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お金持ちになる方法をちゃんと考えた、大学生の時の話

(画像引用:FX戦士くるみちゃん)

「お金持ちになりたいな」
漠然と小さい頃からそんなことを考えていた
生まれ育ったのは年収500万の中流階級なのでお金に絶望的に困った経験はない
しかし親の教育が熱心だったため、そういった考えに自然と至っていた

想像するお金持ちは石油王とか社長とかとは違い「大手企業に就職してリーマンしながら年収1000万をもらう」みたいなことだ
いわゆるエリートだ
親や自分が現実的だと思えるラインがそこだったからだろう

大手企業に就職するには有名大学に進学すればいい
そして実際に大学進学し一人暮らしを始めて、初めて親元から離れて
自分の頭だけで考えられる環境ができて、思った

「就職したくないな」

自分がやりたくもない仕事を、周りの評価や見栄のために続け、嫌だと思いながらも環境から抜け出そうともせず、グチグチ文句だけ言いながら現状に甘んじる…

そういった人生って地獄じゃない?

でも、お金は必要だ
そこから「どうにか就職しないで金を稼ぐ方法はないか」と考え始めた

そもそもお金って何?

当時の自分の考えでは「労力を代行した価値」というのが当てはまる言葉だと思う

例えば庭の草むしりをしなきゃいけないが面倒くさい
誰かにやってもらいたい
でも、誰もやりたくない作業だし頼んでもやってもらえないだろう

そこで生まれるのが「草むしりを代行する価値=給料」だ

・牛丼屋で客に対応する労力の代行
・イラストを上手くなり目的の絵が描けるようになるまでの労力の代行
・車を作る技術や材料集め組み上げを自分でできるようになるまでの労力の代行

上記3つは下にいくほど値段が高くなっていく
原価とは関係なく単純にもらえる利益が高くなる、という意味だ

なぜなら個人でそれをするには多大な労力がかかるからだ

労力が高ければ高いほど、もらえるお金が多くなる
大変な仕事ほど、もらえるお金が多くなる…

…………

ここまで読んで「確かにそうだな」と思う人もいれば「いや、それは違う」と思う人もいるだろうと思う

「それは違う」と思った人は、ひとつ上の枠組みを知っている人だ

「大変な仕事ほどもらえるお金が多くなる」
これは事実だが、一部の事実だ

さて、ここからは少し分かりやすくするためにゲームに例える


RPGでお金を稼ぐには勇者がモンスターを倒せばいい
強いモンスターほど多くのお金を落とす
命の危険は伴うが強いモンスターをたくさん倒せばお金持ちになれる…

一方で街のアイテム屋
薬草というアイテムは安全な森で取れる
薬草は勇者がモンスターと戦うには必須アイテムだ
ならば薬草を安全な森からたくさん取ってきて高い値段で勇者に売るのはどうだろう
自分は安全だし、街にもいられ、お金も稼げる

結果、儲かるのは勇者よりも「アイテム屋の店主」だ

話はここで終わらない

アイテム屋の店主は思う
月の稼ぎが100万円になった
しかし、2店舗目を開けばもっと稼げるのではないか?

2店舗、3店舗と拡大し、店主は10店舗を持つアイテム屋オーナーになったアイテム屋オーナーは10店舗を持つので月に1000万を稼いでいる
それぞれのアイテム屋には店主を雇い入れて管理させている
10店舗も抱えると従業員の管理やトラブルで毎日が大忙しだ

アイテム屋の繁栄を見た村人Aは薬草を工夫して回復力を高めた軟膏ならもっと売れるのではないかと考えた
しかし村人Aには店を出すほどの金がなかった

そこで彼は友人Bにお金を貸してもらえないか頼んだ
「店の稼ぎの10%をくれるならいいよ」と友人Bは了承した

村人Aの軟膏屋は大繁盛し、20店舗を構えるまで大成長した
村人Aは各店の管理で大忙しだ…

…………

一方で友人Bは仕事をするでもなく城下町の一等地でワインを飲んで暮らしていた


もらえるお金は労力ではなく仕組みで決まっている

これはキャッシュフロー・クワドラントと言う
世の中の仕事は4つに分かれている

・従業員
・自営業
・オーナー
・投資家

従業員というのはアイテム屋に雇われ働いている人たちだ
自営業というのは勇者のように誰にも雇われるでもなく自分で仕事をしている人たちだ
オーナーはアイテム屋オーナーや軟膏屋オーナーのことだ
そして投資家は、友人Bだ

この中で最も労力をかけずに大金を稼いだのは誰だろう?

間違いなく友人Bだ


「大手企業に就職してリーマンしながら年収1000万をもらう」
これが自分の想像できるお金持ちの姿だった

しかしこれはアイテム屋の従業員に過ぎない

どれだけがんばってもアイテム屋オーナーより稼ぐことはできないし、友人Bには言わずもがなだ
たとえ、自分がアイテム屋オーナーや友人Bより優秀な人間であっても、だ

そして実は世の中は往々にしてそうなっている

本当に優秀な人材は「従業員」として働いている
そうしないと世の中はとてもじゃないが回らない
オーナーや投資家は「どうか気付かないでくれ」と願いながら彼らに働いてもらって暮らしている


私の大学の同期に官僚になった人がわんさかいる
いわゆる霞が関勤めの公務員だが、これが最たるものだと思う

官僚になる人たちは非常に優秀だが、安月給で激務、上の指示ひとつで徹夜で作った資料を白紙に戻すやりがいを感じにくい仕事で、自殺率も非常に高い

彼らは真面目だから親や教師、国の言うことをよく聞くし、その中で少しでも認められたいと行動する

だから自ら進んでエリートの代名詞、官僚になる
そして、国のために自らを費やす

ひどいと思うが、でも、誰かがやらなくてはいけない仕事だ
しかも実際的に国を動かす仕事だ。優秀な人でないとできない

国は「どうか気付かないでくれ」と願いながら官僚=エリートという像を作るために今日も奮闘している

最近はそれもネットの影響で崩れてきているが…


給料は能力ではなく仕組みで決まっている

どれだけ頑張っても従業員なら年収1500万くらいが上限だ
しかし、オーナーなら同じくらい頑張れば年収1億はいくだろう
これが投資家ならば同じ労力で年収3億はいくはずだ


勘違いしてほしくないのが、必ずしも投資家が良いというわけではないということだ

投資家は労力の代わりにリスクを差し出している

何も差し出さずに金を得ることはできない

それに、幸福の形は人それぞれだ
投資家やオーナーは休みの日はなく、だいたいいつも仕事のことを考えている
一方で従業員はシフトが終われば仕事のことは忘れていいし休みの日も存在する

どちらがいいかは完全に個々人による


しかし、お金持ちになるのは絶対にオーナーや投資家だ

そして自分は就職することなく、大学時代に自営業を3年ほどやって、その後投資家(トレーダー)になった
投機と投資はまた違うもので自分は完全な投機家だ
これはやっていることはほとんど自営業と変わらない

でもいつか、ちゃんと仕組みに投じられる投資家になりたい…

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