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「傍(はた)」を「楽(らく)」時間



2020/04/21

/近況報告/


江戸時代の働き方を色々調べてたんですが、武士と農民との差が結構あったらしく、武士って食選びに自由があまりなかったみたいなんです。

百姓は土地を広げたり、自分で仕事を作ることができた。成果が大きくなっていくと褒美ももらえたりした。

今の時代でいうパラレルワーク的なことをしている人が山ほどいて、フリーランス的な働き方はその時代当たり前だった。

今は良い大学に行って、良い会社に勤めることが当たり前だった時代が崩れ始めている時期に来ていて、

江戸時代の百姓のような、複数の職を掛け持つパラレルワークを取り入れる人が増えてくる時代になっていると思います。

副業というと生活費を賄うための掛け持ちになってしまうのも、パラレルワーク(複業)はいくつものキャリアを掛け合わせて活動の幅を広げるものになります。


/サラリーマンはこれからどんどん不利になる/


サラリーマンは極端に会社に貢献するのみになりがちで、そこからはみ出すと、腫れ物扱いされることもある。

でもこれからの時代はそういう人こそパラレルワークがあっていて、自分の得意分野をどんどん伸ばして自分にしかできないことを仕事として価値を高めていく方が信用も高めやすくなる。

会社に依存し過ぎては、信用は全て会社に吸収されてしまう。そうではなく自分の判断力や決断力を持って、自分の足で信用を取りに行く必要があるんです。

それのはかなりの時間も必要で、しかも誰かに言われるがままやってると、それは自分への信用価値ではなく、助言した人なんかの信用としてしか残らないので、何も自分のためにはなっていないんです。

自分の信用価値を高めるには、自分でちゃんと考えて準備して選択する必要があると思うんです。


/誰かに選択を委ねては自信にならない/


どんな仕事をするか、何を食べるか、どんな服を着るか、何を省いて何を残すか、どんなチャレンジをしたいか。

そういう小さなものから大きなものまで選ぶ権利は自分で持っておく必要がある。そこを捨ててしまうと自信にも信用にもつながらない。


/江戸時代の百姓の一日/


江戸時代の百姓の朝は、身寄りの人に何か変わりがないかひと通り声をかけてまわるんだそうです。

そうしたあと仕事に入るんですが、労働時間は一日に3、4時間程度だったと言われていて、そのあとは「傍(はた)」を「楽(らく)」時間を作っていたそうです。

それって「働く」と違うのか?と思うんだけど、意味合いが全然違ってて、
江戸時代の傍楽は身近な人を助けるボランティア的な要素が強くて、自分の仕事以外にもできることを加勢していた習慣があったようです。

そうやって人とのつながりを深めていくことで、一人ひとりが信用を作っていたんじゃないかなと勝手に解釈してます 笑

そして夕方ごろからは次の日に備えて、仲のいい人と酒を交わしたり、娯楽に浸かったりする今でいうプライベートな時間に費やしていたようです。

今の時代では考えられない人も多いと思うんですが、ここ何年かでAIが発達して、人がこなしていた流れ作業はオペレーション業務が自動化し始めている。

その分浮いた時間をこれから人はどう使っていけば良いのか。

世界ではベーシックインカムも導入され始める国も出てきて、人は無理に体を酷使して働く時間が減ってくるだろうと思います。

そういう時代になった時に、僕ら人間は江戸時代の百姓のように、「傍」を「楽」にする余裕はあるだろうか。

ゆるくゆるくいきましょう♪