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【文字起こし】日本ハッカー協会セミナー「不正指令電磁的記録罪の傾向と対策」(前半その3:平野先生の講義後半)

★もとの動画はこちらから。

★これより前の部分のエントリ2つは、こちら。

★平野先生の資料はこちら。

[スライド▼(「本日の流れ」「5」)]

今言ったような防御を行うために、
弁護士はどのように皆さんを助けることが
できるのか、それについてお話しします。

[スライド▼(弁護人選任権)]

まず、弁護人選任権というのがあります。
これも憲法に根拠条文があります。
法律にも根拠条文があります。

憲法上は、
「刑事被告人は、いかなる場合にも資格を有する弁護人を依頼することができる」となっています。

また法律上も、
「被告人または被疑者は、いつでも弁護人を選任することができる」というふうなルールがあります。

捜査段階でも公判段階でも、「弁護人を選任する権利」は皆さんに与えられているわけです。

[スライド▼(弁護士は何をしてくれるのか)]

じゃあ弁護士が選ばれたところで何をしてくれるのか、ざっと書いてみました。

大きく分けて、
「捜査段階における弁護活動」と
「公判段階における弁護活動」の
2つがあろうかと思います。

「捜査弁護」では、まず事件の筋読みですね。
これは、有罪になるのか無罪になるのか、有罪になるとしたら、どういうふうに対応していけば、罪を軽くすることができるのか。警察に積極的に協力していくのか、それとも最低限の黙秘を貫いて頑張るのか。
そういうことを決定し、助言することができます。

そして、証拠収集ですね。

弁護士には、いろんな団体に「弁護士会照会」の制度を使って、証拠を取り寄せることができますので、そういった点で、「この事件において重要な証拠は何か」というのを判断をしたうえで、それを取り寄せる手続きを行います。

※参考:日弁連「弁護士会照会制度」
https://www.nichibenren.or.jp/activity/improvement/shokai.html

そして、警察や検察において違法捜査がなされることが、ままありますが、そういったものへの監視を行う。万が一、違法捜査がなされた場合には、抗議を行う。
そういった活動も行います。

最後に、捜査段階の終局において、検察官に対して、「この犯罪は、こういう理由で無罪です」あるいは「こういう理由で、仮に有罪であったとしても不起訴が相当です」といった議論を行うことができます。

そして、「公判弁護」ですね。
公判弁護というのは、裁判において証人尋問を行うとか、裁判官と丁々発止のやり取りをするとか、そういった目に見えやすいところですので、皆さんにもイメージしやすいかと思いますが、

最終的には「無罪を勝ち取ること」とか「より軽い処分を獲得すること」を目的として、活動していくことになります。

[スライド▼(Coinhive事件の捜査弁護(1))]

「じゃあ実際に平野は一体、どんなことをやってきたのか」ということで、ちょっと具体的に話してみようと思います。

私、Coinhive事件を現在5件、受任してますので、適当にミックスしています。

まず、私が最初にCoinhive事件について受任をしたのは、先日の横浜地裁で無罪判決が出た、モロさん。これが一番最初の方でした。

この方から受任をしたときに、私は、まず事実と法解釈をチェックしまして、「不正指令電磁的記録」について、どういう解釈論がなされているのか、学説や判例を調べました。

そのうえで、「Coinhiveってよく分からないな」と。「暗号通貨をどうこうするらしいけど、私、ビットコインの取引もしたことないし、まずは暗号通貨について調べるか」ということで、文献を色々調べて、暗号通貨について調査をしました。

それからCoinhiveについて、複数のエンジニアにコードレビューをお願いしました。

JavaScript でしたので、一般にコードが公開されていましたから。
それを、知り合いのJavaScriptに強そうなプログラマをつかまえてきまして、
「これ、何か怪しげな挙動しませんか?単に暗号通貨を掘るだけですか、それとも何か情報を抜き出すんですか」ということをチェックしました。

それから法解釈を知るために、高木先生をはじめとして、刑法学者などにインタビューを行いまして、「ここらへん、最先端の学説ではどうなっているんですか?」というのを確認しました。

その結果として、無罪を求める方向で方針を決めました。

[スライド▼(Coinhive事件の捜査弁護(2))]

次に、証拠収集のフェーズですね。

「Coinhiveの挙動に関する調査報告書」を作成してみました。

私は自分のパソコンで、Coinhiveを12時間くらいずっと稼働させて、何か怪しげな挙動をしないかチェックしまして、その様子を部分部分で写真に撮ったり、場合によっては動画を録ったりして、裁判所に提出できるような証拠にまとめました。

それから、Coinhiveと他のJavaScriptとの違いについて知るために、「他のスクリプトはどうか、他のWebサイトはどうか」というのを調べました。
それも調査報告書にまとめました。

最後に「証人の確保」ですね。

実際に、この裁判においては技術的な部分を裁判所に分かってもらうのがおそらく一番大変だろうと思いましたので、「証人尋問を実施しなければならない」「技術に詳しいエンジニアをつかまえてこなければならない」と思いまして、高木先生をはじめ、複数の方にお声がけしました。

[スライド▼(Coinhive事件の捜査弁護(3))]

違法捜査の監視とか抗議ですね。
まず私が行ったのは「取り調べの立会い」です。

今、(日産の)ゴーンさんの事件で、「日本には弁護人立会権がないんだ」ということが、改めて国際的に問題になっていますけれども。

日本では、警察の取り調べに弁護人を立ち会わせる「権利」がありません。
ただ、「権利」は無いんですけれども、弁護人の立会いを「禁止」する規定も無いんですよ。

……という、非常に宙ぶらりんな状態になっています。
ですので、私はこういう戦略をとりました。

まず、Coinhive事件で被疑者が警察から出頭を求められたときに、私は、被疑者と一緒に警察署に朝、のこのこ出かけて行ってですね、
「さあ、やって来ましたよ。私と一緒に取り調べをしてください」と。

「え?弁護人の立会いを認めない?じゃあ、一緒に帰りますね」と。
「え、帰っていいんですか?じゃあ帰りますね」と。

これを、何回かやりました。
(会場/笑い)

警察は、何度も「出頭を拒否」していると「逃亡の恐れあり」ということで逮捕する方向に発展していくことがあります。

けど、「出頭したうえで取り調べを行わずに帰る」
これは、別にまったく問題ないわけです。

ですから私は、被疑者と一緒に出頭して
「弁護人と一緒に取り調べをしてください」と。
「あ、弁護人と一緒では嫌だと言うんですね。警察さんがそう言うんだったら、しょうがないですね、じゃあ帰ります」

これを何度かやったら警察のほうも音を上げまして「取調室の前の長椅子で待っていてください」というふうに、ちょっと態度を軟化させました。

本当は取調室の中に入りたかったんですけど、「まあしょうがないね、警察のメンツも立ててあげよう」と思いまして、取調室の前の廊下の長椅子でずっと待っていて。
「1時間ごとに必ず、被疑者を出してください。1時間ごとの打ち合わせを、必ず被疑者との間に持たせてください」ということをやりました。

その結果、被疑者が何か不利な供述を強いられていないか、調書の内容で何か不利な点が入っていないか、チェックを細かくしました。

それから「捜索差押えへの立会い」ですね……。
これについては、ちょっと苦い思い出があるんですけれども。

私、去年の夏に、急に電話がかかってきて、
「平野先生、助けてください。今、警察が家の前にいます。これから、うちが捜索差押えの対象になると言っています」と。
朝7時くらいでした。

で、私とそのクライアントの家が、電車で2時間くらい離れてるとこだったんですよ。

「これ……今からそこに行くのか (~▽~;)」と思ったんですけど、
とにかく警察に「待て」と言え、と。「2時間そこで待たせろ」と言って、あわててそこに駆けつけていきました。

で、「私が捜索差押えの現場で立会いをするから、警察官さんよろしいですね」と言いました。

が、警察は
「いやいや先生、困りますよ。我々だって別に、悪いことしようとしてるんじゃないんですから、いいじゃないですか」とか言って、ズカズカ入って捜索差押えを始めようとして、私のことを追い出そうとするんですよ。

で、警察官は私には決して手は上げないんですよ。殴ったり蹴ったりすると、暴行事件になっちゃうから。
でも、腹で押してくるんですよ。
(会場/笑い)

結局、そのクライアントの家の前で、ずっと腹で押し合う相撲を30分くらいやって、追い出されちゃったんですけど。私はその時、「もっと体重増やしとけばよかった」と、すごい後悔したんですけれども……
(会場/笑い)

まあ、そうこうしている間に、クライアントに必要な指示はしました。

「捜索差押えの現場は絶対に録画しておけ」と。また、録画する媒体としては、スマートフォンは使うな、とも。

スマートフォンでやっちゃうと、結局、スマートフォン自体を没収されちゃったら終わりじゃないですか。
だから、デジカメとか適当なものがあればそれでやれ、と。

あと、「令状などについても必ず写真を撮っておけ」と。

「令状の写真撮影をさせる義務はない」という判例はあります。
でも、「令状の写真撮影をしてはいけない」という判例もありません。

ですから、警察官がパッと令状を示した時にパシャッと写真を撮っちゃえばいいんですよ。
(会場/笑い)

そういうのを、腹で押し合いながら(押し合う身振り付きで)指示をして、結局帰ってきました。

結局その時には、いろんなものを押収されちゃったんですけど、押収されたものについて、「さっさと返せ」と警察に抗議をしました。

警察は「返さない」と言ったので、裁判所に対して「準抗告」という手続きを取り、結局、一部を返させることに成功しました。でも、まだ一部は返ってきてないので、しつこく裁判所相手にやってるところです。

[スライド▼(Coinhive事件の捜査弁護(4))]

次に捜査弁護の最後として、「処分に対する意見」ですね。

「終局処分意見書」というのを検察庁に対して提出しまして、
「参考文献はこれです」
「こういう論文があるので読んでおいてください」
「この情報によれば、この事件は有罪ではない、仮に有罪であっても不起訴相当である」
というのを長々と論じまして、不起訴を勝ち取る、という活動です。

[スライド▼(Coinhive事件の公判弁護)]

で、「公判弁護」ですね。

「公判前(こうはんぜん)整理手続き」で、裁判官と検察官に対して事案の説明をするところから、頑張りました。

手持ちの参考資料も全部解放しまして、「JavaScriptとは こういうプログラム言語で、暗号通貨というのは こういう仕組みで動いていて」というのを、全部説明しました。

そのうえで、検察官と裁判官に対して理解を求めました。

証拠に関しても結構モメまして。
私、モロさんが、取り調べの時の録音をとってたので、それを、証拠として法廷で再生したかったんですよ。

「反省してんだろぉ!?」っていう、あの音声を聞いた人もけっこう多いと思うんですけれど、あれを法廷で鳴り響かせたら面白いだろうなと思って。
(会場/笑い)

証拠提出を頑張ったんですけれども……検察側の重要な証拠を落とさせる代わりに、こっちの録音の提出も取りやめる、という形でお互い、痛み分けで解決しました。

※文字起こし人注:これについては当日の質疑部分で「何が痛み分けだったのか」を質問した人がいて、平野先生は「音声の提出をこちらが取りやめるかわり、相手もそのときに作った調書を取り下げることになった」と言われていた、と思います。

それから、高木先生とモロさんとの間で尋問の準備を行って、法廷で尋問を行い、結局、無罪を勝ち取ることができた、という次第ですね。

[スライド▼(国選弁護制度)]

「弁護士が何となく役に立ちそうなことは分かった。そういえばオレ、国選弁護っていうのは聞いたことがあるよ」という方も結構、多いんじゃないでしょうか。

「私が弁護士を選任しなくても、国が勝手に弁護士を選んでくれるんでしょ?」と。

ただこの制度、あるにはあるんですが結構、使い勝手が悪いんです。
「財産が50万円に満たない」且つ、
「公判段階か、身柄事件の捜査段階」というものですので。

サイバー関係の多くを占める、普通の会社員とかフリーランサーが、在宅事件で捜査を受けている時点では、使えません。

今まで話を聞いてきた中で、皆さんお分かりになったと思うんですけれども、「捜査段階での弁護」が一番大事です。

「捜査段階で重要な証拠を押さえる」
あるいは逆に
「検察側に重要な証拠を押さえさせない」、
「事件の筋をしっかり立てて、公判に向けて準備を進める」。

この段階で弁護人が関与しないと、けっこう危ないんですよ。
公判段階になってから弁護人を付けたところで、結局、負け戦になってしまいます。

ですから、サイバー犯罪の多くの場合について、この国選弁護制度が使えない、というのは、けっこうキツイところでして。

私選弁護人、つまり皆さんが自費で、自分で選任して依頼するという手続きが必要になると思います。

[スライド▼(弁護人の選び方)]

「……なるほど、弁護士を自分で選ぶ必要があるのか」となったでしょう。でも、皆さん、弁護士に頼んだことがある人って少ないですよね。

頼み方とか、分かります?

先ほど、杉浦理事の説明にもありましたが、「ITに強い弁護士」というのは、決して少なくはないです。私の知る限りでも、何人もいます。

が、大抵はですね、上場企業の顧問弁護士とか、民事専門とか、企業法務ばかりやっている人が多くてですね。

「ITに強くて、かつ刑事弁護をやっている」という人が、少ないんですね。

逆に、一般の街の弁護士事務所で「刑事事件はよくやっている」という人も
多いんですけれども、逆にITが分からない人が多いです。

で、まあ……Webサイトとか検索エンジンは本当にアテになりません。

例えば、「不正指令電磁的記録 弁護人」とかで検索すると、たぶん、SEO屋さんに高いお金を払った事務所がトップに出てきます。本当に強い事務所っていうのはなかなか、出てこないんですよ。

じゃあ、どうやって頼めばいいのか。

私の個人的な感想としてはですね、「弁護士に紹介を頼む」のがベストだと思います。弁護士ってのは、他の弁護士の実績もよく勉強してますし、知ってますので。

まずは分野を問わずに、、身近な弁護士……例えば「大学の先輩の知り合いに弁護士がいるらしいよ」「嫁さんの親戚にいるらしいよ」とか、そういうところから、まずはツテをたどってみて、「ITの刑事弁護が分かる人を紹介してほしいが、何か心当たりはないか」というふうにたどってみるのが、ベストではないかと思います。

で、せっかくハッカー協会のイベントですので、ハッカー協会の宣伝もしておきますと、ここに加入すると、「ITに強く、かつ刑事弁護に強い弁護士」を紹介してくれるらしいです。ぜひ入ってください。

[スライド▼(おわりに)]

最後に。
だいぶ威勢のいいことを言ってきました。
「警察に対して立ち向かえ」とか
「検察に対して立ち向かえ」とか
「裁判で無罪を争え」とか。

でも、なかなか、そうは行かないですよね。「罰金10万円の事件で、どこまで争うのか」というのは、非常に悩ましいところです。

で、「そもそも、そんなに警察とかに楯突かなくてもいいんじゃないか」と。

警察の言うことを全部聞いていれば、たぶん、軽い罰金刑とかで済むだろうし、言いなりになっていればいいんじゃないか、と。

そういう意見もあるし、私はそれを必ずしも間違っているとは思いません。

でも、その時にちょっと思い出してほしいのは、カントという哲学者のセリフで、「みずから虫けらになる者は、あとで踏みつけられても文句は言えない」という言葉がありまして。

そういう風に、警察に対して一歩譲歩してしまうと、別の事件のときに、警察はやっぱり「あの時、いけたんだから、これでもいけるはずだ」というふうになってしまいます。

それが積み重なっていくごとに、だんだん、警察とか検察の捜査が横暴になっていくわけです。

憲法12条の条文を引用しておきました。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」。

いくら憲法の中で、黙秘権という権利があっても、令状主義という考え方があっても、それを国民が活用せずに、国家権力の言うがままに、言うなりになっていたら結局、それは有名無実なものになってしまいます。

ですので、まあ「公(おおやけ)のために戦え」とは言いませんけれども、「これ、本当に戦う価値があるのかな、言いなりになったほうが楽なんじゃないのかな」と悩んだ時には、ちょっとだけ、このことを思い出してください。

ちょうどいい時間になりました。
私からの話は、以上とさせていただきます。
ご清聴、ありがとうございました。
(会場/拍手)

(★58分付近)

※文字起こし人追記:このあと質疑があったのですが、録画からは削除されてしまっています。4月26日当日に自分が聞いていてツイートしたものを、参考までに下に埋め込んでおきます。(全部の質問は拾えていませんし、埋込みも順不同です。ただし、質問のすぐ下にあるものは、直前の質問への回答になっています)


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