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F16 夏の夜の怪異


庭のすみに農園がある。
ヨッシャマンファーム。
サボテンですら枯らしてしまう私が農場主でいられるのは、総じてほったらかしだからである。
幼い少年を崖から落とし、
「這い上がってこい!強くなければ北斗神拳伝承者の道は歩めぬ」と言ったリュウケンのごとく、年に一回鶏糞をまき、たまに草取りをするくらいであとは何もしない。
そのくせ、珍しい植物の種をみつけるとつい買ってしまう。
春に種をまき、夏を待つ。
リュウケン方式で這い上がってきた、強く優秀な修行者を見て、私は満足気に微笑んで思うのだ。

誰?


困ったことに、なんの種をまいたのか私は憶えていないのだ。
今生えているのがハーブなのか雑草なのか。食べられるのかどうか。
今日も気まぐれに農園を訪れ、収穫をした。

ナスがすっかり巨大化してしまっていた。これ以上伸びたら艶かしいナースになってしまうところだ。
左のボールは三つ葉。いずれは農地を完全に支配しようかという勢いの野心家たち。
中央上部の細いやつは、何だか分からなかった。ちょっとかじってみたらフルーティーな感じがしたので茹でてみたらまずかった。名もなき雑草だったのかもしれない。
右のサラダ菜みたいな彼は見覚えがある。去年まいたやつの生き残りで、おそろしく苦味が増している。
一番驚いたのはジャガイモだ。
やけに元気な草があるなと引き抜いたら芋だったのだ。
種芋を植えたのは2年か3年前だったはず。
おそらく、収穫を逃れたチビたちがいたのだろう。
さすがリュウケン方式の農場だ。
私はサウザーのように言った。
「でかくなったな、小僧」
完全な棚ぼただった。

棚ぼた……。

そうだ。私は棚ぼたの話をしなくてはならない。

遡ること20年。
20年前といえば、そう。私がUFOに追いかけられた年だ。
正直に言えば季節は憶えていないのだけど、夏だったような気がする。怪異というのは、相場が夏だから。

謎の光に追いたてられてから、2週間か3週間後のことである。
私は携帯電話をいじりながら、うつむき加減で夜道を歩いていた。多分、メールの返信か何かしていたのだと思う。
深夜の12時。
家に帰るところだった。
街は集団誘拐でもされたみたいに人影はなく、車も1台も走っていない。
そしてまた例によって、もったりとした雲が巨大な鍋蓋みたいに広がっている。
私は視線を上げることなく、トコトコと道を横断すべく足を進めていた。
ちょうど道の真ん中に差しかかった時だ。
突然、ドサドサっというすごい音がして、
「なんだ!?」
私は驚いて足を止め、顔を上げた。
「…………?」
茫然とした。
自分で言うのもなんだけど、それはそれは見事な茫然っぷりで、「茫然とする男」という題目でミュージアムに飾られてもおかしくない代物だ。


魚が降ってきたのだった。


ピチピチの私を取り囲むようにして、50かあるいは100匹ほどの魚がピチピチと跳ねていた。
結構な高さから落下したのだろう。半数近くはスプラッター映画みたいになっている。

ちょっとした地獄絵図だった。
ここは道の真ん中である。
荷崩れするようなトラックもなければ、窓から放り投げられるような建物もない。
海風に巻き上げられた魚が降ってくるという話は聞いたことがあるが、ここは海からは絶望的に離れた埼玉県である。

不思議なことに、魚は器用に私を避けて降ってきた。
私のまわり5メートルほどのサークル状に。

サークル……?

私は上を見上げ、「はぁ」とため息をついた。


またあいつか。


2度目ということもあって、少し慣れていた。
完全にマークされてるじゃん。
前回逃げ切ったと思ったのは早合点だったのか、それともずっと張り込みをしていたのか。
しかし、なぜ魚?
私がトビウオの王だと知ってのろうぜきだろうか。
好意的にとらえるならば、これは「差し入れ」ととるべきだろうか。
確かに、私は非常に貧乏だった。食材はありがたいし、正直なところ「少し持って帰るかな」と思ってしまった。もちろん、潰れてないやつ。

「でもなぁ……」
偏食のない私ではあるが、どうにも得体が知れなさすぎる。これを食べる勇気はさすがになかった。

私は再度上を見上げ、

「いらんから」

と念を送っておいた。
それがショックだったのかどうか分からないが、同様の事件はこれ以来起こらなかった。
ちょっとさみしい氣がしたりもするのだが、どうにもやり方がアホであるゆえ、もう少し地球人の事を勉強してほしいものだ。
札束を落としてくれたのなら、ありがたく全部回収したというのに。


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