「ダンスマカブル」各キャラざっくり感想(1)

現時点で思ったことをつらつらと。結末をめちゃめちゃネタバレしてます。
4人書いて「ざっくりの量じゃねぇな!?」て思ったので、書けるところまで書いては休憩して小出しにしていこうかな……。
とりあえず、リーベル、クウラ、フーガ、クヴァルについて。

リーベル

最初から最後まで一貫して、自分のやりたいようにやった人だったな。強すぎて、高潔すぎて、自分の理想のために痛みを引き受けることも、危険な賭に出ることも、誰かを大事にすることも、あたりまえにできてしまう、人間は自分ほど弱くないし、弱いことは必ずしも悪いわけではないというのを、なかなか実感できないままずっと走れてしまう人だったな……というふうに思います。
強く美しくありたいと願い、本当に強く美しくあれてしまう、希有で、でも、はた迷惑な人でもある。光として、あまりに強くて、周囲が飲み込まれてしまう……。
言いたいことは分かるけど人間そうそうアンタみたいになれねぇんだよ!て感じの……でも、リーベルみたいな人間が美しいものを美しいと、間違ったことを間違っていると、全身全霊で叫んで、まわりみんな巻き込んで変えようと動いて、そうやって世界って変革されていくんじゃないかなとも思う。

偶像であることをアルムに求めたのは正直ぞっとしたけれど、リーベルは、根っこにある信念は否定しがたく美しくて、でも人々のための施策の実行者としては人間の多様さを知らないという、美点と弱点のある人だったんだなぁと思ったら、なんだか納得しました。
リーベルの希望であったアルムが、「リーベルの願いを叶えるため」でなく、「自分のやりたいようにやるため」に生きて、喋っている下のルートの結末は、とても素敵だったな。

リーベルは、革命の英雄として志半ばで息絶えることでしか、彼の物語に美しいエンドマークをつけることの難しい人だった……そんな風にも思います。せつないけれども、これもまた人間。

クウラ

最期まで地に足が着いていて、とても素敵だった。リーベルという人物の隣にいながら、彼に感化されすぎず、自分の視点を持ち続けているところがいい。リーベルがいなければ抵抗組織リベリオンを作ることも、そのナンバーツーとして組織を回すこともなかっただろうけど、きっかけはリーベルでも、自分自身の選択として世界を変える活動に加担してきたんだな。でもクウラはリーベルと自分を同一視せず、自分にできることとリーベルにできること、自分の考えとリーベルの考えを分けていられた。それがクウラがずっと生き延びている理由かなと思います。
クウラがリーベルの幼馴染みで、ずっと一緒に、対等の人間として歩んでこれたからこそかもしれないな。でも、もしかしたら昔はそうでなかったかも。リーベルに引きずられている自分、リーベルの選択を自分の選択にしている自分に気づいて、いやそうじゃねえだろ、俺は俺で俺の人生選ぶんだろって、立て直したことがあったのかもね。

フーガ

フーガについてはふせったーでも散々語ったんですけれど、憧れの英雄を追いかけた結果、自分自身はリーベルみたいになれないちっぽけな人間だと思い知らされてしまったのが、本当に苦しかったんだろうね……。
戦いの場、痛みと苦しみの場でなければ、フーガがあれほど自分を卑下することもなかったろうなと思う。壊れないように神様に仕立てていたリーベルが、いつだって自分を助けてくれる、なんでもできるリーダーが、人間らしい弱みを見せ、ほだされたり、間違ったり、負けたりして、その結果として自分が酷い目に遭って、それでもリーベルを憎むのだけは嫌で……。怒りをアルムに向けずにいられなかった。
「フーガとアルム」の関係で見たときにはアルムに友情を感じていても、リーベルにとってのアルムという存在が、フーガには許されざるものだった。そんな風に思ってしまう自分がまた汚くて腹立たしかったんだろうな。
フーガはリーベルという一個人に心酔していたけれど、リーベルの願ったことを理解しようとはしていなかったんだろうなぁと思います。リーベルがすべてだから、彼のしたいことが正しいことで、自分が判断なんてする必要がないって。
フーガもまた、愚かでせつなくて、彼の居場所で懸命に生きた人間でした。
アルムが最後にフーガを友人と呼んで、礼を言った場面、すごくよかったな。

クヴァル

すっごい典型的な「あっ駄目じゃんこの人」なキャラとして出てきて、前編の後半でどんどん独りよがりな偶像押しつけを晒して、うわあ……って思ったんですけど、一ヶ月ひとり考え続けて、やり直したいと自ら動き出すところ、すごく良かった。
「生きていれば変われること」の象徴のような人物かなと思います。
ともに育ったアルムのことが、とても好きだったんだろうな。彼が愛したアルムは、「天子という偶像」ではなく、優しくて、好奇心旺盛な、アルムその人だった。ただ、それと知らずに押しつけられていた価値観が、余計なラベルや縛りをつけていたし、アルムの本心や価値観がこうだという思い込みを持ってしまっていた。そこを切り分けて、天子だからアルムを敬愛したんじゃなくて、一緒に育ったあの子が大事で友だちになりたいんだと、自分の気持ちを整理した。自分の大事なあの子が憤っている、この世界のありようは、どういうものだろうと、もう一度考えてみた。そうしたら、結論が出たんでしょうね。
ミゼリコルドとロイエの会話が聞けたのは、クヴァルにとってものすごい幸運だったなと思います。だってもう葛藤がいらないじゃないですか。ナーヴの仕打ちは、アルムにとってあきらかに酷いんだもの。アルムが大事だ、を価値観のてっぺんに置いたなら、クヴァルにとって世界はすごく簡単だ。
そんな彼の一番の見せ場は、上の選択肢で「アルムとともに永遠を歩くことを選ばなかった」場面かなと思います。あそこに至って、ようやくクヴァルは自分とアルムを切り分けることができたんじゃないだろうか。アルムが覚悟を決めて永遠の命を選んでも、それを自分は選べない。でも、そばにいる。他者で、価値観も違って、でも、友達。
もしアルムが永遠を選んだとしても、ずっと側にいて、最後には、きみを置いて行ってしまってごめんね、でもずっと友人だよって、笑っただろうなと思います。

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