進撃のG
その日、ぼくは、ヤツらに支配されていた恐怖を思い出した。
Gに支配されていた恐怖を。
いつの間にか忘れていた。いや、忘れていたのではない。忘れたフリをしていたのだ。
現れるはずがないと。ヤツらが現れるのはこの先、未来永劫ないと自分に言い聞かせていたのだ。
人類はヤツらに支配されている。どこにいても、どんな壁を立てようとも、ヤツらの進軍を阻む手はない。
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深夜2時10分。
ぼくはいつものように部屋でプログラミングに勤しんでいた。黒い画面にコードを書きなぐる。今日はいつにもなく順調だった。
やはり自分の部屋は最高だ。
快適な温度で保たれた空調、アロマの心地いい香り。まさに、誰にも邪魔されない自分だけの城だった。
「よし。そろそろ寝るか」
そう思ったときだった。
ふと、真っ白な壁に目をやる。その瞬間、一点だけ黒くなった部分が確かに見えた。
あわてて二度見する。黒なんてあるはずがない。この部屋は真っ白な壁に囲まれている。
壁にポスターや装飾品は飾らない主義だ。真っ白な空間こそが心を癒してくれると思っている。
だが、しかし、そのとき確実に、黒い物体が走り去ったのを見てしまった。
もう一度目をやると、黒い物体は稲妻のような速さで壁をつたって走った。
「ヤツだ。」
そう確信した。
あまりのスピードにその物体の形、姿まで捉えることはできなかったが、もはや目で追うまでもなく、瞬時に、その物体の正体がわかった。
よもや説明するまでもない。全人類の敵、ゴキブリだ。
正体がわかった瞬間、全身が震えた。体は硬直し、すぐに戦闘態勢に入れない。
いったん心を落ち着かせて考える。
ヤツは本当にゴキブリなのか?
もう一度じっくり目を凝らしてみる。
…ゴキブリだ。
壁上部のちょうど黒く色づけされた梁につたっていて、しっかりと姿を確認できないが、長い触覚が揺れ動くのが確認できる。
いったいどこから?なぜ俺の部屋に?
疑問が止まらない。なにせ部屋でヤツを見るのはこれがはじめてだ。それにこの部屋は3階にある。1.2階ならまだわからなくもないが、5mほどあるこの高さをどうやって超えてきたのか不可解である。
ふとベランダの窓を見てみる。するとほんの少しだけ、数mm程度の隙間が空いていた。
おそらくここから侵入されたのだろう。第一関門、ウォールマリアともいえるベランダ窓からの侵入を許してしまったのだ。
こうなるとぼくが居住できるスペースは、ウォールローゼ(僕の部屋)とウォールシーナ(部屋の外)しかない。
安住の地を取り戻すため、なんとしてもウォールローゼで食い止めなければならない。
死闘の幕開け
ここで食い止めると決めた以上、いつまでも震えているわけにもいかない。
とにかく武器を装備し、戦いの構想を組み立てる。
現在、ヤツの位置は、壁上部の手の届かない場所だ。まずはこの場所から動かす必要がある。
試しに懐中電灯で照らしてみる。するとヤツは激しく動いた。右に壁をつたって走り、今度は左にむけて壁を走る。
これは困惑させるためのトラップか?急に羽を広げて襲いかかってくるかもしれない。
そんな不安が頭をよぎる。
手持ちの武器は、左手にハエや蚊に効くアースジェット、右手に丸めたA4の雑誌だ。
…正直言って心細い。本来ならゴキジェットを装填するべきだし、雑誌はA5サイズで攻撃範囲を広めたいところだ。
それでもこの武器で戦うしかない。人生においていつだってベストな状況は訪れないものだ。
壁をつたって右往左往していたヤツは、突如ものすごいスピードで急降下した。下にはデスクと黒のチェアがある。
ヤツはデスクをつたい、黒のチェアへと大胆に移動する。
黒のチェアと同化して、姿形がよく見えない。見失ってしまった。
いったん戦前(部屋の中)から離脱して体勢をたてなおす。
戦いの中で目標を見失うことは致命的だ。いつどこから次の一手を仕掛けてくるかわからない。
体勢を立て直しながらまず、Googleで
「ゴキブリ 見失った」と調べることにした。
ネットには、これまでゴキブリの餌食となった人類があみだした、有益な情報が多数掲載されている。
もしどうすればいいか分からなくなった時は、Googleに聞くといいだろう。苦しい状況を打破する答えがあるかもしれない。
検索結果の1つに「見失ったら居そうな場所に殺虫剤を噴射するといい」と書いてあった。
さっそくぼくは戦前に戻り、アースジェットをチェア周辺に大量噴射する。
すると、激しく動き回るヤツの姿を捉えた。
「よし、見つけたぞ!」
右手に握ったA4雑誌を丸めて、一歩を踏み出す。
その瞬間、ヤツと目が合った。
ヤツの目がどこについているかはわからない。でも、たしかに、目が合ったと直感したのだ。
「俺とやり合うんだな、小僧」
そう言わんばかりの鋭い黒光りは、より一層黒光ってみえた。
金縛りにあったかのように、またもや体が硬直する。雑誌を握りしめる右手の震えが止まらない。
息は荒く、心臓の鼓動音がうるさいと思えるほど聞こえてくる。
だがやるしかない。
この世界は残酷だ。勝つか負けるかの2つしか道は残されていない。
人類とゴキブリが分かり合える日は、きっとこないだろう。
現にぼくは、自分の部屋からヤツがいなくなって欲しいと願っている。
きっとヤツも、この地を占領したくてたまらないはずだ。
勝った方が安住の地を手に入れ、負けた方は潔くその場から退く。
ぼくにも負けられない理由がある。自分の城を取り戻し、一刻も早く眠りにつかなければならない。
「やってやる…!」
いつの間にか、体の震えは止まっていた。全身がなんだか軽い。
ぼくは恐怖に打ち勝った。いまは部屋にいるヤツを駆逐することしか頭にない。
手汗でびっしょり濡れた雑誌をもう一度強く握りしめ、攻撃のための一歩を踏みだす。
すると、殺気を感じたのか、ヤツは激しく動き回った。
右へ、左へと素早く動く。ついにはベッドの下へと入り込むという、悪手な手段まで取るようになった。
ここで逃すわけにはいかない。
すかさず、左手のアースジェットを構えベッド下に大量噴射する。
3分ほど噴射すると、堪忍したのか、ようやくベッド下から出てきた。
予想外の方向から姿を現し、一瞬動揺したが、最初のような恐怖心は消えている。
アースジェットが効いているのか、どうやら動きが鈍くなっているようだ。
その瞬間を見逃さず、すかさず右手を振り上げた。
「バンッ!!!!!!!」
紫電一閃。
素早く振り落とした右手には、確かに捉えた感覚があった。
ヤツは背を裏にして倒れていた。
…勝った。勝ったんだ。
興奮と安堵感が入り混じった、なんともいえない感情だった。
しかし安心するのはまだ早い。
触覚がわずかにピクピク動いている。確かにクリーンヒットしたはずなのに。
ヤツらの生命力は異常だ。
もしかすると、ヤツらの長は不老不死なのかもしれない。
そんな不安をよそに、さらにアースジェットを噴射する。
半分近くあったアースジェットは、もう空寸前になっていた。
この使用量がヤツとの激闘を物語っている。
気づけば外は少し明るくなっていた。
いったいどれだけの時間をかけたのだろうか。
たかがゴキブリ一匹。しかしこの勝利は確実に人類の一歩となったに違いない。
興奮がおさまらなかったぼくは、寝るのを諦めて再びプログラミングに勤しむことにした。
パソコンを開く。いつもの黒い画面は既に開かれていた。
早速コードを書きなぐる。
…?
なんだかおかしい。画面に書いたコードが表示されない。
目を凝らして画面をもう一度見る。
そこには、いつもの黒い画面ではなく、黒く光った無数の物体がウヨウヨとうごめいていた。
fin
こわすぎーー!!!!!
なんじゃこりゃ!!
最後はフィクションです。悪しからず。(前半は本当です)
経験から得た学び
アースジェットはゴキブリに効く
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