顔が笑ってない


写真をみて、性格が悪いから笑ってても顔が笑ってないだとか、言ってたやつ、思い出すと腹が立つな〜

私はたしかに写真だと固い表情のものが多いよ

なんでかっていうとそれはやっぱり自分の顔にコンプレックスがあるし
言葉にはしないようにしてるけど、ほんとは毎日かわいくなりたい、もっとかわいかったらよかったのにって思ってる。
写真はみんなに評価されるし、心ない悲しい言葉を色々投げられるからね〜

いろんなものに挟まれる状況の中、複雑な心境だけど表向きには隠そうとしたりする中で、謎の解釈されること多々ありすぎて人間不信にもなったし、人を信じる気持ちを失いかけた。

写真は特にタイミングとか角度とか悪いとほんとにただのブサイクにしか写らないから
極力無難な真顔になるしかないんだよ


そういうこと言う人がいるから尚更、自分に好意がない人が見てる空間で素直な自分でいられるわけなんてないんだよな。

そんなこと言ってくる人なんて本当に心ないし、気にする相手でもないんだよねってわかってても、気にしちゃうもんだし、そんな奴のせいで影響されちゃって悔しいなって思うよ。

だって本当はいつだって、純粋な眼で見てくれて聴いてくれて、楽しんでくれたり、気持ちを持ち寄ってくれて、好きだと思ってくれている人へ応えていたいのに。
世界には邪魔してくるものばっかりで、純粋なはずだったものまで連れて行かれてしまう。
だからこそ、大切にしたいと思う、尚更。

自分なんかの応援は必要ないよなって思ってしまったりする気持ちはすごくわかる。
私にとっては、どんな形での応援も必要だし求めているよ。
老若男女問わず、どんな人からの好きも嬉しいし、大切に思う!
アイドルとして好きも、女の子として好きも、人間として好きも、音楽だけ好きも、見た目だけ好きとかでも、みんな嬉しいよ。
(ただし、変態な目で見てくるのは禁止!本気で付き合いたいとか繋がりたいとかは無理ぽよです。)

でも、一人一人、人として向き合えたらいいなとは昔からずっと思ってはいる。
大体の人は、私なんかにも偶像としての夢をみてくれているらしい事実を知ってびっくりしたりした。
わたしはみんなと同じ人間だ。
だけどみんなは、同じ人間でいる事実を知りたくないって思っていたのねーって思うと、果たして私は何のためにここに立っていたのかと虚しくもなるのです。

アイドルが大好きになったのも、
アイドルになりたいと思ったのも、
サンリオが好きになったのも、
"信じて歩むこと"から目を逸らしたくない、もうこれ以上逃げ続けていたくないって思う自分がいたからなんだ。

今だってそう、いつでも全てを諦めそうになる。
みんなが無理だって言ってきて、期待もしてなくて、可能性ゼロって勝手に判断されて、
難しいよ?ってそんなん当たり前で、難しいからやらないなんてそんなこと私言いたくないわ。

ゆるめるモ!の曲、特にほとんどの曲を作詞してくれている小林愛さんの歌詞は、そんな私の気持ちをいつも揺さぶってくれた。
曲を通して、この曲たちが持つメッセージを伝えたい届けたいと思うようになったし、自分自身にも届けたいと思った。
答えはない。
だけど、そこに問いかける為のメッセージ。
ゆるめるモ!の曲たちには、アイドルだからとかそういう世界線は必要ないって思うようになったし、そんなの関係なくてそこにただ伝えたいと言う気持ちだけでステージに立つようになった。
だけど、アイドルであることは変わらなくて、いろんな矛盾を常に感じながら、でもそれもまた当たり前に存在する世界だということを受け入れて立っている自分もしっかりとそこにいた。

アイドルらしく?いられるならその方が良かったのかもしれないし、そっちのほうが楽だったのかなとか思ったりもするけど
仕事としてとかよりも、今を生きる私の気持ちや、この瞬間の大事なものについて向き合いたいんだ。
人間としての表現をして、伝えて、ごめんねとも思ったりする。

つくづくこの自分の性分は、この時代と社会に逆行しているのだろうなと思う。
険しい道のりだと分かっていながら、それでも自分の選んだ道をいつも進んできたので、今もこれからもまた、傷を背負って道なき道をゆくしかないのだ。

出会い、別れ、それぞれの道を歩む者に、幸あれと心から願っているの。もちろん、愛故に。


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