまま読み続けたの?
廣瀬諭吉 あれは・・・。
負けたく・・無かったん・・・だよね。
松本諭吉 負ける?何に負けるんだ?
廣瀬諭吉 雨に。
あそこで読むのを止めたら、なんだか雨に負けたみたいじゃない(笑)
そう言って彼女は笑いながら僕にキーホルダーを渡してくれた。
廣瀬諭吉 それあげる!傘のお礼。
これが僕たちの初めて交し合った言葉。
そして僕が初めて廣瀬からもらったプレゼントだった。
そこから僕たちの距離は一気に縮まっていった。
戦いの準備をしたり、たこ焼きを一緒に食べたり…
僕たちはささやかな暮らしの中でとても幸せだった。
そして。
廣瀬諭吉 好きよ、松ちゃん。大好きだよ。
突然の廣瀬からの告白だった。
もちろん僕も気持ちは同じだった。
世界で一番、幸せだと思った。
こんな幸せがいつまでも続いてくれれば良いのにな。
この時僕は本気でそう願っていたんだ。
1月31日日曜日。
僕たちのもとに悲報が入ってきた。
この日戦いに行った諭吉隊隊員のうち、14人が敵に奪われたというのだ。
送られてきたリストの中には、僕の親友諭吉の名前もあった。
僕はいつも自転車の後ろにその親友諭吉を乗せて走っていたことを思い出していた。
気づけば自然と涙が零れ落ちる。
松本諭吉 ペダル…。自転車のペダルって軽いんだよ。
廣瀬諭吉 うん。
松本諭吉 一人だと。
廣瀬諭吉 うん。
松本諭吉 いなくなるってそういうことだよ。
廣瀬諭吉 うん。
私、太るよ。
親友諭吉と同じくらいになって後ろに乗るよ。
松本諭吉 何言ってんだよ…。
そう言った後、廣瀬は優しく抱きしめてくれた。
世界で一番美しいものを見た。
世界で一番優しい音を聞いた。
世界っていうのは抱きしめてくれる人のことで。
その腕の中はとても暖かくて。
親友諭吉よ、大切な人をなくすのは、だから辛いんだよ。
諭吉隊から14人の隊員がいなくって初めての月曜日。
僕たちはなんとなく次の週末で戦いが激戦になるであろうことを感じとっていた。
戦いに行く前にせめて一度だけでも2人きりの世界に行きたい。
そう思った僕は廣瀬を無人島に誘った。
廣瀬は僕の提案をとても嬉しそうに受け入れてくれた。
けれどもその日から廣瀬は体調を崩してしまった。
週末に戦いを控えている僕らである。
ここで無理をする理由はない。
無人島へはまた今度にしようと僕は言った。
けれども廣瀬はそれに対して猛烈な拒絶をした。
廣瀬の体調が心配な僕はもちろん反論した。
けれども廣瀬が譲ってくれる様子はなく、とうとう僕が折れる形で僕たちは無人島に行くこととなった。
無人島での廣瀬はいつも以上に元気なように見えた。
2人で海を泳いだり、料理を作ったり・・・。
そして寝床を作った。
その夜。
辺り一面には、蛍の綺麗な光が広がっていた。
廣瀬諭吉 蛍ってさ、7日間しか地上にいないんだよ。
こんな素敵な光景が見られるなんてどのくらいの確率なんだろうね。
幸せだなぁ、私。
なんでこんな幸せなんだろう。
この後何かあるんじゃないかと思っちゃうよ。
誰かが死んだりとか、もう2度と会えなくなったりするとか…
そんな風に思っちゃうよ。
松本諭吉 そんなこと、絶対ないよ。
何の根拠も無かったけど、僕はそう廣瀬に言った。
そして翌朝―。
帰りのボートに乗り込む時
廣瀬は倒れた。
最悪のタイミングだった。
週末にはもう戦いが迫っている。
2月5日。
週末の諭吉隊奪還作戦が発表された。
僕はたった1つのことを願った。
戦地に赴くメンバー表の中に廣瀬の名前がありませんように。
けれどもいつだって現実は残酷だ。
戦いに行くメンバーの中に廣瀬は選ばれていた。
そして。
そこに僕の名前は無かった。
僕が戦地に行ければ良いのに。
どうしてこのタイミングで廣瀬だけが出陣しないといけないのか。
僕は周囲に怒りを隠すことなく、荒れていた。
廣瀬諭吉 大丈夫だよ、松ちゃん。
今回は柱の皆さんが出陣するんだから。
それも全員一斉にだよ?
こんな心強いことないよ。
それに柱の方9名以外の隊員で選ばれたのは私だけなんだよ!
こんな光栄なことってないよ。
廣瀬はつい先日倒れたとは思えないほど目をキラキラと輝かせている。
松本諭吉 わかってるよ。
廣瀬は優秀だから、柱のサポートメンバーに選ばれたんだよ。
だけど、絶対無理だけはしたらダメだよ。
廣瀬諭吉 わかってる。
行ってくるね、松ちゃん。
2021年2月6日土曜日の夜。
諭吉隊に、先週に引き続き2度目の衝撃が走った―。
14名の諭吉隊隊員奪還に向かった柱達全員が返り討ちにあったのだ。
その中にはもちろん廣瀬も含まれていた。
何を希望と言うのだろう。
何を絶望と呼ぶのだろう。
何を生きると言うのだろう。
何を死ぬと言うのだろう。
何を正気と、何を狂気と言うのか。
もう何も、僕には何もわからなくなった。
だけど、そこに廣瀬がいる可能性が1%でもあるのなら
いや、もう0%になっていたとしても。
僕には廣瀬を救出しに行く以外の選択肢は存在しなかった。
それから4週間程の時が流れた。
それは僕にとって地獄のように長い時間だった。
3月5日
ついに僕に待ち望んだ出陣の命令が下る。
中山2レース
⑤ソニックムーヴ ルメール
2021.3.5 post
3月6日土曜日の夜です。
松本と廣瀬はどうなったのか。
感動必至の完結編をどうぞ。
【かたちあるもの】
ようやく僕は戦場にやって来た。
ここのどこかに廣瀬がいる。
どこにいるんだ廣瀬・・・
僕はまず廣瀬が戦ったであろうコースを訪れてみた。
すると
そこに1本のカセットテープがそっと置かれていた。
そして。
そこにはボロボロになった廣瀬の声が収められていた。
廣瀬諭吉 未来の松本諭吉へ。
松ちゃん、私ね、わかったんだ。
幸せって、すごく単純なことなんだね。
松ちゃんがいて、私がいることなんだよね。
きっと、そういう毎日のことで。
だからこれからもずっと・・・。
松ちゃんとずっと、手をつないで歩いていけたらと思うよ。
5週間前の廣瀬の声はボロボロだった。
それは時の流れから、たった1人置き去りにされた声だった。
他の誰に聞かれるでもない。
どこに届くこともない。
僕だけに宛てた廣瀬の声だった。
このテープと引き換えに、
まるで廣瀬はもうこの世に存在しないんだよと言われている気がした。
奇妙な感覚だった。
ここに確かに廣瀬がいた形跡が残っているのに
そこに廣瀬だけがいない。
もしかしてこれが僕の未来なのだろうか。
何も変わらない、廣瀬だけがそこからすっぽりと抜け落ちた世界。
誰かの痛みも、受けるかもしれない非難も。
一人で死んでいく恐怖も。
すべて、すべて越えて・・・
ただもう一度、二人でこの透き通るような青い空が見たいと思った。
中山2レース
⑤ソニックムーヴ ルメール
松本諭吉 (誰でも良い。誰でも良いから誰か廣瀬を…)
助けて、ください・・・。
助けて、ください。
助けて下さい!
目を閉じるといつもそこには廣瀬がいる。
だけど今日こそは。
目を開いて廣瀬がみたい。
僕にはただ夢中で走ることしかできなかった。
すっかり死んでしまった僕の心が少しずつ蘇ってくるのがわかる。
自分は生きているんだということを実感する。
廣瀬ぇーーーーっ!!!!
君もまた、一緒に走りたいだろう?廣瀬・・・。
僕はいつだって走り去っていく廣瀬をつかまえることができなかった。
このまま君と僕とは遠くなるばかりなのかもしれない。
だけど、僕は走ることをやめない。
僕には走ることしかできないから。
走り終わったその時に
笑って君に、会えるだろう…。
トントン…
後ろから肩を叩かれた
松本諭吉 ・・・ん?
松本諭吉 ・・・・!
廣瀬諭吉 びっくりした?
松本諭吉 ・・・したよ。
2021年3月6日、
僕はたった一人の大好きな人と
再びめぐり合うことができました。松本諭吉
全員奪還まであと《4人》
それではまた来週~(*^^)v
2021.3.6 post