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F11 ヨッシャマンと異次元ホール

まず始めに、娘たちの弟について軽く触れておきたい。
前妻が再婚して産んだ子だから、私の遺伝子は一片たりとも含まれていないのだが、妙に懐かれている。普通に泊まりに来たりする。
それを言うと、「すごいね……」と言われるが、すごいのは前妻の屈強な精神だと思う。私としては娘を人質にとられているようなものだから、いいように使われてしまう。弟くんの保育園にお迎えに行かされたこともある。

「○○君のお迎えに来たのですけれど……」と勝手が分からずにオドオドする不審者丸出しの私。
いや、誰だよ!という顔をされる。当然だ。平日の昼過ぎにうろうろしているような男はろくな者ではない。
「○○君の姉の実の父親なんです」と怪しさを重ね塗りするような私の言葉に、保育士さんはますます眉をひそめる。
そこへ、タイミングよく弟くんが私の姿を認め、走ってきた。

「パパ~~」


え!?という顔の保育士に、私はただ「あはは」と薄ら笑うしかなかった。
弟くんは、私の事は「パパ」と呼び、実の父親のことは「お父さん」と使い分けている。
「なんか……」と保育士さんが言った。「色々複雑なんですね」


そう。弟くんの話をしたのは、この複雑な事件の関係者、言ってしまえば容疑者の1人だからである。
その日は、長女、次女、弟くんの3人が私の家に遊びに来ていた。
よく晴れた日で、暗雲が立ち込める気配などどこにもありはしなかった。
お昼近くなったので、
「3人で遊んでて」と声をかけて私は一人でスーパーに買い物に出かけた。時間にして、20分くらいだったと思う。
私が帰るないなや、
「パパ!大変!」と長女が血相を変えていた。
なんだなんだと彼女に付いていくと、寝室のベッドで次女が泣き疲れた様子でぐったりしている。
長女の話では、懸垂棒(#3 参照)にぶら下がっていた次女が手を滑らせて落ち、床に手をついてしまったのだと言う。
次女は鉄棒も得意で、運動神経は良いはずなのになと思ったのだが、
「サンルームの方で大きな音がして、それに驚いて落ちた」という事だった。
次女は少しでも動かすと痛がるので、
「こりゃ骨折だな」と私は三角巾で次女の腕を固定して病院へ連れていった。
2ヶ所もヒビが入っていたようで、ギブスで固めてもらい、痛み止めを飲ませ、ようやく次女を眠らせた後で、
「そういえば」と私は思い出した。
長女が言っていた、サンルームの方でした大きな音とはなんだったのだろう。
リビングからサンルームのドアを開けると、私は茫然と立ち尽くした。
そこは惨劇だった。
サンルームの屋根にはぽっかりと大きな穴が開いており、もともとはその穴の部分にあったと思しき破片が床に散らばっている。
穴の真下にあるステンレスの物干し竿は、うっすらとくの字に曲がっている。
きれいな空だった。
地球って、なんで丸いんだったっけ?



私はヨッシャーロック。探偵だ。
現場検分を済ませた私は、聞き込みを始めた。
サンルームでしたという大きな音。
聴いたのは長女と次女。弟くんは知らないと言う。
あやしい、と私は思った。
現時点でもっともイタズラ盛りなのが弟くんである。何か重たいものを2階の窓かベランダから落としたのではないか?
しかし、現場には屋根の破片以外は何も落ちていない。
誰もサンルームには入っていないと言う。
ネコか?
弟くんはとにかくうちのネコを追いかけ回す癖がある。ベランダに逃れたネコが、サンルームの屋根に飛び乗るというのはありそうな気がした。
何しろ、もう10年も紫外線を浴び続けたプラスチック製の屋根。ネコパンチ一発でひびが入りそうな代物である。
しかし、ネコの体重で穴が開いたとしても、物干し竿まで曲がってしまうものだろうか?
そして、私がサンルームに入った時には「ドアは閉まっていた」のだ。つまり、そこはネコにとっては密室である。脱出経路がないのだから、私が扉を開けるまではそこに留まっていなくてはおかしい。

さて。
空想上のハンチング帽とパイプをふかし、灰色の脳細胞を活性化させて推理をめぐらせる。
カラスが追突したのかもしれない、と思った。
しかし、それだと屋根に穴は開いても、物干し竿は曲がらないか……。
隕石?
床に付く前に燃え尽きたとすれば、あり得なくもないが……。
あるいは、誰か私に恨みをもつ者の犯行だろうか?
例えば、鉄アレイにロープをくくりつけて放り投げ、何食わぬ顔で凶器を回収する。
目立ちすぎるだろ。ここは未完成な住宅街である。
秘密結社だとか何とか言っていたから、何らかの組織に目をつけられた可能性は否定できない。
ドローンによる攻撃を受けた。
それならなぜサンルームなのだろう?私なら本人か車を狙うと思うのだ。
謎は深まるばかりだった。
さすがにコンナン君でも難しいだろうと思う。

頭に「マッド」が付くとはいえ、私もサイエンティストだと思っている。
もっと科学的に考えるべきだろう。

異次元ホールが開いたかもしれない。


物理学者も言っていた。異次元に繋がる入口がどこかにあると。探し出すことは出来ないらしいのだけど。
それが、ぽっかりとサンルームの上空に開いたということはないだろうか?
いや、もうそれしかないように思えた。
異次元ホールの出現で、周辺には衝撃波が広がったのだ。それで全て説明がつく。
「ということは……」
今、私の家のサンルームの上空に異次元への入口があるということになる。
私は梯子を持ってきて、おそるおそるサンルームに開いた穴から顔を出してみた。
何も起こらなかった。

すべての不可能を除外して最後に残ったものがいかに奇妙な事であってもそれが真実になる。

ならば答えは一つしかないだろう。


宇宙人の仕業に間違いない。


それ以外にはあり得ない。(宇宙人とはただならぬ縁があるのだが、それはまたいつか)
推理を終えた探偵は、サンルームの掃除と修繕に取り掛からなくてはならなかった。


そして数ヵ月がたち、解決したかに思えた事件は、衝撃の結末を迎える。
東京リベンジャーズに足の小指の先までどっぷりとはまっていた長女が、
「あー、ケンカしてぇー」とマイキー化した後で、
「パパに言わなくちゃならないことがあるの」と汐らしくなった。
一体何が飛び出してくるのかと身構えていたら、次女の骨折事件の真相を、彼女はぽつりぽつりと語りだした。
簡単にまとめると、次女は懸垂棒から落ちたのではなく、2階の窓からサンルームに降りて墜落したらしい。
「なんでそんなことを!?」


「なんかね、のび太くんみたいに屋根に寝そべってみたかったんだって」


はぁ、とため息が出た。
これ以上ないくらい次女らしいと思ったのだ。
しかし、逆によく手首の骨折だけで済んだものだ。
ジャッキー・チェンか!


「てなわけで、やっと真相が分かったよ。さすがに怒られると思って言えなかったらしい」
私は恋人に事の次第を説明した。
驚いてくれるのかと思ったら、彼女は憐れむように私を見た。
「ヨッシャマンが娘ちゃんを信じきってたから言えなかったけど、わたし……

分かってたよ?」

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