ブラック・ドッグ・タウンへようこそ!~最終話 黒い犬とディスコを
5・黒い犬とディスコを
さて、そこからの一週間はみんな大忙しでした。ドンちゃんは新しい住人のことを記事に書き、ワラシとキヌタは「頼まれごと」の練習に熱を入れていました。ロシーさんはというと、大好きな畑いじりもロクにできないくらい、てんてこ舞いです。
どうにかこうにか準備がととのい、お祭りの日がやってきました。
広場にはがっしりとしたやぐらが組まれ、そこから近くの街灯や屋根に向かってイルミネーションのコードが張られています。子どもの手のひらくらいある大きな丸い電球のイルミネーションは、色とりどりに灯って、夜空の下をにぎやかに彩ります。
メインストリートの店は全て早じまいしていました。代わりに、店先には露店が立ち並び、あちこちから威勢のいい客引きの声がします。
そして、そこに集まったおばけたちたるや! 鬼にキツネに狼男、魔女にゾンビに一反木綿、幽霊たちは夜空を飛び交い、露店の屋根で悪魔がケタケタ笑っています。
どこもかしこもおばけだらけ。もし、皆さんの中におばけが嫌いな人がいたら、きっと大慌てで逃げ出してしまうでしょう。
「こんなに、おばけがいたのね……」
せまい水槽から顔を出したミズキさんがつぶやきました。水槽はバスタブのような形をしていて、まるで乳母車のように押して動かせます。ミズキさんの水槽を押しているのは、もちろんドンちゃんです。
「そうだよ。ほら、あっちにはろくろ首。あ、ミズキさんと同じ人魚もいるよ」
「ちょっと気味が悪いわ」
青い顔で震えるミズキさんに、ドンちゃんがやさしくささやきました。
「大丈夫。みんなの顔を見て」
そう言われて、ミズキさんはおばけたちの顔を見回しました。誰もが、心から楽しくてしょうがないといった具合に、笑っています。
「……たしかに、怖くはなさそうね」
赤いイルミネーションがミズキさんのやわらかな笑顔を照らしました。
すると、広場の真ん中の方で、ひときわにぎやかな声がわきあがりました。どうやら広場のやぐらの上に誰かが出てきたようです。
「おや、あれはワラシちゃん!」
ドンちゃんがやぐらを見上げて手を叩きました。
歓声を受けるワラシは、にいっと笑うと、くるんっ! と宙返りをしました。すると、なんということでしょう! ワラシがふたりに増えたのです! おばけたちは大盛り上がりで、ヒュウヒュウと指笛を鳴らします。
ふたりのワラシは互いの手を取って、やぐらの上で楽し気に踊ります。みんな、そのリズムに手を叩きながら体をゆすりました。ミズキさんも、です。
ふたりのワラシが踊っている間に、やぐらの下には小さなステージが準備されていました。黒いハットをかぶったガイコツたちが、ギターやベース、ドラムセットと楽器を手に手に集まります。
その準備が終わったのか、ガイコツのひとりが親指を立てた手をあげました。
ふたりのワラシは大きくうなずくと、片方のワラシがまた、くるんっ! と宙返りをしました。次の瞬間、そこにいたのは、可愛い可愛い男の子……いつものキヌタです。
「やっぱりキヌタくんだ!」
「さすが、今日の主役のひとりだな!」
誰かの声がして、ミズキさんはふと、手拍子をやめました。
「ドンちゃん。キヌタくんが今日の主役……ってどういうこと?」
ドンちゃんもぴたり、と手拍子を止めて、ミズキさんをじっと見ました。そして、ミズキさんの手をぎゅっと握ると、嬉しそうに言いました。
「ミズキさんも、だよ」
え、とミズキさんが声を上げたとき、ワラシとキヌタが叫びました。
「ミュージック・スタート!」
ふたりの合図とともに、ガイコツバンドが跳ねるようなビートを刻み始めました。ディスコミュージックです!
バッ、とイルミネーションが色とりどりにチカチカまたたきます。露店のカボチャが跳ねまわり、ドンドンとリズムをとります。町中がダンスホールになってしまったかのようです。
こうなってしまうと、もうみんな踊るしかありません。ホウッ! とはじけるような声を上げて、小鬼たちがターンをすると、周りのおばけたちもくるくる回り始めました。
あっけにとられていたミズキさんの体が、水槽から浮かび上がりました。ドンちゃんがミズキさんを抱き上げたのです。
「ぼくたちも踊ろう!」
包帯の下でにっこり笑いながら、ドンちゃんが言いました。ミズキさんは目を丸くしていましたが、やがてドンちゃんの首に腕を回しました。
「……ええ! 踊りましょう!」
にぎやかなディスコは何曲も続き、みんなが汗だくになったころ、ガイコツバンドのピアノがポロロ……と鳴りました。イルミネーションはグッと大人っぽい紫色に変わり、月明りも静かに降り注ぎます。
ブラック・ドッグ・タウンに、ゆるやかなワルツが流れ始めました。
働きづめだったロシーさんは人の輪から離れて、ホッと息をつきました。手にはトマトジュースとウォッカを混ぜた、ブラッディ・メアリーというお酒を持っています。血まみれメアリー。縁起でもない名前! 吸血鬼のロシーさんにこれほど似合うお酒もないでしょう。もちろんトマトジュースはロシーさんのお手製です。
和やかにワルツを踊るみんなの姿を見ながら、ロシーさんがブラッディー・メアリーを一口飲みました。トマトのざらりとした舌触りとアルコールの香りが口いっぱいに広がります。
ああ、幸せだなあ。思わずにんまりと笑ったロシーさんのところへ、誰かがちょこちょこと跳ねるようにやってきます。キヌタです。
「おや、キヌタくん。オープニング、ありがとうございました。おかげで大盛り上がりです」
汗をふきながらコクコクうなずくキヌタに、ロシーさんは近くにあったジュースを渡しました。
「お祭り、楽しんでいますか?」
「う、うん! 町のみんなが、ぼ、ぼくに、話しかけてくれたんだ! こんなにいっぱいの人としゃべるの、初めてで、その、すっごく、楽しい……!」
キヌタのほほが、イルミネーションに照らされて赤く染まります。ロシーさんも満足そうに微笑みました。
「ね、ねえ、このお祭りって、な、なんのお祭りだったの?」
キヌタがたずねると、ロシーさんは、ふふ、と笑ってキヌタの頭をぐりぐり撫でました。
「それはですねえ、キヌタさんとミズキさんの歓迎会ですよ」
「えっ!」
キヌタの驚いた声に、踊りの輪の中から何人かが振り向きました。キヌタがその人たちに、なんでもないと首を振ると、みんな笑顔でうなずいて踊りに戻りました。
ですが、キヌタの頭はハテナでいっぱいです。お祭りは、キヌタがブラック・ドッグ・タウンに来る前から計画されていたはずなのに、どうして?
ロシーさんは、ブラッディ・メアリーをもう一口飲んで、話しはじめました。
「ブラック・ドッグの伝説は知っていますか?」
「あ、ワ、ワラシちゃんから聞いた……。『古い道や十字路に現れる黒い犬を見たら、不吉なことが起こる』っていう、イギリスの昔話……」
「でもブラック・ドッグの中にはいいやつもいるんです。特に墓場にいるブラック・ドッグは、迷子を導くと言われていましてね」
「迷子……?」
うんうん、とロシーさんがうなずきます。
「そう、迷子。自分の居場所をなくした魂、無念を抱えてさまよう魂。そういう《迷える魂》は、ブラック・ドッグに導かれてこの町にやってくるんですよ。だからなのか、ブラック・ドッグには、迷子が来る頃がわかるみたいなんです」
「あ……」
だから自分が来る前からお祭りの準備ができたのか、とキヌタは目を丸くしました。
わあ、とにぎやかな声が広場の中心から聞こえてきます。どうやらミズキさんが大きく跳ねて、ドンちゃんの腕の中に着地したようです。
その様子を眺めながら、キヌタは胸がドキドキしてきました。ひとりぼっちだったのに、今はこうやってみんなが歓迎してくれている。この町の住人として、受け入れてもらえている……。
「ミ、ミズキさんも、今日が歓迎会なんだね」
「そうですね、彼女もやっとこの町の住人になったのですから。……それと、あともうひとり」
そう言って、ロシーさんは空を指さしました。つられてキヌタも空を見上げます。なんてことはない、いつもの夜空です。
「だ、誰がいるの?」
キヌタの問いかけに、ロシーさんはにやりと笑いました。その唇の隙間で、するどい歯が光りました。
「ノンが教えてくれるのですよ。私たちの町はいうも《誰か》に覗かれている。その《誰か》が覗くから、私たちの町はここにある……。今日も新しい《誰か》が覗いているようです」
ぎらりぎらりと怪しく輝く満月から、誰かが覗いているような、そんな気がしてキヌタの全身が震えました。
皆さんは、この月から覗く《誰か》がわかるでしょうか。
……皆さん? そういえば、私は一体誰にこの物語を語っているのでしょう。ねえ、おわかりになりますか?
その時、ワオーンッ! と甲高い遠吠えが聞こえました。ノンの声です。
それを合図に、ガイコツバンドがまたビートを刻み始めました。またディスコタイムです!
ディスコにまぎれて「ロシーさま! まだお仕事がありましてよ!」という怒鳴り声が聞こえます。
「まずい! メアリーさんだ!」
ロシーさんはブラッディ・メアリーをぐい、と飲み干すと、近くのテーブルにグラスを置きました。
「行きましょう、キヌタくん!」
そう言って差し出された手を見て、キヌタは一瞬だけ目を伏せました。ですが、すぐにその手を取って走り出しました。
空にはぽっかりと月が浮かび、銀色の光がまるでミラーボールのように町に降り注ぎます。騒がしいディスコミュージックで踊るおばけたちは、みんな笑顔です。
どこか遠くからかすかに、ノンの満足そうな鳴き声が聞こえました。
ブラック・ドッグ・タウンは今日もにぎやかです。
《おわり》
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