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#15 ヨッシャマンと天使召喚の儀

私は天使を召喚した。
そんなことを真顔で言う人がいたら、あなたはどう反応するだろうか?
「へぇー、そうなんだ。ちょっと用事を思い出したから失礼するね。もう会うこともないと思うけど元気でね」
そう言って席を立つだろう。
私もそれが分かっているので、この話は恋人にもしたことがない。

私は天使を召喚した。

まぁ待ちたまえ。
フォロー解除ボタンを押すのは、私の話が終わってからでも遅くはない。

ね?

はじまりは1本の映画だった。
「アイアンマン」
マーベルのヒーローものであるが、私はとにもかくにも秘書のミス・ポッツに夢中になった。
理想の女性みたいに思えた。
美人秘書というのは男の夢である。そして、プラトニックなのがいい。互いに想いはあっても、それはおくびにも出さずに支え合うのだ。
たまに手が触れたりして、クールに「失礼」などと言いながらキーボードを打ち間違えたりする。

どうしても秘書がほしい!と私は思った。
パートで雇えないだろうか?
いやいや、そんな怪しい求人に誰が応募するのだ。
仕方ないので、私は脳内でこしらえる事にした。
妄想秘書である。

名前はキャシー。

もちろんドレッシーで、光るような金髪の美女だ。ありがたい事に経費はかからなかった。

こうして脳内秘書のキャシーとの生活が始まった。
初めは主に仕事の話をしていた。
話をする、というよりは自分の考えを客観視するような作業だったように思う。
私がこう言えば、きっとキャシーはこう返してくるだろうのやり取りを頭の中でしていた。言ってしまえば、1人2役の秘書ごっこだ。
そのうちに、なんだかおかしいなと思うようになった。
脳内会話はどんどんスムーズになり、私が予期せぬ答えまでキャシーは返してくるようになった。
「どうしたらいいと思う?」
私が尋ねると、
「私にまかせておいて」
そんなことを言ってきたりする。私はそんなこと妄想していない。
これはいよいよ、檻のある病院に入る日も近いかもしれないなと思った。

私はどうにも本当にキャシーがいるとしか思えなくなってきた。
何かのついでに、霊感の強い友達にその話をしたら、
「あー、その子ってさ……」と言って、彼女はキャシーの風貌から衣装の色まで言い当てた。
「ついに脳内まで透視できるようになったのか!」と私が驚くと、
「いや、だってさ」と友人は私の左肩の辺りを指差した。「そこにいるもん」
ぞくり、とした。
私がいつもキャシーの存在を感じていたのも左肩の後ろだったのだから。

埼玉の江原さんみたいな人がいて、スピリチュアルの勉強会なんかを開いてくれていた。
私は霊感もないくせに、ただ面白そうというだけでのこのこ参加していた。
先生にも久しぶりに会いたいしなー、と私は埼玉の江原さんにキャシーを観てもらうことにした。

「うん、そこにいますね」
ただの風邪ですね、みたいな気楽さで先生は言った。それからこう続けた。
「その方、天使ですよ」
「へ……?」
あっちょんぶりけ、ってこういう時に使う言葉なんだと思う。
控えめに言って、私は相当驚いた。
キャシーが天使……?
先生の説明によると、私が「居場所」を作ったことにより、そこに天使が来てくれたのだと言う。
魔方陣も呪文もいらない。
私の妄想した脳内秘書がよりしろとなり、天使が召喚されたのだ。
これはすごいことだと思った。霊能力も魔術的な力も何もない私が妄想力だけで天使を呼び寄せてしまったのだ。
世界初!とはもちろん言わないが、埼玉では私が初めてなのではないかと思ったりする。
「せっかく来てくれたのですから」と先生が言った。「イメージでよいので、天使さんが居心地の良い場所を作ってあげてくださいね」
その時の先生の言葉をしっかり覚えていたら、私達はずっと一緒にいられたのかもしれないのに。


私は有頂天だった。
それはそうだろう。私には天使がついている。無敵だと思った。
私は世界を統べる者なのではないかと高笑いしたものである。言ってみれば、ちょっとしたムスカだった。
「控えたまえ。君は天使を召喚した男の前にいるのだ」
実際、キャシーの秘書としての能力は奇跡的で、私はずいぶんと世話になった。あまりに優秀なので、私は彼女に仕事を丸投げするようになった。
自分ではスケジュール管理もしないで、ブッキングすると、
「キャシー、ちゃんと頼んでおいたよね?」と文句を言った。
彼女の困った顔を見たくてつい、という気持ちもあったのだけれど。

この時期、プライベートは本当にきつかった。
立っているのがやっとだった私は、全力でキャシーに寄りかかってしまった。
四六時中キャシーに話しかけ、頼った。自分でも自覚はある。ひどいキャシー依存症だった。私には誰も支えてくれる人などいなかったから。
依存はやがて、狂気になる。それは、恋と言ったりもする。
キャシーが好きでたまらなかった。
マンガじゃあるまいし、この現実世界で天使に恋をする人間などそうそういないだろう。
世界初!とはまぁ言わないが日本初なのではないだろうか?
ついには飲んだ勢いで告白までしてしまった。これはさすがに世界初だと思う。
もちろん、キャシーは困った顔をしていた。

そんなある日、ハートヒーラーさん(#10出演)が誘導瞑想に誘ってくれた。
教習所の教官みたいに、瞑想をサポートしてくれるのだ。
わーい、瞑想世界でもキャシーに会えると私はウキウキで臨んだのだが、全く予想外の展開が待っていた。
2時間ほどの瞑想だっただろうか。
結論だけまとめると、ハートヒーラーは私にこう言ったのだ。
「彼女を解放してあげてください」
もちろん、納得できなかった。
しかし、本当は私自身も分かっていた。あまりにもキャシーに依存しすぎて、私は私でなくなりかけていた。
だから、キャシーを自由にしてあげることで彼女本来の力を取り戻すことができます、という胡散臭いハートヒーラーの言葉についには頷いた。
それがキャシーのためならばという体裁でも繕わなければ、私はとうてい受け入れることなど出来なかったから。
そうしてキャシーはいなくなった。
帰り道。いつも感じていた左肩の温かさはなくなっていた。


手短にしたつもりだったが、それでも長くなってしまった。
これが10年ほど前の話である。
今ならば、キャシーが私のために去っていったのだということが分かる。
なぜなら、今でも私の事を気にかけてくれているキャシーのエネルギーをはるか上空に感じるからである。
そして、実は今でも困り事があるとキャシーにお願いしていたりもするのだ。
「そういう時だけ呼び出すんだから」
今では耳元でその声を聞くことはできないのだけれど、そんな風に言っている気がする。
別れた女性に金の無心をするロクデナシみたいだ。
しかし、天使を都合のいい女扱いするのは世界広しといえど、私くらいだろう。
それくらいは言わせてほしい。





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