太宰好きによる「人間失格―太宰治と3人の女たち」感想

 小栗旬さんがとにかくはまり役だった。酒の場では陽気で、女性の前では2枚目で、子供の前ではいいパパで。それは太宰の「見栄を張る」という性格に全てつながっていると思うが、その本質を感じさせる演技が素晴らしかった。どぎつい場面も多いので、ともすれば太宰の「下品」「クズ」な面のみが強調されるようなストーリーにもなりかねないのに、小栗旬さんの演技によって太宰自身に深みが出て、心の奥底での苦悩が感じられる。劇中でも「嫌なことから逃げている」と言われていたけど、自分の見栄のせいで、逃げることしか選択できない、そういう苦悩ははっきり語られてはいないけれども、画面の中からダイレクトに伝わってくるのに感動した。
 

 「3人の女たち」と題にある通り、太宰の周りにいた太田静子、山崎冨栄、妻の美智子と太宰とのやり取りが物語のメイン。静子は映画の前半だけでほぼ出番は終わっていたけれども、彼女と『斜陽』との関連がピックアップされていたのが太宰好きとしては嬉しかった。恋に恋して、恋に生きるような無邪気な女性だけれども、今回でてきた3人の中では一番幸せに終わったんじゃないだろうか。不倫関係であっても、あんなに無邪気に人に恋ができるのは、ある意味尊敬できるところがある。

  妻の美智子は、劇中では『ヴィヨンの妻』とも揶揄されていたけれども、太宰を真剣に愛し、支え、尊敬していたということが伝わってきた。太宰の作品をほめないのも、太宰に一流の作家になってほしかったからだろう。それが伝わってくるゆえに、太宰とのすれ違いが一層悲しくなる。太宰も、子供たちのことはかわいがっていたし、妻のことももっと大切にしたかったんだろうと思う。けれども、ほめてくれない、認めてくれない(と思っていた)妻を、素直に愛することができなかったんだろう。それでも、太宰がほかの女と死んだあとでも、太宰のことを語り継ごうとした(『回想の太宰治』)のは、美智子が本当に太宰を愛して尊敬していたからこそだと思う。3人の中では、最も強い女性だった。
 

 冨栄は、登場時も、太宰を好きになった時も、描写が少なくてちょっと急展開気味だったのがあって、あれだけ太宰に依存できた理由をもっと知りたかったと思う。太宰を狂気じみたほど愛して、太宰のために死のうとして、そして最後には一緒に死んでいく。そういう冨栄の心理が、いまいち読み取れなかったのが、自分の読解力のなさゆえだけれども、残念だった。それでも、嫌なことから逃げてきて、肺病で死にそうになっても生きたいと願っていた太宰が、最後に冨栄と死んでしまったのは、冨栄にそれだけ人を引き付ける何かがあるからだろうと思う。最初は太宰も冨栄を好きだったけれど、最後はそうでもなかったのではないか。それでも、最後には心中を受け入れてしまったのは、もう逃げられないと悟ったからだろう。静子は『斜陽』で、美智子が『ヴィヨンの妻』ならば、冨栄は『グッド・バイ』なんじゃないだろうか。
 

 他の登場人物も、いい味を出していたと思う。ただ、坂口安吾も、三島幸雄も、本当に脇役という感じで、多くは語られなかったのが残念だ。太宰治メインのストーリーだから、仕方がないけれど。編集者の佐倉さんは、太宰を心底軽蔑しながら、また心の奥底では尊敬している。そんな2つの感情をうまく処理できずに、冨栄を救おうとして救えなかったり、酒の席で虚仮にされながらも太宰についていったり、不憫な立ち位置だったのがかわいそうだった。けれども、『人間失格』を書かせたのは佐倉さんだと考えると、彼も太宰の中では大きな存在だったんじゃないだろうか。そう思わないと、本当に彼が不憫だ。
 

 長々と語ってしまったけれど、太宰治好きにとっては見る価値がある映画だと思うし、そうでない方もこの映画で太宰の魅力を知ってもらえればと思う。個人的には、『如是我聞』に言及があったのがうれしかった。これは太宰作品の中でぜひ読んでほしい作品だから。そういうところも含めて、この映画を楽しんでほしいと思う。

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