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ブラック・ドッグ・タウンへようこそ!~第二話 同じ墓穴のむじな

 2・同じ墓穴のむじな


 ひっく、ひっくとしゃくりあげながら、ワラシが語ったのは次のような話でした。


 ワラシは外の世界にひょっこり出て行って、人間の子どもたちと遊ぶのが大好きです。その子たちが知り合いじゃなくても大丈夫。ワラシはいつの間にか遊びに加わって、いつの間にか帰っているのです。だから子どもたちが遊び終わって、ふと人数を数えると、全員いるはずなのに、遊びの最中より誰かがひとり減っている……。そういうふしぎなことが起こります。

 ですが、最近何かがおかしいのです。ワラシが遊びに行くと、いつもならすんなり遊びの輪に入れるのに、子どもたちがすぐワラシに気付いて遊びたがらないのです。

「なんで?」とワラシが聞くと子どもたちは「あそびのルールを守らないから」とか「じゃんけんで負けただけで石を投げてきたから」とか、ワラシを嫌がる理由を答えます。どれもワラシの身に覚えがないものです。

「だからお前とは遊んでやらない!」

 ワラシはショックで、何が起こったのかわかりません。

「でも」と、子どものひとりがワラシに言いました。「あの子、あなたにそっくりだけど、ちょっとだけ違うところがあるの。目の周りがね、なんだか黒かったの……」


「つまり、ワラシさんのニセモノがいる、ということですか?」

 ロシーさんがたずねると、ワラシはようやく泣き止んで、こっくりとうなずきました。

「それは大変だ! ワラシさん、あなたのニセモノなんですが……どこで遊んでいる時に現れたんですか?」

「いつも遊びに行く日本の神社なの。山の中にあってね、みんな夕方のチャイムが鳴るまで遊ぶの」

「日本、ですか」

 ロシーさんはふうむ、と黙りこみました。

 ブラック・ドッグ・タウンは墓場の下の町です。ロシーさんが入ってきたフランスの墓場だけではなく、世界中どこの墓場にだってつながっているのです。え? 信じられないって? 実はそれには理由があるのですが、それはまたあとで。

 ただし、どの場所にも行けるからと言って、時間を飛び越えたりはできません。国をまたげば時差もあります。

「フランスの朝は、日本の夕方。まだ子どもたちが遊んでいるしょう」

 ロシーさんは勢いよく立ち上がって、さっきかけたばかりのマントを身に着けました。

「メアリーさん。私はワラシさんと一緒に、そのニセワラシを調査してきます。今ならまだ子どもたちが帰る前に間に合うかもしれません」

 そのことばに、いつの間にか戻ってきていたメアリーは仰天して、ただでさえ透き通った顔がさらに薄くなりました。

「ちょっとお待ちになって! まだ仕事が……それにこの後、お祭りの会議だって……!」

「町の人が困っていることを見過ごして、何が町長ですか! 書類はメアリーさん、あなたが読んでおいてください。会議もあなたに一任します」

「そんな!」

「さあ行きましょう。ワラシさん!」

 ロシーさんはワラシを連れてドアの外に出て行きました。残されたメアリーは、浮かぶ力もなくしてよろよろと床にへたりこみました。


 ロシーさんとワラシは足早にメインストリートを進み、町を取り囲むようにそびえる岩壁までやってきました。さっきロシーさんが入ってきた扉があるのです。ここから外に出ると、ロシーさんたちが「外の世界」と呼ぶ、人間の世界へ行けます。

 トンネルを抜け、階段を上りきる前に、ワラシが飛び跳ねながら叫びました。

「ノン! ノン! 私がいつも遊んでる、日本のお山に連れてって!」

 すると、その声に応えるように、「ワン!」という鳴き声がして、階段の先に出口がぽかん、と開きました。

 そう。ブラック・ドッグ・タウンから世界中どこの墓場にだって行けるのは、ブラック・ドッグのノンのふしぎな力のおかげなのです。ノンは名前を呼んだら、どこにだって現れます。そして町と墓場をつないでくれるのです。それはブラック・ドッグが迷子を案内する力があるからだといわれています。ふしぎですね。

 町のみんなはノンに導かれるように、町に集まってきた者ばかりです。そんなわけで、町の名前も、「ブラック・ドッグ・タウン」なのです。


 さて、ふたりが外に出てみると、そこは墓場でした。長方形の石でできたお墓がいくつもいくつも並ぶ、日本の墓場です。山の中にあるのでしょう。やわらかな夕暮れの日差しを受けて、山の木々がざわざわと揺れています。

「ロシーさん、こっち!」

 ワラシの案内で、墓場とさほど離れていない神社の裏手に着くことができました。小ぢんまりとした神社は、古ぼけた鳥居と御社が建っています。それでも人々に大事にされているのか、手水や参道がきちんと浄められていることがわかりました。

 御社の裏手で子どもたちが、かごめかごめで遊んでいます。

「ほう、今時かごめかごめとは、古風な子どもたちですね」

木の影に隠れたロシーさんは、同じく隠れているワラシにそっとささやきました。

「うん。最近先生に教えてもらったばっかりなんだって」

「なるほど。これは好都合。……ワラシさん、私はコウモリに化けます」

 ワラシはエッ! と大きな声をあげそうになりました。

「コウモリ?」

「はい。私が唯一使える化け術です。ワラシさんはみんなに会わない方が良いでしょうし、私のような大人がいきなり出て行ってもびっくりされるでしょう。なのでコウモリに化けて子どもたちの様子を探ってきます」

 そう言ってロシーさんはなにかむにゃむにゃつぶやくと、ぽんっ、とコウモリに化けて、飛び立ちました。

 子どもたちは小学生一年生くらいでしょうか、六人で遊んでいます。スイ、スイと飛びながら、その様子を見ていたロシーさんはある事に気がつきました。

 ひとりの男の子の目元がやけに黒く見えるのです。それは影なんかではなく、どうやら目の周りが黒くふちどられているようです。

 そういえば、ニセワラシの目の周りも、黒くふちどりができていたはず……。

 この子だ! ロシーさんが少しだけドキドキしながらその男の子に近寄りました。次の鬼はその男の子のようで、輪の中心に座って目を閉じています。

「かーごめかごめ、かーごのなーかのとーりーはー……」

 歌いながらぐるぐる回る子どもたちのすぐ後ろをロシーさんも飛びました。誰もロシーさんに気付きません。

「うしろの正面、だーあれ!」

 子どもたちの歌が終わった時、ロシーさんは座り込んでいる男の子の後ろに飛び込んで、化け術をときました。そして男の子の手をしっかりとつかんで、ささやきました。

「つかまえた」

 どろん! と現れたロシーさんに、男の子も子どもたちも、一瞬、ぽかんと口を開きます。が、すぐに「うわあああ!」と声をあげました。

「おばけだー!」

「逃げろー!」

 子どもたちは散り散りに逃げ出しました。

「おやおや、おばけですか」ロシーさんはその様子に苦笑いを浮かべました。「まあ、間違ってはいませんけどね」

 ロシーさんに手を掴まれた男の子は、しばらくじたばたしていましたが、次第におとなしくなりました。

「さて、君には聞かなくちゃいけないことが……」

 ロシーさんはそう言って、少し力を緩めました。

 すると、男の子はロシーさんの手を思い切り振り払って、転がるように走り出したのです!

「待て!」

 その後をロシーさんとワラシも追いかけます。でも、男の子の足は速く……まるで動物の様に速くてなかなか追いつけません。しかも山の中をすいすいと走り抜けていくのです。

 逃げ切られてしまう! と、ロシーさんが思った時、男の子が墓場に走りこみました。そう、ロシーさんとワラシが出てきた墓場です。ロシーさんの目に、大きくあくびをする黒い犬の姿が映りました。

「ノン! 町へ帰ります! 吠えてください!」

 ロシーさんの声が届いたのか、ノンはのっそりと頭を振ると、大きく「ワン!」と吠えました。

 すると、男の子が走る先のお墓が、音を立てて倒れました。あとはフランスの墓場と全く同じで、人が通れるくらいの穴が開き、下へ降りる階段ができました。

 男の子はその穴に吸い込まれるように転がり落ちて行きました。ロシーさんとワラシはその後を追いかけます。

 階段の下には人の姿はありません。そのかわり、一匹の動物がぐったりと横たわっていました。ロシーさんは、慎重にその動物を抱き上げて、ふ、とほほえみます。

「ああ、やっぱりそうでしたか」

「やっぱり? 何が?」

 ぴょんぴょんと跳ねながらワラシがロシーさんの腕の中を覗き込もうとしました。ロシーさんはワラシにも見えるように、と少しだけかがみます。

「タヌキの子ですよ」

「タヌキ?」

「そう。私はコウモリにしか化けられませんが、タヌキは古来より化け上手でしてね。何にだって化けてしまう。ただ、まだ子どもだから、子どもにしか化けなかったんでしょう。それに……いたっ!」

 目が覚めたタヌキがロシーさんの手をひっかきました。思わずロシーさんが手を離すと、タヌキは跳ねるように、くるん、と宙返りをしながら地面に降りました。ですが、そこにいたのはもうタヌキではなく、目の周りに黒いふちどりができたひとりの男の子でした。

「あっ! ニセモノのあたしと一緒!」

 声をあげたワラシを、男の子はキッとにらみます。

「ぼ、ぼ、ぼくにはこれが精いっぱいなんだよ! ばっ、化け術の修行の途中だったんだから!」

 男の子は逃げだそう、と後ずさりしましたが、せまいトンネルの中はすぐに壁に背中が当たってしまいます。ロシーさんは男の子が逃げられないように、ずい、と男の子の前に進み出ました。

「一体、なんであなたはワラシさんに化けたんです? 話してもらえませんか?」

 ロシーさんがじろりと男の子を見つめます。ワラシも同じように、目を大きく開いて男の子をじろじろ見ています。

 しばらく黙り込んだ後、男の子は観念したのか、つっかえつっかえ、喋りはじめました。

「ぼ、ぼくは、じいちゃんと一緒に山で、く、暮らしてたんだ。おとうちゃんとおかあちゃんは人間につかまって、死んじゃった。だ、だ、だから、じ、じいちゃんはぼくに、化け術を教えてくれたんだ。『人間に見つかっても、人間に化けられたら逃げられるかもしれない』からって。でも、でも……」

 男の子が何かをこらえるようにことばを切りました。

「じ、じいちゃん、死んじゃった。ぼく、ひとりぼっちになっちゃった。淋しくて、淋しくて、泣いてたら、神社の方からみんなの声がしたんだ。た、楽しそうに、遊んでた。う、う、うらやましくて、いつも、見に行った。そしたら、へ、変な子がいるのに気付いたんだ」

 男の子はちらりとワラシを見ました。ワラシはきょとん、と目を丸くしたあと、ぷう、とほほをふくらませました。

「変な子ってあたしのこと?」

「だ、だ、だって、いつも着物で来てるのに、みんな当たり前のように、き、君と遊んでるんだもの。それに、遊びの途中にひょっこり入って、遊びの途中でひょっこり出て行ってるのに、だ、誰もそれを気にしない。でも、君も、みんなも、楽しそうで……君だったら、いつでも遊びに行けるんだと思ったんだ」

「だから、ワラシさんに化けて、遊びの輪に入ったわけですね。でもワラシさんの姿ではもう遊びに加われなくなったから、今度は男の子に化けた、と」

 ロシーさんのことばに、男の子は気まずそうにうなずきました。

 友だちと遊ぶことが初めてだったんだろうな、とロシーさんは思いました。だから、どうしたらいいのか分からず、たくさんのトラブルを起こしたのでしょう。それがワラシの姿を借りたものだったのだから、ワラシが悪い子だと思われたということなのでしょう。

「でもバレちゃった。ぼ、ぼく、もうみんなと遊べないんだね」

 男の子はぐす、と鼻をすすりました。黒縁の目元が、赤く染まっています。

「また山の中でひとりぼっちだ……」

 うつむく男の子の足元にぽたり、と水が落ちます。暗いトンネルの中が、しん、と静まり返りました。

 ……でも、それはほんの一瞬のことです。すぐにワラシが嬉しそうに言いました。

「だったらブラック・ドッグ・タウンに住めばいいんだよ! ワラシのおうち、広いんだ!」

 ロシーさんも、むふふ、と笑いました。

「化けダヌキならうちの町に住んでもおかしくないでしょう。まさに『同じ穴のムジナ』といったところですか」

 一体何の話でしょう。男の子は目を白黒させながら叫びました。

「な、何言ってんだよ、お前ら! 化けダヌキが人間と住めるわけ……」

 ロシーさんは男の子に目線を合わせるようにそっとかがみました。そして、そのまま目を細くして、言いました。

「もうあなたにもわかっているでしょう。私たちは、人間ではありません。ブラック・ドッグ・タウンは《迷える魂》が行きつく場所。簡単に言うと、おばけたちの町なんです」

「おば……け?」

 ぽかん、とする男の子の顔をワラシが覗きこみました。

「あなた、お名前は?」

「な、な、名前なんてないよ。じいちゃんは、その、いっつも、『おまえ』って呼んでたから」

「おや、名前がないのは不便ですねえ」

 うーん、と首をひねるワラシとロシーさんは真剣そのものです。すると、ワラシが「そうだ!」と声をあげました。

「タヌキだからキヌタくん。どう?」

「キヌタくん! それはいい名前だ!」

 ロシーさんが手を叩きます。男の子……キヌタは目をぱちくりとさせました。

「ぼくの、名前?」

「そう! あたしはワラシ。座敷童のワラシ!」

 よろしくね、とワラシがキヌタの周りを跳ねまわります。

「そして、私はロシー。吸血鬼です。ブラック・ドッグ・タウンの町長を務めております」

 そう言ってロシーさんはキヌタに手を差し出しました。戸惑うようにロシーさんを見上げるキヌタの背を、ワラシがドンッ、と押しました。

「わ、わ、わ!」

 キヌタは思わず目の前にあったものにしがみつきました。……そう、ロシーさんの手に。

 ロシーさんはキヌタの手をギュッと握って、言いました。

「ようこそ、ブラック・ドッグ・タウンへ。君を歓迎しますよ、キヌタくん」

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