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F5 愛すをめぐる冒険


「荷物が届いているわよ」と猫が言った。

差出人に見覚えはない。一体なんだろう?大体において、ミステリーというのはこうやって謎の荷物が届くことから物語が始まる。レイモンド・チャンドラーの小説みたいに。甘く、危険な香りがする。

ラクマ。1200円


私の買ったアイスクリームマシンだった。


少しがっかりしたが、まだ甘く危険な冒険の香りは残っている。アイスなのだから。
なぜ私がこのマシンを購入したのかと言えば、とあるソフトクリームを作りたいからなのであった。
「ソフトクリームか私か」というくらいにソフトクリームを愛している。
埼玉から東北、北海道にかけてソフトクリームの食べ歩きをやったほどなのだ。もう博士号を取得してもいいのではないかとも思われるほどの私がイチオシするのが、実は地元の牛乳屋さんが夏限定で売り出す、牛乳感丸出しのミルクソフトクリームなのである。
あのソフトクリームの味を自宅で再現できたなら……というのが今回の冒険であった。
しかし、

なんということだろう。
すぐに完成してしまった。
少し手間をかければ、幼い頃より慣れ親しみ、
「夏が来た」
そう胸を張って言えるあの味を蘇らせる事に成功してしまう。
今ほど自らの才能を恐ろしいと思ったことはない。もしかしたら、私はソフトくリーマーとして生きてきた方がよかったのではないだろうか。そう思った。

史上最強とうたわれた濃厚な牛乳ソフトを完成させてしまった私は途方にくれた。
この先、どうやって生きていけばいいのだろうか。
成功と同時に絶望感にうなだれた。この夏はこのソフトクリームの研究に費やすつもりでいたからだ。私の夏をどうしてくれる。

待て。

内なる声がする。

ならばお前が生み出せばいい。


最強を超える最強を。


そんなわけで、私は人類がまだ見ぬソフトクリームの冒険へと漕ぎ出すことにしたのである。

ちょっと早かった

肩慣らしに「チョコレートとコーヒー」のソフトクリーム。
まずいはずがない。
これはハズレのないクジを買うようなものだ。

世の中には、とにかくたくさんのソフトクリームの種類がある。
堀尽くされてしまった金山のようでもある。

テレビで味噌をいれると美味しいと言っていた人がいたのでやってみる。
確かにまろやかでコクが出る。
溶けずらくするためにオカラを混ぜるという手法もあるらしい。

もっと何かないか。
人が絶対にソフトクリームにしようと思わない何か。
苦悩する私に、ソフトクリームの女神が耳元でささやいた。


エビチリは?



実際にはキレイなオレンジ色

こうしてエビチリソフトが生み出された。
正直、「まずっ」というオチのために最後にしようという腹積もりだったのだけど、案外いける。
想像していたよりも美味しかった。
クリーミーで辛い。癖になる人はいるかもしれない。
一般的なソフトクリームというのは、おそらく皆が思っている以上に甘味料を必要とする。私はハチミツを使うが、砂糖であれば相当な量だ。
このエビチリソフト(えび抜き)は砂糖がいらないので良い。

辛いソフトクリームもいける、という発見をした私はカレー味も作ってみた。

見た目通りだ。
不味い。
美味しくできたらCoCo壱に売り込みに行こうと思っていたが、これはビジュアルも味も一口でごちそうさまである。


味で奇をてらうのは難しいかもしれない。
少なくとも時間がかかるだろう。
エジソンが6000種類の材料を使って電球を発明したみたいに。

少し矛先を変えよう。
あなたはキンキンに冷えたソフトクリームを食べたことがあるだろうか?
キーンと頭が痛くなるほどの。
おそらくないはずである。
ソフトクリームの温度は5℃~7℃くらいだ。
では、マイナス18℃のソフトクリームを作れたらどうだろうか?
私は閃いた。
宿敵アルコールマンの力を借りるのだ。
昨日の敵は今日の友。使えるものは親でも使え。
度数40の蒸留酒であれば、冷凍庫にいれても固まらない。それをソフトに混ぜこめば……。
「ジン」
ヤツがいれば、よりシャープな味になるだろう。

固まってしまった。
これではハードクリームだ。
私もフリーズしてしまった。
味も……なんかイマイチ。やはりバニラにはセオリー通りラム酒の方が合う。

しかし、この程度のことであきらめる私ではない。
ソフトクリームへの情熱は、その冷たさをもってしても消すことはできないのである。
全くの無から有を生み出すのは至難の技かもしれない。
実際に世に出る発明品も、その多くがアレンジや組み合わせだ。
ならば……

牛乳屋さんのソフトクリームがイチオシだと私は言った。
しかし、ほぼ同等と言っていいくらいのソフトクリームが栃木のハーブ園にある。
そこのレモングラスのソフトクリームは、思わず笑いが出てしまうくらい美味しくて、毎年必ず食べに行く。そのためだけに秘境の栃木に行く。それくらいの逸品である。

この2つを掛け合わせたらどうなる?
ソフトクリーム界のカカロットとベジータをフュージョンさせたなら?

ソフトクリーム「ベジット」の誕生だ。


もしかすると、私はこの最強ソフトを完成させるために生まれてきたのではないだろうか。
さっそく庭にレモングラスの種をまいた。

愛スべき夏になりそうだ。





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