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改訳「或る会話についての会話」ボルヘス

或る会話についての会話
ボルヘス

A―「私たちは不死についての議論に熱中し、夜だというのに灯りをつけるのも忘れ、互いの顔すらわからぬ頃になると、聞えてくるのは、マセドニオ・フェルナンデスが、あの落ち着いた迫力ある穏やかな声で淡々と、霊魂は不滅、霊魂は不滅、とくりかえす声。彼が言っていたところに拠ると、肉体の死はくだらぬことに過ぎず、人間の身に起る無意味なことの最たるものだと。彼のバタフライ・ナイフを開いたり閉じたりして戯れていた私は、近所から流れてくる《La Cumparsita》のだらだらとしたリピートを聞きながら、(〽言ってくれ ぼくの傷ついた心に なにをしたのだ)…… 古くからある歌詞だというでたらめを信じ今でも多くの連中がこの深刻ぶった愚劣な歌を好んで聴くらしいが…… (〽きみがいなくなった部屋には きみがいた時のように もう朝の太陽も 窓から覗き込もうとはしない)…… やれやれ死んじまおうか、それなら議論に邪魔が入らなくてよかろうと彼に持ち掛けた」
Z―(からかうように)「で、結果、覚悟がつかず?」
A―(そっと)「ほんとうのことを言うと覚えていないんだ。あの晩私たちは自殺したのだろうか?」

〽ぼくたちのあの仔犬も
きみがいなくなると
傷心のあまり 食べなくなり
ぼくだけしかいないので
ある日 ぼくを見捨てて
姿が見えなくなった


(二〇一五年三月二日第一稿)



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