うちの父(77歳)の昔ばなし

40を越えて幼い頃の環境と今との違いを顕著に感じる。
スマホなんて考えられないし、外国がこんなに身近に感じるようになるとは思わなかった。

自分ですら著しい時代の変化を感じる訳だが、子供の頃に聞かされていた父親の幼少期の思い出話は衝撃的であった。

北海道の片田舎で8人兄弟の三男坊として生まれる。
農業で生計を立てており、山奥に住居を構えて見渡す山は自分たちの土地であった。
隣の家までは歩いて一時間掛かり、頻繁に醬油や味噌などを借りに行かされていた。
学校には行かずに家業の手伝いをするのが日課で、子供の頃はいつでも腹いっぱい食べれ様になる事が夢で、大きな行事の時に親が作ってくれた太巻きを喉が詰まる位に頬張ったり、白砂糖を買ってきたらそれをどんぶりに入れ、兄弟みんなで手づかみで食べて甘味に喜んでいた。

家もボロ小屋で、台風の度に家が吹っ飛んでしまうのではないのかと思う位に揺れて、屋根が吹っ飛んだ事一度や二度では無い。
その時の恐怖心が大人になっても残っているのか、今でも強風が吹いて建物が軋む音が極端に苦手な様だ。

そして屋根に穴が空いてしまう事が度々あり、布団に入り天井を見上げると星空が見える事も珍しくない。

そんな生活が何年も続くいて、この生活には先が無いと思ったのか、爺ちゃんが持っていた山や土地を売って街へ出ようと急に決断をした。

先方隊として父を含めた4人の兄弟が札幌へ先入りする事になり、4畳半ほどのアパートで暮らす事となる。
そこで生まれて初めてアンパンを食べて、その美味しさに驚愕した。

小さな部屋で顔を向き合わせながら「美味しいね。美味しいね。」小学生から高校生までの兄弟が毎日飽きもせずにアンパンを食べていると、隣の一室に住むおばさんが鍋を持ってくれた。
その鍋の中身は何かの煮物で、そのおばさんは父達を見ながら涙ぐんでいた。

その時は「何で泣いているのだろう?」と不思議だったと思ったが、子供だけで狭いアパートに住んで、毎日アンパンを「美味しい美味しい」言いながら食べているのが可哀想に感じたんだろうな、と大人になった父は小学校低学年の僕に語っていた。

そして山の中で育ったド田舎者が街中に出て来てからの物語を聞かされるのだが、それは僕には耐えれないだろうと感じるタフな生き様だった。

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