BL同人誌無断転載の知財高裁判決文を読んだ
※素人が個人的な頭の整理としてまとめたものです。
令和2(ネ)10018「損害賠償請求控訴事件」
令和2年10月6日/知的財産高等裁判所
裁判例結果詳細
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=89748
どんな裁判か
原告(訴えた方)同人作家
被告(訴えられた方)BL同人転載サイト運営会社
※原作者は一切無関係
原告の主張(ざっくり)
R18二次創作同人誌の内容をWebサイトに勝手に全文掲載されたため、当然得られるべき売り上げを失った。そのぶんの損害を賠償して。
(地裁の判決での賠償額に不服があり控訴)
被告の主張(ざっくり)
その同人誌は①原著作物の著作権を侵害した②わいせつ作品だから公序良俗に反する違法なブツ。そんなものから利益を得る権利はない。(権利の濫用)だから賠償しません。
(賠償を求める地裁の判決に不服があり控訴)
判決(ざっくり)
被告は著作権侵害をしたので地裁判決通りに損害賠償しなさい。
被告の主張(もう少し詳しく)
【言いたいこと】当該同人誌は違法。
1)著作権侵害だから違法
原作のキャラクターを無許可で使用しており著作権の以下の各権利を侵害している。
①複製権の侵害 キャラクターを複製したので複製権を侵害している。誰がどう見ても似ているってレベルなら原作の特定のシーンとの類似を立証しなくても良い。(サザエさんバス事件等の判例を元にしていると思われる)
②翻案権の侵害 原作のキャラや設定を流用した作品であるため当該同人誌は原作の翻案であると言える。無断で翻案したので翻案権を侵害している。
③同一性保持権の侵害 原作にないわいせつなストーリーに勝手に変えることを著作者が許可するはずもなく、あきらかな同一性保持権の侵害である。
2)わいせつなので違法
・当該同人誌の原作にない創作的部分はわいせつ性がある。わいせつな作品は著作権保護の対象とならないか、仮に著作権は認められるとしてもわいせつ図画の販売は認められていない。
【主張】違法だからダメ。
アウトな同人誌による金儲けを阻害されたからってそもそもアウトな同人誌売ろうとする方が悪いので法の保護を受ける権利はない。よって損害賠償はしない。
知財高裁の判決(のうち、著作権とわいせつ性に関わる箇所)
①「キャラクター」という抽象概念は著作権の保護対象ではない。(ポパイネクタイ事件の判例による)そのためキャラクターの類似性があるからといって著作権侵害の問題は生じない。
②連載漫画やシリーズもののアニメでは、著作権はそれぞれ創作性を持つ箇所が初めて出現した場面に紐つけられる。侵害を問うのであれば、その創作性が初めて表れた部分を明示すべき。「キャラクターが明確に似ているから侵害だ、誰が見てもわかるくらい似てるんだから具体的にどこの場面とか言わなくていいでしょ」とする被告の主張は不十分なものである。
(※被告はサザエさんバス事件などの判例からキャラの類似を示せば十分と主張したが、最高裁判決の出たポパイ事件の判例によって否定されるよ、というのが知財高裁判決の判断、てことだと思う)
③被告はいくつかの原作シーンと漫画シーンを比較して侵害を主張したが、検討の結果、共通/類似点は容姿や服装といった基本設定部分だけ。(=ストーリーがまったく異なるので、筋書きの翻案とは見なせない。)
そして、容姿や服装の基本設定がその原作シーンで初出であると示す証拠は提出していない。
よって、侵害を問うに足りる証拠がない。
④キャラが類似しているのは確かなので、仮に類似箇所の原作初出シーンを特定した証拠が提出されれば、複製権侵害を問える余地はある。
しかし、その場合でも、侵害されたとされる創作性の本質部分は容姿や服装といった設定部分であり、ストーリー部分ではない。そして、本質にあたる設定自体は、同人誌でも改変していない。
つまり、同一性保持権の侵害(=勝手な改変)にはあたらない。
⑤ ①~④をまとめると、被告の提出した証拠では、「著作権(複製権・翻案権・同一性保持権)侵害」があるという被告の主張は立証できない。
⑥仮に、十分な証拠の提示により「基本設定部分の複製権侵害」を立証できたとしても、当該同人誌はそれ以外の筋書き部分などに十分なオリジナリティを認めることができる。
だから、(侵害の有無にかかわらず)同人誌そのものは著作物(二次的著作物)であり、したがって著作権があり、損害賠償請求などの権利行使は可能。
⑦ わいせつ性について検討したが、権利を失うほどの過度なわいせつ性はなかった。
以上のことから被告の主張(損害賠償しません)は却下。ただし原告の主張する賠償金額は多すぎ。地裁判決通りに賠償しなさい。
メモ
・参考)ポパイネクタイ事件
ポパイの絵柄のネクタイを勝手に作った会社が訴えられた事件。
ポパイという作品自体は連載が続いているが、「ポパイという作品」「ポパイというキャラクター」という抽象概念は著作物として見なさない。著作物とされるのはあくまで「表現」。
連載漫画の「キャラクターの見た目」などの表現については、各々の初出回を起点に考えるものとする。ゆえに、ポパイの見た目は著作権保護期間が過ぎちゃってる(ポパイの著作権を有するのは法人のため、初出からの年数で計算する。)。だから複製しても侵害にならない。
→「キャラクターという概念」と「見た目の表現」を切り離し、キャラクターという概念そのものには著作権はないとした最高裁判決。
https://copyright.rima21.com/popeye-tie-the-supreme-court/
※ポパイという作品の著作権を団体が持っている(=発表年を起点とした著作権保護期間となる)ことから「漫画の登場人物について、どんな権利がいつ発生し、いつ失効するか」という検討がされたっぽい。ちなみに個人が有する著作権の消滅は死後70年。
・参考)「ときめきメモリアル・アダルトビデオ無断作成販売」事件
訴状 http://song-deborah.com/copyright/copybusiness/copyrightdispute/980710KONAMIpetiton.html
ときめきメモリアルのキャラクター「藤崎詩織」が性行為を行うアダルトアニメビデオをコナミが訴えた事例。1999年。販売総額は約70万円だった。地裁判決により、販売差し止め、賠償金等。
キャラクターの図柄を著作物として認め、清純な女子高生キャラクターの性行為を描いたことで同一性保持権の侵害と判断された。
今回の裁判で被告が「原作にないようなわいせつ行為をさせることは著作者が同意するはずもなく、同一性保持権を侵害している」と主張しているのはこの判例があるからかも?
著作権者からの訴訟であること、連載漫画やアニメではなく1本のゲームであることから著作権発生箇所の特定が容易であること、コナミがキャラクターの清純イメージを重視した商業戦略を行っていたこと、訴えられた作品が「性行為アニメ」であったこと(オリジナリティが弱い?)、などが相違点だろうか?
・「翻案」とは
「既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現形式を変更して新たな著作物を創作する行為」。具体的にはコミカライズ、ノベライズ、ドラマ化、映画化、ゲーム化、リライトetc。同じ作品を媒体や表現を一部変えて作り直したもの、と考えるとわかりやすいように思う。
二次創作は翻案にあたるからダメとよく指摘されてきたが、今回の判決では「キャラの容姿や服装は原作のものをそのまま流用し、設定や物語の舞台なども共有するが、筋書きはまったく異なる話」は「表現上の本質的な特徴」を共有しないため「『翻案』にあたらない」と示された、と言えそう。
・結局二次創作同人誌は著作権侵害?
今回の判決から見る限り、二次創作同人漫画の場合は、人物の容姿、服装、アイテムその他、原作と見た目を揃えている箇所について、複製権侵害を立証できる余地はある。ただし、裁判でその侵害を問うのであれば、漫画の特定ページとかアニメの特定場面とかの「その表現の本質が初めて現れた箇所」を特定してちゃんと立証しなさいよ、てことかな。
二次創作がストーリー漫画だと「作品の本質」としては筋書きのほうに比重が大きそうなので、見た目設定についての複製権侵害が認められたとして著作権者がどこまでの権利行使ができるのかは謎。
一枚絵のイラストとかコスプレとかは「見た目表現」の比重が高いと思うので、侵害の程度の認定が変わってきそう。「アニメのエピソードをそのまま漫画で描いてみました」的な作品はアウトになりそう。
・二次創作小説は?
「設定やアイディアは著作権での保護対象ではないので、二次創作小説とか勝手に書いた続編は著作権侵害じゃないんですよ」ってのは実はすでにいろんなところで言われてるんですが、今回の判例でも補強されたかなと。
(もちろんキャライラストの挿絵や表紙がない、ロゴなども勝手に使ってない、作中に原作独自の表現を使いまくったりもしてないやつ)
・商標権
キャラクターが著作権で保護されなくても、商標登録されていれば商標法で保護されており、そっちの角度から侵害を問える。
・漫画のわいせつ性
成人向け漫画がわいせつだとして逮捕・告訴され、最終的に罰金刑となった事例はある。「松文館事件」、平成17年最高裁。性器の形状や性交の様子が詳細に書かれ、網掛けなどの「修正」が不十分であったことからわいせつ物と判断され、150万円の罰金刑となった。
それはそれとして
「二次創作と著作権」の話と、ファンとして・クリエイターとしてのモラルはまた別の話。ファンと権利者が「お互い気持ちよくやっていける」ラインの見極めは大事と思う。
ただしその話題に「著作権」という観点を持ち込むのであれば「どこが、どのように、なぜ違反か」は正しく把握すべき。ふわっとした認識で嘘を広めるべきではない。
同人作家が第三者から「盗人猛々しい」とか「二次創作も海賊版も同じ」などと言われる筋合いはないし、その点についてこの判決は大いに拠り所になると思う。
・ついでに
「利益を得ているかどうか(営利であるかがどうか)で著作権侵害にあたるかどうかが判断される」という誤解が早く消え去るといいな……
(権利ホルダーが権利行使をするかどうかの判断材料にはなると思う)(でも営利性より損害の有無(安い同人グッズのせいで公式グッズの売れ行きが阻害されるとか)のほうが重要視されるんじゃないかな)
10/9追記
原告の担当弁護士のかたのツイート。そうなのか~。
漫画やアニメを原作とした、絵柄の異なる漫画同人誌を、キャラクターの服装や容姿の類似をもって著作権侵害として訴えるのは相当難しいっぽい?
弁護士の方の連ツイ。長いスレッドなので飛ばし飛ばしでいくつか引用します。
とのことで、同人誌名は公開されてるので見てみたんですが、よくある(すごく上手い)女性向け同人作家さんという印象。
どのキャラを描いているかは一目瞭然だけど、絵柄はその人の絵で、原作の漫画やアニメのものとは異なる。二次創作ってだいたいそうですが。
10/11 さらに追記
地裁判決
平成30(ワ)39343「損害賠償請求事件」
東京地方裁判所 令和2年2月14日
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=89638
同じ事件の地裁判決。
知財高裁で争われた
・わいせつな二次創作同人誌は法の保護を受けうる著作物か
・賠償額は適正か
のほかにも、
・ペンネームとサークル名で発表された同人誌の著者は原告か
・当該Webサイトの運営は被告の会社か
・当該Webサイトに当該同人誌が掲載されたことに被告の会社は責任を持つか
・各漫画にどの程度アクセスがあったか
・無料公開された漫画にアクセスがあったことで同人誌の売り上げにどのようなダメージがあったと計算すべきか
などなどさまざまな観点から争われている。
無断転載されたことを訴える場合、これらの証明をせねばならないんですね。人気同人作家さんはこのあたり意識しとくといいのかも。(印刷部数や、サークル名・ペンネームと自分の関係性など)