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【文字起こし】日本ハッカー協会セミナー「不正指令電磁的記録罪の傾向と対策」(前半その2:平野先生の講義前半)

日本ハッカー協会さんのセミナー、文字起こしその2です。平野先生の講義の前半部分です(講義部分だけでも長いので、前後編に分けてます)。元の動画はこちらにあります。

★これの前にあった、ハッカー協会代表さんのご挨拶はこちら。

★平野先生の使われたスライド資料はこちら。

堤/
杉浦理事、ありがとうございました。
それでは、これより講演に入ります。

まずは、先日のCoinhive事件で一審無罪を勝ち取られました、電羊(でんよう)法律事務所の 平野 敬(ひらの たかし)先生より、「エンジニアのための刑事手続き入門」と題しまして、「IT技術者が被疑者として捜査を受ける場面」を想定し、刑事事件の流れや弁護活動の在り方について、お話しいただきます。

それでは平野先生、よろしくお願いします。

[スライド▼(表紙タイトル)]

平野/
本日は仕事帰りに お集まりいただきありがとうございます。
弁護士の平野です、はじめまして。

今日は「エンジニアのための刑事手続き入門」として、皆さんに「ITにおける刑事事件の在り方」とはどういうものなのか、その場合、弁護士がどのような弁護活動を行うのか、などについて、お話しさせていただこうと思います。

[スライド▼(「何者?」)]

ではまず、自己紹介から入りましょうか。

私、普段はインターネットやシステム開発関係の事件を主に扱っている弁護士です。刑事裁判専門ではありません。

主に、顧問先にゲーム会社などを抱えていまして、そこで契約書を書いたり、開発でどちらかが何かポカをやった場合には訴訟で解決したりする業務がほとんど。
その性質上、あまり表に出ている事件はないんですけれども、有名なところでは「UQ WiMAX訴訟」があります。

これは2014年ですかね。ごめんなさい、2015年ですね。
「UQコミュニケーションズ」という会社が出している、 WiMAX というルーターの広告に、消費者を誤らせるような記載があったということで、消費者訴訟を起こしまして。

これは昨年、東京高裁で勝つことができました。
現在は上告中で、継続しております。

私が弁護士になったのは2014年のこと。
それまでは、SIerで仕事をしていました。

大学を出てすぐに入ったのが日立製作所でして、そこで郵便関係のシステムを作っておりました。

日立を辞めたあとで入ったのがアクセンチュアです。ここでも郵便関係のシステムとか、あとは国税とか、社保とか、主に公共関係のシステムをやっていました。

私、1979年生まれなんですけれども、ちょうど、高等学校1年か2年のとき、インターネットが商用化されて、Windows95が爆発的に流行ったんですよ。1995年、16歳のときです。

で、もうそれですっかりインターネットにハマってしまいまして、「青い文字で下線が引いてある場所をクリックすると、なんとページがうつる!これはすごい!」と(笑)。

自分でも一生懸命、HTMLを練習して、「a hrefと書くと自分でリンクが張れる!」というのに感動して、「コンピュータの道に進もう」と最初は思っていました。

ところが私が高校生のとき、父親がやっていた事業で、部下に金を持ち逃げされるという事件がおきまして、民事と刑事で裁判になりました。

それで法律に興味を持ちまして、大学は法学部に進みました。

結局、SIerに入ったんですけれども、自分がコンピューターをやりたいのか、法律をやりたいのか、ちょっと迷うところがありまして、夜間のロースクールに通って、結局 弁護士になった、というクチです。

[スライド▼(本日の流れ)]

さて、今日のお話の内容はこんな流れにしようと思います。
「1.自己紹介」については、すでに済みました。

2番目に、「実際にエンジニアが罪に問われるのはどういう場合があるのか」をお話しします。

その次に「一般に刑事手続きはどういう風に流れていくのか」についてお話しし、その場合、どういう風に自分の身を守っていかなければならないのか、という視点で、防御についてお話ししたいと思います。

そして最後に、一連の流れの中で「弁護士を頼むことによって、どういうことを行ってくれるのか」についてお話ししたいと思います。

[スライド▼(主要な罪名)]

じゃあまず、こちらですね。ITエンジニアが罪に問われるのはどういう場合があるのか、ざっと列挙してみました。

・わいせつ物陳列罪
・著作権法違反
・不正指令電磁的記録作成・保管・強要罪
・私電磁的記録不正作出罪
・電子計算機損壊等業務妨害罪
・偽計業務妨害罪
・不正アクセス禁止法違反

漢字が多くて、ちょっと目がくらくらしますね。

[スライド▼(事例(1))]

実際に どういう事件があったのか、みていきましょう。
まず、「わいせつ物陳列罪」です。

1996年、ベッコアメ事件が起きました。
インターネット古株の皆さんは既にご存知じゃないかと思うんですけど、わいせつ画像をホームページにアップロードした人がいたんですよ。

95年にインターネットが商用化されて1年後のことですから、まあ「先見の明があった」ということなんでしょうね。

(会場/笑い)

で、この事件の際に、ベッコアメも家宅捜索を受けまして、「日本最初のネット犯罪摘発事例」と言われています。

ここから間もなく警察がですね、「インターネットは、いろいろわいせつ画像をアップロードしているやつがいるらしい、けしからん」ということで、1996~1998年にかけて、わいせつ画像関係の摘発が続きました。

そこから間もなく、1998年、同じくベッコアメが摘発された事件なんですが、このとき警察が顧客のIDリストをまるごと差し押さえまして、これが「違法なんじゃないか」と争われ、結局、裁判で「違法だ」と判定されました。

もう20世紀のインターネット初期のころから、ITエンジニアと警察の間には緊張関係がありまして、違法な捜査が結構、横行していたわけですね。

[スライド▼(事例(2))]

次に【著作権法違反】について。
「Winny事件」が有名ですね。
ここら辺は(と、舞台袖を振り向きながら)高木先生がお話しいただけるんじゃないかと私は期待しているんですけれども。

Winnyを開発した技術者が、著作権侵害の幇助犯に問われまして、最高裁まで争った事件です。結局、無罪になりました。

それから、私の担当した【不正指令電磁的記録】。
「Coinhive事件」ですね。皆さん、ご案内のことと存じます。

あと、最近有名になったものとしてはWizardBible事件。
簡単なソケット通信のプログラムをのっけていたサイトが、Webサイトごと閉鎖に追い込まれた、というものですね。

それから、【私電磁的記録不正作出】。
これも最近ニュースになったものとして「マンガワン事件」というのがあります。

小学館の漫画アプリの中に、漫画を無料で読める期間が秒単位で指定されていたんですけれども、なんとそれが平文で書かれていて、ルート権限を取れば誰でも自由に書き換えられる、という状況にあった。
その秒数を書き換えてしまったエンジニアが、【私電磁的記録不正作出】……これは文言は固いが、「文書偽造」の電子版です。
その罪に問われて、いま捜査中。

[スライド▼(事例(3))]

【電子計算機損壊等業務妨害】
すみません、漢字苦手なので、あまり流ちょうに読めません。

「リネージュ2事件」というのがありました。これも、知っている方は知っているんじゃないでしょうか。
中国からリネージュに接続するためにプロキシを四国に設置した人がいまして、その結果として負荷が増大してサーバが落ちた、というものです。

【偽計業務妨害】。
これも(と、振り返る)高木先生がお話しになるんじゃないかと思いますが、Librahack事件が有名ですね。
岡崎市の図書館に、クローラーを定期的に出していた人がいて、「これは偽計業務妨害にあたる」とされてしまったものです。

最後に【不正アクセス禁止法違反】ですね。
これ結構、先ほどの杉浦理事が紹介された事案に近いんじゃないかと思いますが。

公開のセキュリティイベントで、Webサイトの脆弱性を指摘したエンジニア……京大の教員の方だったんですが、この方が不正アクセス禁止法違反に問われて、結局有罪になってしまった、という事案です。

[スライド▼(「本日の流れ」3)]

一般に、エンジニアの方々って、けっこう荒事(あらごと)と無関係な人生を送ってきた人が多いんじゃないかと思うんです。
例えば何か薬物を不正に輸入するとか、誰かを暴力的に殴る蹴るとか……そういった人生ではなかった人が多いのではないかと。

ただ、今あげたような事例を見ると、結構、刑罰とか刑事手続き・警察沙汰は身近にあると感じられたのではないでしょうか。

そういう刑事手続きに巻き込まれたときに、まず流れが頭に入っていないと自分の身を守ることすらできませんので、皆さんにはまず、流れを理解していただきたいと思います。

[スライド▼(刑事手続きの全体構造)]

刑事手続きの全体構造は、シンプルに書くと、これだけです。
「捜査」と、「公判」と、「刑の執行」。
この3段階から成っています。

[スライド▼(捜査/警察段階)]

「捜査」というのは、さらに2段階に分けることができます。
「警察における捜査」と、
「検察における捜査」です。

私、大学に入るまで「警察」と「検察」の違いが分かっていなかったんですが、皆さん、分かりますか?

……あ、結構分かってますね、皆さん。大丈夫そうですね。
「警察」は地方自治体の職員です。
「検察」は法務省の職員で、国家公務員です。

まず、一般的な流れとしては、警察が事件を認知します。

例えば「通報があった」とか、「サイバーパトロールをしていて見つけた」とか、「被害届が出た」とか。それによって、警察が「何か事件があったらしい」ということを認知するわけです。

事件を認知した警察は、証拠を収集します。
これには物証もありますし書証もあります。

この証拠の収集手段として、いろいろなものが用意されています。

怪しい人を逮捕してきて取調べをする、そして事情聴取をする。
これも収集手段のひとつです。
それから、捜索差押(さしおさえ)をして関係する証拠物を差し押さえてくる、事件現場などに行って、実況見分といって写真を撮ったりする。
こういったものが、証拠収集の手段としてあげられます。

そして、その結果、「この事件は、もう十分に捜査できた」と考えたときは、検察庁に送致します。いわゆる「送検」というやつですね。

逮捕している場合、被疑者の身柄ごと事件送致するので「身柄つき送検」などといいます。
これに対して、逮捕していない場合、「書類送検」等と言われています。

ニュースでよく「書類送検」と言っていますが、私は あれ、法律をやるまで
意味が分かっていませんでした。「●●さんが書類送検されました」とか
言ってますけどね。ニュースにも、ちょっとした解説コーナーを作ってくれればいいんですけれど。

[スライド▼(身柄事件と在宅事件)]

今、ちょっと述べましたが、「身柄事件」と「在宅事件」という違いがあります。

「身柄事件」というのは、被疑者が逮捕拘留されている場合。つまり、警察に捕まって留置場に入ってしまっている場合です。

この場合、時間制限があります

「逮捕した警察は、48時間以内に身柄を検察に送らなければいけない」とか、「検察は、身柄を受け取ったら24時間以内に拘留するかどうかの判断を
しなければいけない」とか、「拘留期間はMAXでも20日以内である」とか。そういうふうに時間制限があるので、すべてが急ペースで進みます。

ですので、「逮捕を行う」というのは一部の重大犯罪に限られています。
全体の約36.1%。これは昨年のデータですけど。

逆に、多数派は「在宅事件」です。身柄をとらずに事件を捜査します。被疑者が逮捕・拘留されない場合ですね。

時間制限がないため、ゆっくり進みます

時効にかからない程度に進むので、「月」単位です。ですので、1回取調べがあって、次の取調べが半年後、ということも、よくあります。

おそらくサイバー関係の犯罪の大半は、こちらの「在宅事件」になろうかと思います。

Coinhiveの場合、私は現在5件、受任しているんですけれども、その全員が、在宅事件です。ただ、Coinhive事件では、報道によれば一部、身柄を取られてしまった人がいたようですね。すぐに釈放されたみたいですけど。

[スライド▼(捜査/検察段階)]

次、検察です。
まず、警察から事件を受け取ります。受け取ったら、検察官が証拠を補充する。検察官というのは、我々弁護士と同じく「司法試験に受かった人々」ですので、警察官よりは、法律に詳しいわけです。

ですので、「この人が本当に有罪なのか無罪なのか」を判断するために、警察から送られてきた事件記録をじっくり読み、「ああ、これはちょっと証拠が足りないな」と思ったら、警察に指示して、証拠を補充させるわけです。

で、その結果、「ああ、これはもう処分が決められるな」と判断した場合に行われる処分が、「終局処分」と呼ばれておりまして、大きく分けて3つのパターンに分かれています。

「公判請求」か、「略式起訴」か、「不起訴」か。

「公判請求」というのは、「被疑者を裁判にかける」というものです。一般に「起訴」とか呼ばれています。

これのバリエーションとして、「略式起訴」というものもあります。これは罰金刑にのみ適用される処分で、かつ、被疑者自身の同意があるときです。

略式起訴になると、基本的にまともな裁判は、なされません。その代わり、罰金で済みますし、早めに解放される、というメリットはあります。
基本的に、被疑者自身が罪を認めていて、もう事実関係に争いがない場合に使われます。

そして最後が「不起訴」ですね。不起訴にも、大きく分けて3つのパターンがあります。

「起訴猶予」と「嫌疑不十分」と「嫌疑なし」ですね。

「起訴猶予」というのは、「いや、この人、本当は犯罪者だと思うんだけど、でもちょっと温情をかけて、起訴を猶予してあげるよ」というパターン。

「嫌疑不十分」というのは、「怪しいんだけど、証拠が足りないし、いったん不起訴にしましょうか」というもの。

「嫌疑なし」というのは、「いや、これは犯罪にあたらないでしょう」というパターンです。

内部的な細かい違いはあるんですが、「不起訴」になった場合はいずれも解放される、という点では効果は一緒。

[スライド▼(公判)]

先ほどの終局処分で「公判請求」となってしまった場合、いよいよ裁判が始まります。検察官から起訴がなされて、それに対して「証拠調べ」というのが裁判所の中で行われます。

証拠には大きく分けて「書証」と「物証」と「人証」があります。

「書類による証拠」と、「ブツによる証拠」……例えば凶器とかですね、あと「人証」というのは、例えば証人とか被告人質問といったもの。

こういった証拠調べを踏まえたうえで、最後に検察官から「論告」があり、
弁護人から「弁論」があり、それぞれの言い分を裁判官が良く聞いたうえで、最後に「判決言い渡し」となります。

だいぶ皆さん、眠くなってきたんじゃないでしょうか。

(★26分41秒)

[スライド▼(架空事例(1))]

ちょっと具体的な架空事例でやってみましょうかね。

あるところに、S県警という警察がいて、ネットパトロールをしていました。
一部の警察ではネットパトロールというのをやっていて……ネットサーフィンしてるわけです。「いい仕事だな」と私は思います。
(会場/笑い)
私も、ネットサーフィンしてるだけで給料もらいたいんですけどね。

で、そのネットパトロールをしてる間に、Pというプログラムを発見したとしましょう。
「これはどうも怪しい、ウィルスなんじゃないか。不正指令電磁的記録にあたるんじゃないか」と、警察官が考えました。

で、ISPなどに問い合わせをした結果、Pの開発者Xの住所氏名を手に入れました。

その結果、この被疑者Xによる不正指令電磁的記録被疑事件として、事件化ができるわけです。

S県警は、Xさんの自宅を家宅捜索して、パソコンなどを差し押さえました。そして、Xさんを警察署に呼び出して、取調べを行いました。
これが「証拠収集」の手続きですね。

ただ、事件はそれほど重大ではないと考えたので、逮捕はしなかった。
こういう場合には、「在宅事件」として扱われるわけです。

で、この結果、「ふむ、これはXさんの犯行によるもので間違いない。そしてPはウィルスにあたるもので間違いない」と警察が判断した結果、地方検察庁に書類送検するわけです。

[スライド▼(架空事例(2))]

S地検は、警察から送られてきた記録をじっくり読むわけですね。で、
「いや、これは不正指令電磁的記録に当たらないんじゃないか」と判断した場合には、「もっと証拠を補充しろ」と警察に命令するわけですし、
「いや、これで足りる」というふうに判断した場合には、いよいよ公判請求となるわけです。

この事例だと、Xさんについて「起訴相当」と考えて、公判請求をすることにしました。

[スライド▼(架空事例(3))]

いよいよ公判の段階ですね。
S地検は、XさんをS地方裁判所に、ウィルス罪で起訴しました。
地裁は、検察と弁護人の主張を踏まえて、証拠調べを行いました。

そして、その証拠とそれぞれの主張から、「いや、Xは有罪である」と判断して、懲役1年、執行猶予2年の判決を言い渡しました。

この場合は、執行猶予がついているため、今すぐ刑務所に行く必要はない、ということで、「刑の執行」まではいきません。
が、これで実刑判決となった場合には、いよいよ「刑の執行」フェーズに行き、「刑務所に入る」という話になるわけです。

(★およそ29分20秒付近)

[スライド▼(「本日の流れ」「4」)]

さて、こういった一連の手続きの流れの中で、どのように自分の身を守っていかなければならないのか、という点についてお話ししたいと思います。

[スライド▼(覚えておきたい最大原則)]

まず皆さんに1番覚えていただきたいのが、これです。

捜査機関というのは、法律に根拠のあることしか、できません。
憲法31条という規定があるんですが、「法律の定めるところに手続きによらなければ、刑罰は科されない」という条文です。

「この警察がやっていることは、法律に即しているのかな」ということを、まず、意識していただきたいと思います。

[スライド▼(覚えておきたい3つのルール)]

そして、より具体的なルールとして3つ覚えてください。

「黙秘権」と「令状主義」と「弁護人選任権」です。
それぞれについて、具体的に説明していきましょう。

[スライド▼(黙秘権)]

黙秘権です。
根拠条文は、憲法38条1項。
「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」という条文があります。

「憲法」ですので、法律よりも効力が強い、日本の大原則のひとつです。捜査段階においても公判段階においても適用されます。

ですので、警察の取調べにおいて黙っていることもできる、
検察での取調べにおいて黙っていることもできる、
裁判において黙っていることもできる、
そういう非常に強い権利です。

[スライド▼(捜査段階の黙秘権)]

……ええと、次のスライドを表示しちゃったんですけれども、
なんで黙秘権ってものがあるのか、簡単に説明しておきましょう。

警察とか検察というのは、税金を使って、多くの人を……ごめんなさい、多くのスタッフを使って、そして公権力を使って、無限に証拠収集ができる、非常に強い権利を持っています。

それに対して、被告人・被疑者というのは、たった1人で警察や検察に立ち向かわなければならない、非常に弱い立場です。ですので、その被疑者を守るために与えられた最大の武器、それが「黙っていること」なんです。

昔は、この「黙秘権」というものが憲法や法律に制定されていなかったために、拷問で無理やり有罪の供述を引き出すとか、そういったことが横行していました。

が、現在の憲法は、そういった時代の反省に立って、皆さんに黙秘権というものを与えています。ですので、これはぜひとも頭に入れておいてください。

では、「捜査段階の黙秘権」です。

ちょっと条文を長々と引用してしまったんですけれども、刑事訴訟法198条という条文があります。

検察や警察官は、いつでも怪しい人の出頭を求めて取調べることができるんですけれども、ただ、これに対して出頭を拒むことはできます。また、出頭をしたとしても、いつでも退去することができます。

そして、この取調べを行うにあたっては「自己の意思に反して供述する必要はない」ということを告げなければいけない、ということになっています。

[スライド▼(公判段階の黙秘権)]

公判段階においても同じです。
ずっと黙っていることもできるし、個々の質問に対して「それは答えたくありません」ということもできます。

こういうふうに黙っていることによって、不利益な取り扱いをしてはいけない、というルールになっています。

[スライド▼(供述することの意味)]

なんで黙ってなきゃいけないのか。
「いや、話したっていいじゃん」と思うかもしれません。
では、「供述すること」っていうのは……まあ「言うこと」なんですけどね。ごめんなさい、言葉が硬くて。

供述した場合、何が起こるのかを考えてみましょう。

まず、警察官の前で話したことは、基本的に調書になります。で、警察官は調書をまとめたうえで、署名・押印を求めます。

[スライド▼(調書の意味)]

具体的な流れとしては、こんな感じですね。

まず、取調べを受けます。
取調べを受けた時には、取調官が、
「うん、君の話は分かった。じゃあ君の話を私が要約するから、これから聞いていてくれ」ということで、「私は……」という一人称で、書面を作成します。
で、その書面を被疑者に読み聞かせを行う。
なぜか法律用語ではこれを「読み聞け」っていうんですけれども。

読み聞かせを行ったうえで、内容が正しいかどうかを「これでいいね」というふうに言います。

で、内容が正しければ……つまり、異議が特になければ、署名・押印をさせます。

で、この……「作文調書」っていう問題があるんですけれども、
こういうふうに取調官が「私が」という一人称で書類を作った時、絶対どこかに引っ掛けがあるんですよ。

なんで取調官が調書を作りたがるのか。
それは、のちの裁判で証拠にするためです。無意味な調書は、決して作りません。つまり、被疑者を有罪にするヒントがどこかに入っているわけです。そして、それについてなかなか一般の人は気づくことができません。

そして、「自分では言ってないこと」まで書かれている場合があります。
例えば「私は今回のことについて、深く反省しています。このようなことは2度と致しません」と。

で、これに対して、取調べを受けた人が「いや、私そんなこと言ってないんですけど」と言ったとしても、「じゃあお前、反省してないのか? また同じことやるつもりなのか?やらないつもりなんだろ?じゃあこれにサインしてもいいよな」こういうロジックで進められちゃいます。
これに反抗できる人は、なかなかいません。

[スライド▼(調書を取られることの意味)]

そして、取られた調書は、のちの裁判において証拠となります。
刑事訴訟法322条という条文があるんですけれども、
「不利益な事実の承認を内容とするもの」
――これは自白調書のことなんですが――
「自白調書は証拠にできる」というふうに書いてあります。

法律の発想としては、「悪いことをしてない人だったら自白するはずがないでしょ」と。「自白する人は、悪いことを必ずしたんだ」「だから証拠としての意味があるよね」と、そういう発想に基づいて作られてしまっています。

[スライド▼(黙秘権の価値)]

いったん不利な供述調書を取られた場合、あとで覆すってのは、極めて困難です。
任意性や信用性がないことを、証明しなければいけません。

「任意性(の証明)」とは、
「無理やり書かされた調書ではなくて、本当に、任意に書いた調書です」ということですね。

「信用性(の証明)」というのは、「その(調書の)内容が正しいです」
ということなんですけれども。

でも実際に取調べが行われるのは基本的に密室ですし、録音・録画もなされてないのが普通です。

で、こういった状況の取調べについて、「いや、俺は不本意なことを警察官に言わされたんだ」「この調書の内容について俺は気づいていなかったんだ」と、後から言ったところで、それを証明するのは本当に、無理です。

いったん黙秘しておけば、弁護人と相談してから話す内容を決められる。こういう点で、黙秘権というのは非常に大きな意味があります。

[スライド▼(令状主義)]

次、「令状主義」です。
根拠条文は、憲法33条と憲法35条1項。

「警察が何をするにしても、令状が必要だ」という規定になっています。

令状というのは、裁判所が出すものですね。警察が暴走することを防ぐために、「裁判所に1度おうかがいを立てて、裁判所が許可しなければ、何かしてはいけない」というルールになっているわけです。

[スライド▼(任意の原則)]

同じ原則は、刑事訴訟法などにも書かれています。

「強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合」
……これは令状のことなんですが、つまり
「令状がなければ、これをすることができない」となっています。

「犯罪捜査規範」というのは法律ではなく、警察の内部ルールなんですけれど、その内部ルールの中でも、「強制処分を行うのではなく、任意捜査の方法で行わなくてはならない」というふうになっています。

[スライド▼(本当に「任意」なのか?)]

「じゃあ警察というのは、強制処分は令状がなければできないんだね、じゃあ安心だね」というふうには、なりません。「本当に強制処分ではなく任意であるのか」は疑わしい場合が、多々あるわけです。

例えば、「自宅に入ってパソコンを取り上げる」。
これは、強制処分としての「押収」にあたりますので、令状がなければできません。
でも、「関係者が任意に提出したものを、警察が保管してあげる」ことはOKとされています。

「強制処分として誰かを逮捕する」ことは、令状がなければできません。
でも、「関係者を警察署に任意に同行させて取り調べる」のはOKとなっています。

で、「任意」に応じてしまった場合に、あとからこれを争うというのは、やはりとても困難なことです。

(★38分11秒)

[スライド▼(令状に基づく処分なのか…)]

警察が皆さんに何かを指示するとき、それは令状に基づく「処分」なのか、単なる「お願い」なのか、ここを意識していただきたいと思います。

そして、何か疑問に思ったら、
「それは令状があるんですか?それともただのお願いなんですか?」
と訊くようにしてください。

これは「犯罪捜査規範」なんですけど、「任意性を疑われることのないように必要な配慮をすること」とか、「承諾を強制してはならない」というルールが定められています。

警察は、「任意か強制か?」と尋ねられたら、て嘘をつくことはできません。

[スライド▼(よくある「お願い」)]

よくある「お願い」。
サイバー犯罪でよくある典型的なパターンについて、書いてみました。
例えば、パソコンやサーバを押収した際によく「IDやパスワードを教えて」と警察が「お願い」してきます。

ただ、言い方は非常にぶっきらぼうです。「ログインパスワードやIDを解除しなさい」「教えるルールです」と。
ルールって何のルールなのか、良く分からないんですけれど、あれ、実は「お願い」なんですよ。応じる義務はありません。

捜索差し押さえをやっている時に、執行中の現場について、「今からここを捜索差し押さえしますから、皆さん写真を撮ってはいけません、動画を撮ってはいけません、録音してはいけません」と警察は言ってきます。

これも応じる義務はない。ただの「お願い」です。

「指紋や唾液をとらせてください」
これも良くある「お願い」ですね。
私、サイバー犯罪を何件か弁護やってきて非常に不思議なんですが、絶対に指紋と唾液をとられるんですよ。……関係ないと思うんですけど。
私が思うに、警察は指紋とフィンガープリントの区別がついてない?
(会場/大笑い)

で、コンピューターウィルスにもDNAが入っていると思ってるから、DNAを取るんだと思う。
(会場/笑い)

……という説を唱えてるんですけど、これは今のところ私ひとりですね。

また、取調べ中に「録音しないで」とか「今、録音してたでしょ、データ消して」と言われることもあります。

これも根拠はないんです。基本的に応じる義務はありません。

ただ、ちょっと気になるのは、警察署の中で取り調べを行っていた場合。
これは警察の施設管理権が及ぶんですよ。
つまり、「学校の中でスケボーを遊んではいけません」とか、そういうのと同じレベルで「警察署の中で録音してはいけません」というルールが妥当する程度の効力はあろうかと思います。

ですので、これについて完全に「応じる義務はない」と言いきってしまうのは、ちょっと……キケンかなとは思うんですが。

まあ……Coinhive事件では結局、警察署の中で録音してしまったので、ここについてはノーコメントでお願いします。
(会場/笑い)

(★およそ41分15秒付近)

★続きはこちら。


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