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2020.9.2 FUJI ROCK FESTIVAL’2020 in山田家

2020年のフジロックは中止、過去映像の配信になるということを知った時、正直あまり見ようとは思わなかった。フジロック。それ自体をどう受け止めればいいのかよく分からなかったからだ。

山田とフジロックについては、私より詳しい友人が沢山いるだろう。確か19歳?から10年連続で毎年夏には苗場に足を運んでいて、行けない年も夏にはフジロックのことを思っていた。あの時あいつとあのステージで見たあの人が…という話は定番だったし、一番コスパが良い飲み物は二階堂の梅酒割り、ポケットに入れていた5万を落とした、毎年フジロックでしか会わない友達がいる、結局キャンプサイトでずっとお酒を飲んでいて一切ヘッドライナー見てないなど、心揺さぶられたことからマジでどうでもいいことまで、話には事欠かなかった。

私は1度しか一緒には行けなかったけど、雨の森に浮かぶ星型のライトのことや、キャンプサイトでみんなでわいわいご飯を食べたことや、単純にこれだけ沢山の素敵な音楽があるということが全部新鮮だった。ちゃんこ鍋を食べたり、お風呂に入ったりもした。なるほど、これは楽しい、ついつい通い続けてしまう訳だなーと帰りの新幹線で幸せな疲れを感じながら思った。

当たり前のことだが、死んだ山田がフジロックに行くことは二度とない。思い出は有り余っているが、それが更新されることはない。音楽を楽しみたい気持ちはあるが、配信を見ることで色々と考え込んでしまうことも嫌だった。

ところが、見ようとは思わないなどと言いながら、始まってしまえば途切れ途切れながらも3日間配信を見続けていた。そして3日目の夜、私はクローゼットに納めたままになっている山田の遺品の服を整理し半分くらいを処分した。”Set you free”と、呟きながら。

DAY1 8月21日(金)
保育園から帰ってきて夜ご飯を食べていた息子が、疲れた、といってほとんど食べないので、熱をはかってみると39度。夏の疲れもあってか、息子は最近よく熱を出す。急いでシャワーだけを浴びさせて、ベットに寝かせるとすぐに寝息を立て始めた。一晩寝て下がってくれると良いのだけれど。娘もシャワーだけ浴びさせてベットに連れて行くと、同じようにすぐに眠ってしまった。この時点で夜の8時。いつもより1時間半くらい寝かしつけが早く終わった。さて、こういう時は何をするんだっけなぁ。まずはお茶碗を洗って洗濯物を畳んで、それからそれから…。

そういえばフジロックの配信だったな、と思って何となくテレビをつけて、そのまま配信を流しながら家事をした。途中、何度か起きた息子や娘を寝かしつける。

知っている音楽、知らない音楽、色んな音が耳に入ってくる。くるりが歌っているのが聞こえたとき、じっと画面を見た。これはいつのステージだろう。山田はこのステージを見ただろうか。見たかもしれないし見ていないかもしれない。ただもう見ることはない。何故だ。なんでこんなことになっているのだ。ぼやぼやと湧き上がってくる不安。こういう夜はテレビを消して、早く眠ってしまった方が賢明なのかもしれないが、眠る元気も何だかなくて、ぼんやりと画面の方角を見つめ続けていた。

デカい音と共にめちゃくちゃ元気なバンドが出てきて我に帰った。Foo Fightersである。なんかボーカルの人、風神雷神みたいな椅子に座っとるな。いやいや足骨折してるんかい。骨折してんのに何でそんな元気なん?どうやったらそんなにデカい声で叫べんの?こんなんドラゴンボールやん。常軌を逸したパワフルさに何だかもうよく分からなくなって笑いが漏れる。はー、わかった、歯を磨こう、とりあえず。そして寝よう、明日の為に。

DAY2 8月22日(土)
朝になって息子の熱は下がってはいたが、喉も痛いというので念のため病院に連れて行った。帰りにうどん屋に入った頃にはすっかり元気になっていて、テレビで見て覚えたのだという「そんなの関係ねぇ!」を振り付きで披露してくれた。良かったですね。

夜になってフジロックの配信をまた見ていたのだが、Eテレが見たいという息子にあっという間にチャンネルは奪われた。子供たちを寝かしつけたあと、友達たちと「お中元争奪オンライン双六」をした(これがなんなのかは書き始めると長いのでまた別の機会に)。話が盛り上がりすぎて結局誰も双六のゴールに行き着かないまま勝負は次回に持ち越された。skypeで話をしている間は、音が入らないように、音を小さくしてフジロックを流していたが、テレビ画面の中では忌野清志郎やBECKが歌っていた。楽しい夜、背景にフジロック。こんなギフトみたいな夜のことはいつまでも覚えておきたい。

DAY3 8月23日(日)
3日目になってやっと誰が出るのかタイムテーブルをしっかり確認した。なるほど、見たい人、沢山出てますね!今日は特別にご飯を食べながらテレビを見てもいい日として、息子娘と夕飯を食べながら見た。「ガストロンジャー」で絶叫するエレファントカシマシの宮本さんを見ていた息子が「このひと、なんでおおきいこえだすの?わるいから?」と聞いてくる。いやー、まぁ悪いといえば悪い、というかロックとかってやっぱり反骨みたいなところあるのでは?それって悪いからカッコいいみたいな話?じゃないですか?とモゴモゴ言ってみたが、息子には全く伝わらなかった。

いつも通りの旺盛すぎる食欲で、あっという間にご飯を食べ終わった娘は、テレビの前で音に合わせて手を動かしている。娘は「いーち、にー、さーん」と数を数えているだけで、それを歌だと思って踊りだすほどの生粋のパーティピープル(1歳)なので、フジロックはさぞや楽しかろう。しばらく娘をテレビの前に放置して風呂を掃除していたのだが、居間に戻ると随分静かにしている。娘の背中にそっと近づいて、バァ!と声をかけたら、振り向いた娘の顔面と口の周りがウォーキング・デッドばりに真っ赤に染まっていた。「えっ!!!」と叫んだ私をみて、ニヤァァァァと笑う娘。口の端から垂れる赤いよだれ。手には赤いクレヨンのかけらを握りしめている。いやいやいや、ニヤァァァちゃうねん。テンション上がりきってクレヨン食べてもうたんか?手からクレヨンを取り上げて口の中のクレヨンのカケラをかき出し、ティッシュで口の周りを拭いたら、何事もなかったように娘はまた「うーうーうー、あーあーあー」と手を上下に振って踊り始めた。はぁ〜ご機嫌麗しくて何よりでございます〜畳の間に挟まったこのクレヨンのカスも、私めが掃除させていただきますので、心ゆくまで歌い踊って下さいませ〜〜!!

夕飯が終わり、お風呂から上がってパジャマを着た後も、息子が楽しそうに時に真剣に、テレビの前の椅子に座ってフジロックを見ていた。眠そうな娘を先に寝室で寝かしつけて、居間に戻ると、パジャマを着ていたはずの息子が上着とシャツを脱ぎ、何故か半裸になっている。「え?なんでパジャマ脱いじゃったの?」と怪訝な私に向かって「あのかっこいいひととおなじ!!」と息子がテレビ画面を指差した。THE HIGH-LOWSが「日曜日よりの使者」を歌っており、ギターの人は半裸だった。まじかー、いやー、そうね、格好いいよね。それは認める。まぁ思わず半裸にもなっちゃうよね。そうしちゃう君の正直な感性みたいなものがママさんは好きですよ。でもよく思い出して?君、一昨日まで39度の熱出しとったやんか?またお熱上がっちゃうよ、と諭す母の話は全然聞いていない息子。「ねぇねぇ!!パンツも脱いでいい???」「あかん!!!!!!!」

絶対に半裸でいたい(なんならパンツも脱ぎたい)息子VS一刻も早くパジャマを着て欲しい母、の戦いはハイロウズの終わりと共に終了するかと思ったが、甘かった。次に流れてきたのは渋さ知らズオーケストラ「本田工務店のテーマ」であった。赤いふんどしに法被を着た男が舞台に現れて「フジローーーーーーーック!」と叫んだのを見て、息子が「パンツーーーーーーーー!!!」と叫んだ。なんやねんそのコール&レスポンス。「このひともパンツだね」ってなんでそんな嬉しそうやねん。賑やかな音が鳴り響き、バナナを持った女性が踊る。ステージの袖で羊の格好をした人がただ座り、大きな人形が踊る。途中息子が「これはおまつりなの?」と聞いた。そうだね、これはお祭りだ。渋さ、好きだったなぁーー山田。この年に行っていれば、絶対に見てただろうね。

母の願いは届かず、息子は半裸のまま、次のYMOが始まった。「ワイエムオーだ」と呟いた私に「ワイエムオーってなに?」と息子がきく。「この人たちの名前だよ。あそこにレコードあるよ」「パパさん、なんですきだったの?」なんでだろ。聞いたことがあったかもしれないが、詳しくは思い出せない。たとえ覚えていたとしても、私は山田ほどの熱量を持って、YMOのことを、音楽のことを語ることが出来ない。

見せたかった風景はなんだろう。聞かせたかった音楽はなんだろう。YMOのステージの前で揺れる沢山の観客の頭の中に、山田がいるような気がして、ちょっとそこから出てきて教えてくれないかな、と思う。引き出しの中にしまってあった子供用のイヤーマフ、あれをつけて息子をどこに連れて行くつもりだった?子ども達への初機材だ!って張り切って買ってたAkaiのMPKminiplayっていうやつ、全然使い方わからないんだけどどうすんの。

そのうちテンションのピークをすぎて、息子は寝た。寝かしつけを終えて、また配信を見始めた頃には、もう終盤だった。OasisにRed Hot Chili Peppers、豪華だなーと思い眺めていたら、最後に電気グルーヴの新曲が流れた。タイトルは「Set you Free」。

うーん、なるほど。
フジロック2020、3days。半裸になっちゃう息子に、クレヨン食べちゃう娘。復活した電気グルーヴ、”Set you Free"。
さぁ、私はどうする?

世の中には、ありきたりなものから変わったもの、厳しいものから優しいものまで、なんらかのメッセージが溢れている。形は取っていなくても、吹く風や小さなモノの中に潜むメッセージの種を、私たちは巧妙に見つけ出して拡大させる。天啓のように降ってきた言葉や、直感的に見つけ出したと思える道も、結局のところ私たちは自身の研ぎ澄まされた経験を元に探し、選んでいるのだ。0.000001秒のスピードで。

今、私は必要なメッセージとして何を選ぶか。
私のお墓の前で泣かないで下さい〜というのもなんだかなと思ってきたし、涙そうそう〜とかで泣きたくない(どちらも大変な名曲であることはもちろんだが)。胸に残り離れない苦いレモンの匂い〜、というのは気が狂いそうなくらいいい曲だが、私が欲しい世界観とは少し違うような気もする。

では”Set you Free”ならどうか。”Set you Free”なら。

PVが始まると、曲のリズムに沿って、海の上を飛ぶ鳥のような目線でカメラは進んだ。そのスピードに並走するように、海の中からラジカセが飛び出した。トビウオのようにギターが飛び出し、グランドピアノが飛び出し、そして小さなシンセサイザーが飛んだ瞬間、決めた。私は”Set you Free"というメッセージを受け取るのだ。

PVが終わったのを見届けて、台所の棚からゴミ袋を取り出し山田のクローゼットの前に立った。擦り切れているシャツ、古くなったカーディガン、袖が少し破れているコート。順番にゴミ袋に詰め込んでいく。どれも山田がよく着ていたものだ。だから擦り切れて古くなっている。けれどそれらは、例えば誰かに譲ったり、寄付したりという選択肢には入らない。一般的な価値からいえば、最も必要がないものになった。悲しいことだが、残されたものの全てを持っていくことは出来ないのだ。

クローゼットの中の半分くらいをゴミ袋に詰め込み、よく着ていたジャケットに手をかけた時、ジャケットの胸ポケットが大きく膨らんでいることに気が付いた。何か特別な物でも出てくるのかな?とポケットに手を入れると、出てきたのは、マスク、ポールウィンナーの包装フィルム、ぐちゃぐちゃに丸められたホワイトロリータの包装フィルムであった。あほかーーーーーーーーー!!ゴミやないか!!死んでもふざけとんな??いやまぁ、山田っぽいといえばぽいわ〜。と思って笑ってしまう。深刻になりすぎるな、ということか。

ポケットの中身をゴミ箱に捨てようとして、不意に、ぐちゃぐちゃに丸められたホワイトロリータの包装フィルムを丁寧に開いて伸ばし、宝箱のようなものの中にしまっておきたい気持ちに駆られた。私は誰にも見られないように、時折それを取り出してうっとりと眺める。それはただのゴミに過ぎないが、光に照らされた透明な長方形のプラスチックの包み紙は、キラキラと光るだろう。私しにしか意味を持たない高潔なゴミ。それは悪くないように思われた。

だけど、”Set you free”。私が受け取ると決めたものは”Set you Free”なのですよ。”you”が意味するのは、あなたか、私か、それとも他の何かなのか。どれにせよ、思い出に忠誠を誓うだけでは生きていけない。忘れたくない、忘れてはいけない、忘れてしまいたい、忘れてしまう。その間を行き来する感情の中心にずっとあるもののことを、私は多分わかっている。それを自覚するのは、苦しく残酷なことでもあるが、言うね。私は、未来が、欲しくて欲しくて、たまらない。

ポケットの中身をそっとゴミ箱に捨てて、クローゼットに向き直った。半分ほど服がなくなりゆったりと広くなったクローゼットは、風を含んで少し軽くなったように見える。まだまだ沢山ものは残っている。衣装ケースの中には過去のフジロックTシャツも入っているのだが、時が来ればそのTシャツの行き先もきっと見つけられるだろう。”Set you free”と呪文のように歌いながら。

夏の暑さは苦手だ。それでも、来年も再来年もフジロックの季節はやってきて欲しい。クローゼットがもっともっと軽くなり、必要な思い出だけをそっとポケットに忍ばせられるような日がきたら、その時は。夏の苗場で会いましょう。


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